Anna
今日も学校。TAFEの英語クラスは、難民移民向けの語学コースなので、世界あちこちからの生徒がいる。それぞれにいろんな事情を持って。
ポーランドからのアンナもその一人だ。
今日は何とアンナと二人だけの授業だったので、休み時間などにいろいろと話をした。彼女の生いたちを聞くのがほとんどだったが。
ポーランドはいまでこそ民主化したけれど、つい十数年前までは専制的共産主義国家だった。彼女は若いころスーパーの事務員として働いていた。スーパーとはいっても広い店内の陳列棚にはほとんど物はなく、市民は長い列に並んで長時間待ってようやく少しばかりの食料が手にはいるという状態。人々はほんとに貧しい状態だったらしい。
その彼女がオーストラリア人の男性と結婚し、始めてポーランドの外に出た。そしてオーストラリアのシドニーに来たとき、そこのスーパーに入ってものすごくびっくりしたらしい。
「何もかも違ってた」と彼女は数年前に感じた驚きを、目を輝かしながら身振り手振りを交えていっしょうけんめい話していた。
こうして世界中からの移民難民たちと話していると、日本人の人生の「均一さ」のことをいつも思う。層の薄さのようなものを、ぼくは(全体としてみたときの)日本人に感じてしまう。
それはさて、悪いことだと一言で言えるのかどうか・・・。それで問題なければそれでもいいじゃないかとも思うのだけど・・・。でも・・・。
Posted: 金 - 3月 17, 2006 at 10:08 午後