再び再反論
牛犬です。Apemanさんの「牛犬氏の再反論について」に対する再反論を始めますが、今回は順不同で再反論したいと思います。
「2.大野判事の補足意見について」
まず、「2.大野判事の補足意見について」への反論に対する検討から再反論を始めます。検討の前に、私もApemanさん同様に大野判事の補足意見に対する自分の考えを述べておきたいと思います。確かに大野さんの意見はロッキード裁判論争以降に出されたものですが、内容としては以前に出された最高裁の判例にしたがって書かれたものであり、特別新しい論点が付け加わったわけではないので、当然論争がなされた当時においても踏まえていなければならない議論なのです。立花さんも述べているように、法律的に疑義のある問題に対する最終的な判断の決定権は最高裁にあり、二二八条二項の適用に関する最終的な判断は前に引用した三つ目の判例において決着がついているのです。ですから、大野さんの意見は「たしかにそういう意見もアリだろうが、ロ裁判についての判断としては弁護側の肩を持ち過ぎ」というようなレベルのものではなく、「二二八条二項の適用に関して先に引用した三つ目の判例において既に法律的に決着が出ているものをあらためて述べたもの」であるのです。このように法律的には「捜査段階での証人の供述に対して二二八条二項を適用して被告人、被疑者又は弁護人の立会を制限するのは後の公判段階における被告側の審問の機会がなければ妥当ではない」と論争のあった当時においても決着がついていたのです。まして、立花さんは「論駁」三巻番外第3章の質問(31)において「法律を素人が自分勝手な解釈で読んでいると、ときどきとんでもない間違いを犯すことがあるということをご存じか」と渡部さんに問うているくらいですから、法律の素人である立花さんは当然二二八条二項に関する専門的な議論をおさえていてしかるべきなのです。
さて、Apemanさんの仮定したケースや実際のロッキード裁判の経過において、このような経過を経て得られた調書は大野さんの議論に従えば証拠採用されないと私が主張した根拠がサッパリ分からないということなので、どの点は共通の了解が得られて、どの点は共通の了解が得られないのか、を確認するために以下では確認事項を羅列して、どこが私とApemanさんとの議論の分かれ目になっているのか確認したいと思います。ですから、さらなる反論の際にどれが理解できない確認事項なのか、お知らせください。それを議論の叩き台にすれば、相互理解も深まると思います。以下では、やや文体を変えて確認事項を箇条書きにします。
確認事項@大野さんは三二一条を否定していない。
確認事項A大野さんの補足意見は三二一条一項を問題視していない。
確認事項B大野さんの議論においても三二一条は成立しうる。
確認事項C大野さんの議論において三二一条一項三号を適用させるための必要条件は捜査段階=供述段階において被告人、被疑者又は弁護人の立会を認めることである。
確認事項D被告人、被疑者又は弁護人を立会わせるかどうかは二二八条二項の問題である。
確認事項E大野さんの議論でも捜査段階=供述段階で二二八条二項による立会の制限を行なわなければ、三二一条一項三号は三要件の吟味後に適用可能である。
確認事項F大野さんの補足意見はこの二二八条二項の適用による立会の制限を問題視している。
確認事項G二二八条二項による立会の制限はかつて違憲ではないかと疑われたことがある。
確認事項H二二八条二項による立会の制限は条件を満たせば合憲であるという最高裁の判例がある。(前に引用した判例の三つ目参照)
確認事項Iその条件とは「審問の機会を与える」である。
確認事項Jここで言う「審問の機会を与える」とは「供述段階において被告人、被疑者又は弁護人を立会わせること」と「公判段階において反対尋問させること」の2つであるとその判例に書かれている。
確認事項Kその判例における「要旨」において「刑訴法二二七条二二八条により被告人、被疑者または弁護人に審問の機会を与えずに作成された証人尋問調書を、その証人が公判廷において尋問され、被告人側の反対尋問にさらされ、その証人尋問調書につき尋問を受けている場合に、証拠とすることは憲法第三七条第二項に違反しない。」と書かれている。
確認事項L三二一条は「反対尋問なしで証拠能力あり」と判断され証拠採用される条件を書いたものだが、「反対尋問なし」なら「反対尋問なしの調書の証拠能力を云々する」以前に、供述段階での二二八条二項による立会の制限の適法性が否定され、その調書は証拠能力なしとされる。
確認事項Nロッキード裁判においては上記の2つの「審問の機会」は与えられなかった。
確認事項OApemanさんの仮定のケース、実際のロッキード裁判の経過においては共に二二八条二項を適用して「供述段階における被告人、被疑者又は弁護人が立会うこと」を制限した以上「公判段階において反対尋問させること」がなければ二二八条二項の適用による立会の制限は妥当でないとなり、証拠能力を否定される。
ですから、大野さんの補足意見はApemanさんが「牛犬氏の再反論について(1.と3.)」において「弁護側が検察側嘱託尋問調書の証拠能力に異議を唱えるとすれば、供述不能・必要性・特信情況という3つの要件の他、免責および外国への嘱託の適法性、228条項にもとづき弁護側の立ち会いが認められなかったこと、といった点で争う以外になく、」と書かれていた内の「二二八条二項にもとづき弁護側の立ち会いが認められなかったこと」についての議論であり、「弁護側を捜査段階で立ち会わせないなら公判段階では反対尋問させなければならない」という二二八条二項に関する最高裁の判例に従ったものだと理解していただけたでしょうか?
