『帝国陸軍の〈改革と抵抗〉』


黒野耐、『帝国陸軍の〈改革と抵抗〉』、講談社現代新書

本来ならはてな別館で扱うネタなのだが、bewaadさんが本書についてエントリを書いておられる こともあってこちらに。
明治初期における山県の「改革」、明治20年前後の桂太郎による「改革」、第一次大戦後の宇垣一成による「改革」、満州事変後の石原莞爾による「(参謀本部)改革」が題材。小泉政治が「ワンフレーズ・ポリティックス」と呼ばれたことになぞらえれば、帝国陸軍の80年弱の歴史を「改革と抵抗」という切り口で記述しようとする「ワンフレーズ・ヒストリー」。こういう試みの成否は1)改革/抵抗という単純な構図で切り取ることで際立つ絵柄が面白い(有用である)かどうか、また2)単純な構図では切り落とされてしまう部分のうち重要な点についてきちんと目配りがあるか、で決まると言えよう。この企画、著者自身のものなのかそれとも編集者が敷いたレールなのか知らないが、結果的には失敗だったのでは、と。
というのも、宇垣軍縮にせよ石原の参謀本部改革にせよ、これまですでにさんざん「改革派vs守旧派」という図式で語られてきたからである。むしろ「改革派vs抵抗勢力」という図式が取り逃がしてしまうのはなぜか? の方が興味深いのに…と思ってしまう。そうした側面への目配りがまったくないわけではなく、例えば桂改革における「改革派」が、同時に陸海統合参謀本部構想に関しては「抵抗勢力」だったこと、などには触れられている。しかし例えば大正期の陸軍が自由化や民主化への「抵抗勢力」だったことには触れられていない。

これはどのような規模、タイムスパンで「改革」を評価するか? という問題にも関わってくる。例えば桂改革は「専守防衛型」の軍隊から外征も可能な、機動的な軍隊への改革として説明され、日清・日露戦争における勝利をもって「改革の成果」であるとされる。まあ日清・日露戦争を前提とするのであれば確かにそう評することもできよう。しかし本来なら、「専守防衛型」の軍を当面維持して限られたリソースを経済発展に注入していたらどうだったか? という比較抜きに「改革の成果」は評価できないのではないか? もともと日本はどこの国とも国境線で接していなかったのに、朝鮮半島に「進出」したがゆえに国境の「脅威」が発生し、それを解決するために満州を緩衝地帯にするとさらにソ連、中国、モンゴルと接する国境線が広がり、こんどは華北やモンゴルに緩衝地帯が必要だ…と言い出したわけである。そうした緩衝地帯抜きには国家の安全は維持できなかった、ということが異論の余地なく示されているんであればはなしは別だが、宇垣改革の「挫折」にしたところで結局「みんな貧乏が悪い」わけである。軍の近代化をもっとも強く制約していたのは「抵抗勢力」でも政党政治家でもなく、経済力および技術力の不足という身も蓋もない現実である。当初の段階で外征軍化につぎ込んだリソースを産業育成につぎ込んでいた方が、この最大の制約を緩和しておくことだってできたのではないのか? 陸軍は農村を「優良な兵士の供給源」として重視しその荒廃を憂いていたし、二・二六事件の青年将校たちもまたそうした志をもって決起した、という神話があるわけだけれども、1934年以降一般会計歳出の4割以上を軍事費が占めていたことを考えれば、「救農対策がとれなかったのも膨張する軍事費のせいじゃないのか?」と言っておかしくないわけだ(この一文、追記)。
また山県が「抵抗勢力」排除のため導入した「統帥権独立」「幕僚統制」が後に陸軍を内側から蝕んだ、と指摘しているわけだが、それなら「ワンフレーズ・ポリティックス」とか「刺客」といった手法についても要チェックですよね?

同じ著者の同じ出版社からの著作、『参謀本部と陸軍大学校』と読み比べると、「改革と抵抗」という視座によってなにが加わりなにが失われたかがわかりやすいのではないだろうか。

「終りに」に二つほど気になる記述が。

(…)ブレア英首相が「英国病」の退治という改革に成功した要因は、改革構想に基づいた政策立案の準備を十分に行ってとり組んだこと、多くのブレーンをもって活用したこと、与党と官僚組織から支持をとりつけていたことだった。

えっ…。教育改革に関してブレアが「イギリス病克服宣言」を出した事実はあるみたいだけど…。ひょっとしてサッチャリズム批判を意識した布石ですか?

 特に参議院選挙に向けた動きでは、痛みをともなう改革を緩め、抵抗勢力を復党させる動きも出てきている。防衛政策でも、米軍再編に多額の援助が見込まれることから現行の中期防衛力整備計画をさらに圧縮する動きがある。筆者にはなんとなく大正軍縮のイメージが重なって、小泉改革が大正期の改革と同じ道をたどるのでは、との心配がよぎってならない。

ここは笑っちゃいました。「中期防衛整備計画」ってここで唐突に出てくるんですよ。そりゃ、「中期防衛整備計画」の達成がなにをおいても重要であることを十分説得的に(著者が自衛隊出身者であることからくる「既得権益擁護じゃないの?」という疑いを払拭するほどに)示したあとであればまだしも、「中期防衛整備計画」って別に「小泉改革」とは関係ないでしょ? 支出を切り詰めろ、という主張に一般論としては諸手をあげて賛成しておいて、「中期防衛整備計画」については理由も述べずに「圧縮」はけしからん…と書くのはまずいんじゃないかなぁ。

Posted: 水 - 11 月 29, 2006 at 06:25 午後          

Comments



©