台湾雑聞録 その4
台湾出身の歌手テレサ・テン(1953〜1995)は、甘く優しい歌声で「何日君再来」「夜来香」の中国語曲や、「つぐない」「愛人」「時の流れに身をまかせ」の大ヒット曲などを情感豊かに歌い上げ、多くの日本人を魅了した。しかし74年の日本デビュー以前から、既に東南アジア華人社会のスターだったことは、日本ではあまり知られていない。その芸名は、麗君。全世界に散らばる十三億の華人の間では、中国語読みの「デン・リーチェン」として、今なお心の中に生き続けている。

麗君が静養先のタイ・チェンマイのホテルで42歳の若さで息を引き取ったのは、5年前の5月8日。今年は没後五周年とあって、台湾では命日を中心に、さまざまな追悼イベントが繰り広げられている。台北市内での記念商品展を幕開けに、命日の追悼会、追悼コンサート(香港)、麗君歌曲の演奏会が目白押し。今なお歌姫の偉業を慕う人たちの熱い思いが伝わってくる。麗君の墓があるのは、台北市の北東50キロのところにある金山の金寶山霊園内の麗君記念公園。墓の手間には噴水、麗君のブロンズ像や、足で踏むと音が出る大きな鍵盤もあるという豪華さ。地元台湾はもちろん、日本や香港、シンガポールなどから多くのファンが訪れており、墓前には花や線香の煙が絶えない。命日の追悼会は毎年開かれているが、今年はこれまでにない大規模なものだった。死の直後、スパイ説や謀殺説などさまざまな憶測がささやかれた。以前にも死亡説が流れたことがあったほど、スーパースター麗君の動向は常に注目の的だった。さらに存在を際だたせたのは、1989年5月、香港で行われたコンサートで中国の民主化を求めて鉢巻を締め、こぶしを振り上げる麗君の姿だった。日本人が勝手に描いていた愛くるしい歌姫としての麗君ではなかった。私たち日本人はこれまでのイメージを裏切られて、衝撃を受けた。その直後、彼女はパリに移住して民主活動家を支援し続けたのである。40歳をすぎたころから、麗君の健康はむしばまれていった。少女時代に悩まされていたぜん息が再発したのである。そしてそれが悪化して、タイで最後を迎えた。最近は金城武、ビビアン・スーら台湾出身の芸能人が日本でも活躍している。なかでも金城武は東南アジア華人社会の中でも人気が高い。しかし麗君ほど国籍や階層を問わず、幅広く全世界の華人から共感を得た歌手や芸能人は、現在でも見当たらない。国民党軍人の子として生まれた麗君は、国民党の文化戦略、国威発揚と結びついて、スターに押し上げられていった側面もある。葬儀はまるで軍主催かと錯覚するほど政治色の強いものだった。しかし麗君の歌声が国家や体制を超越して、中国人であることの誇りを呼び起こしたことこそが、世界各地の華人から圧倒的に支持された理由であると思う。しっとりとして、ささやくような歌声は、華人ならずとも古き良き中華世界を想起させてくれる。命日に麗君の「何日君再来」「夜来香」を聴いてみた。すうっーと心に入ってくるような細やかで嫌味のない歌声が心にしみて、仕方がなかった。
2000/5/24 佐貫 剛
生誕50年メモリアルCD/DVD6枚組ボックスセット
が出ていて、中村とうようの解説が気になります。そういえば、佐貫氏は台湾語で「空港」「つぐない」を唄うが、これが目一方ウマイ。(Borinquen)
Posted: 木 - 11月 20, 2003 at 12:10 AM