泣いてしまうだけでは、いけない


毎日、沖縄タイムスのWeb版を読んでいるが、きょう、こんな記事を見つけた。
ぼくは読みながら、泣いた。でも読み終えて、泣くだけではいけないのだと思った。

性暴力もう二度と/被害女性、知事に手紙

上の記事を読んでほしい。
おおぜいの人に読んでもらって、知ってほしい。
軍隊とは、どうつくろっても、人を殺す訓練をしている集団なのだ。
そういう集団を沖縄に押しつけている日本本土、そして自国の利益のみを追求しているアメリカに、この事実を突きつけたい。

いつでも、矛盾は弱いものへと押し寄せていく。

ぼくは親になって、いくつか強く思っていることがある。
自分の子供の世代、そして孫の世代、それに続くぼくの子孫の時代に、ぼくは無責任ではいられないということだ。ぼくは、彼らにバトンを渡す役割がある。汚れたバトンを渡したくないし、ましてや途中で落としたり、渡すときにいい加減なやり方はしたくない。彼らが気持ちよく走れるように、しっかりと力強く渡すべきだと思っている。

それがぼくの役目だし、ぼくの努めだ。ぼくらの役目だし、ぼくらの努めだ。

上の記事の富田由美さんに、ぼくは頭が下がる。彼女の歩いてきた道を思うと、ほんとに悲しい。こんなことが起こっていいのかと拳を叩きつけたくなる。しかしぼくのその思いの一万倍も一億倍も、彼女は辛かったはずだし、その辛さを彼女の次の世代のために乗り越えようとしている彼女に、ぼくはたとえようのない強さを感じる。

その強さこそ、軍隊の暴力に勝る、本当の人間の力じゃないかと思う。
それを忘れているいまの時代は、ほんとに愚かな時代だと思う。
ぼくらは、もっともっと賢いはずだ。人間はもっともっと素晴らしいはずだ。

Posted: 土 - 7月 9, 2005 at 10:25 午後            


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