日本国憲法の崇高さきょう書いていたエッセイのために、日本国憲法を読んだ。飛ばし読みをしたことは今までもあったけど、こうやってきちんと読んだことはなかった。前文からじっくり読むと、この「書物」に込められた崇高な精神に驚く。
たとえば
第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。 どうです。美しい文章でしょう。「個人として尊重される」「国民の権利については・・・最大の尊重を必要とする」。こんな憲法を抱く国に住んでいる人々は、きっとすごく幸福に違いない、と思ってしまうような。こんな国に住みたいものだと思ってしまうような。 一行一行を追っていくと、この憲法に込められた精神の高さにとても驚く。 かつて、憲法と法律の違いについて、こう説明しているのを読んだことがある。 「憲法とは国を規制するもの、法律とは国民を規制するもの」 つまり、憲法によってさまざまな枷(カセ)がはめられるのは国の三権(司法・立法・行政)であり、国民ではないのである。憲法は国民が幸せになるための権利を保証するものなのである。それとは逆に、法律は国民生活にいろいろな規制を設けるものであり、義務を負わせるものである。そう理解すると、国民こそが憲法をだいじにする必要がある。国にとっては枷だが、国民にとっては空を羽ばたく羽のようなものだ。 だから、「国」は憲法を変えたがる。自分を縛るものから、なんとかして逃れたいのだ。逃れることができないまでも、その枷を緩めたい。そういう構造なのだ。 憲法を変えたがる立法府には、だから気を付けた方がいい。気を付けよう! さて、 インターネット上には、たくさんの日本国憲法のHPがあります。 法学館憲法研究所 PDFで日本国憲法を提供しているサイトもたくさんあります。ぼくはダウンロードして印刷しました。 日本国憲法 [pdf] しかし、この憲法を作った人々には、なんというか頭が下がる思いです。約60年前に制定されたこの憲法が、日本人によって作られたんだろうがアメリカ人によって作られたんだろうが、そんなことはこの憲法の持つ崇高さには関係がない。問題は、この憲法の語る「中身」だ。精神だ。 秋の夜長に憲法を読むのもまたいいものではないでしょうか。 Posted: 月 - 9月 19, 2005 at 08:48 午後 |
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