付け加えておけば、Apemanさんは私の「反対尋問権が行使されたと判断される訴訟手続を踏まなければ証拠能力を持つことはないのです。」という文章を引用して私が三二一条の合憲性を否定しているかのように書かれていますが、私の議論はその一行前から引用していただければ、より良く理解されたと思います。引用しますと「二二八条二項の適用された調書は受訴裁判所の訴訟手続において保障されている反対尋問権が行使されていなければ、証拠能力を持たないのです。つまり、反対尋問権が行使されたと判断される訴訟手続を踏まなければ証拠能力を持つことはないのです。」と二二八条二項の議論であると明確に書いています。
もう一度、要約しますと、「公判段階で被告側に反対尋問する機会を与えられないなら、捜査段階における二二八条二項による立会の制限は妥当でない」ということなのです。
「3.嘱託による反対尋問について」
次に嘱託による反対尋問の可能性について検討します。まず、確認しておきますと、<供述不能>要件は「供述者が死亡、精神もしくは、身体の故障、所在不明又は国外にいるため公判準備又は公判期日において供述することができず」と三二一条にあり、今回は国外にいても嘱託によって供述可能とされているのですから、何らかの特殊事情が無い限り公判段階においても供述可能とされなければなりません。そして、嘱託尋問形式でなされた反対尋問は三二六条で証拠能力ありとすることができるというところまで議論は進みました。そこで、次に確認したいのは、この嘱託尋問が公判期日において行なわれるということです。この嘱託尋問は被告側が反対尋問を申請して日本の裁判所がアメリカの裁判所に嘱託するわけですから、当然公判期日においてなされるものなのです。そして、嘱託尋問形式の反対尋問はコーチャン氏らがアメリカの裁判所に出てきて供述するわけですから、検察側嘱託尋問調書の<供述不能>要件は満たされず、検察側嘱託尋問調書に三二一条一項三号を適用して証拠採用することはできません。私の「3の問題に注釈」のコメントに対して、「たとえ実質的に弁護側が反対尋問を(嘱託尋問のかたちで)行ったにしても、検察側の嘱託尋問が公判期日外(公判の前)に行われた以上、321条とは関係のない供述として証拠能力を持つというご説は納得しかねます」とApemanさんは述べておられましたが、嘱託尋問形式で反対尋問を行なえば<供述不能>要件は満たされないので、検察側嘱託尋問調書は公判期日外(公判の前)にアメリカのコミッショナーの面前で得られた書面であっても三二一条一項三号を適用することはできないのです。では、検察側はどうすればこの検察側嘱託尋問調書を証拠採用することができるのかといいますと、弁護側が申請して嘱託尋問形式で反対尋問を行なうわけですから、弁護側は「弁護側嘱託尋問調書(=反対尋問)を作成させてくれたら検察側嘱託尋問調書(=主尋問)を証拠能力ありとすることに同意する」と認めているのに等しいので、検察側が同意すればこれも三二六条による同意書面として証拠採用することができるのです。このようにいとも簡単に反対尋問は妥当な形で実施することができたのです。これほど簡単な嘱託尋問形式による反対尋問が実施不可能に追い詰められたのは先に述べた免責のジレンマのせいなのです。
そこで、あらためて整理しますと、「2.大野判事の補足意見について」で述べたように捜査段階において二二八条二項を適用して被告人、被疑者又は弁護人の立会を制限したのなら公判段階において上述したような形で反対尋問がなされなければなりません。逆に、捜査段階において二二八条二項を適用せずに、被告人、被疑者又は弁護人の立会を認めておけば三二一条一項三号の適用は三要件の吟味の後、適用可能であったといえるのです。私はそれら二二八条二項の適用による立会の制限と三二一条一項三号の適用という両方が成立することはないと主張しているのです。
憲法三七条二項で保障された被告人の権利について
さて、Apemanさんは問題を「反対尋問権」ではなく、憲法三七条二項で保障された被告人の権利というかたちで立て直すと述べておられたので検討したいと思います。まず、引用から。
憲法37条2項が保障する被告人の権利という観点から考えてみると、なるほど弁護側は反対尋問によってコーチャンらの証言の証拠能力を吟味する機会は有さなかったものの、321条1項3号の要件を満たすか否かについては1年間にわたって争う機会を与えられ、さらに証拠採用決定後は新規の証人尋問(嘱託尋問形式の)によって調書の証明力に関する弁護側なりの主張を行う機会をも有していたのである。こうした情況を考えると、憲法37条2項が規定する権利が実質的に侵害されたとは言えない、と考えるのが妥当であるように思われる。
とあります。しかし、憲法三七条二項に関しては先に引用した判例の三つ目においてハッキリとどのようなものが保障されているのか述べられているので、再び引用します。
『S35.12.16 第二小法廷・判決 昭和33(あ)1439爆発物取締罰則違反、建造物損壊、脅迫、窃盗、銃砲刀剣類等所持取締令違反』
憲法三七条二項の「刑事被告人はすべて証人に対して審問する機会を充分に与へられ」るとは、半面において被告人に審問する機会を十分与えられない証人の証言及びその供述調書によって有罪とされないということを保障したものと解する。そして「審問する機会を充分に与へる」ためには、原則として証人の供述の際に、被告人を立ち会わせ、反対尋問の機会を与えることを要するものと解するのが当然である。しかし、証人尋問の際に被告人に反対尋問の機会を与えなかった場合でも、後の公判期日において、その証人が再び尋問され、その際に曩にした証言部分について、被告人側に反対尋問の機会か十分与えられているならば、結局反対尋問の機会が与えられたことになるから、曩の証人の証言又はその供述調書を証拠とすることは必ずしも違憲であるということはできないと考える。
とあり、与えられるべきは「321条1項3号の要件を満たすか否かについての1年間にわたって争う機会」ではなく、「証人の証言及びその供述調書に対する審問の機会」であるわけです。我々は法律に関する議論を行なっているわけですから、Apemanさんが「321条1項3号の要件を満たすか否かについての1年間にわたって争う機会」をもって憲法三七条二項における被告人の権利を保障したものと解釈するのであれば、その法律上の根拠、最高裁による判例又はそのように主張する学説等を引用してその根拠を示して頂けないと議論のしようがありません。Apemanさんが最高裁のように法律的に疑義のある問題に対する最終的な判断の決定権を持たれているならともかく、立花さんの言うように「法律を素人が自分勝手な解釈で読んでいると、ときどきとんでもない間違いを犯すことがある」のですから、Apemanさんには何らかの専門的な法的根拠を明示していただきたいと思います。こちらとしては上述の判例にしたがって「証人の証言及びその供述調書に対する審問の機会」の保障をもって三七条二項における被告人の権利の保障と考えています。
付け加えておけば、証明力に関する機会も与えられて当然の機会なのです。憲法三七条二項では刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられるとされているのですから、問題はあくまで、ある証人(コーチャン氏ら)の供述調書に対して与えられて当然の「証人の証言及びその供述調書に対する審問の機会」を二二八条二項と三二一条一項三号の併用というありえない組み合わせと免責をめぐるジレンマによって奪われたことが問題なのです。