『格差社会』


橘木俊詔、『格差社会 何が問題なのか』、岩波新書

橘木俊詔といえば大竹文雄との間の「格差論争」が有名であるわけだが、本書は「格差拡大は高齢化および単身者世帯の増加による」という内閣府の説明を「基本的には間違ってない」としたうえで、「高齢単身者の貧困層が増えたことは問題ではないのか?」「現在のフリーター、ニートが将来高齢貧困層になることは問題ではないのか?」「内閣府の説明とは別に、小泉が“格差は悪いことではない”と述べたことの意味」といった問題を論じている。

この種の議論にある程度馴染みのある読者にとっては目新しい知見を得ることのできる本ではないと思うが、それでも一冊の本というかたちで通読すると改めて印象づけられるのは次のことである。日本は「小泉改革」のはるか以前から教育への公的支出、雇用対策関連支出、国民負担率(租税および社会保障)などの分野において、OECD諸国のなかでもトップレベルの、小さな小さな政府だったということ。にもかかわらず、なぜか「まだまだ政府は小さくしなければならない」という空気がこの社会を覆っていること。
教育、雇用対策、社会保障などの分野への貧弱な公的支出を補ってきたのは企業と家庭であった。これが、現実には教育・福祉分野への公的支出が乏しいにも関わらず、「そこそこ福祉も充実している社会」という自己イメージを支えていたのだと思われる。しかし企業と家庭が共に従来のような役割を果たせなくなったいま残されているのは、「教育・雇用対策・社会保障分野への公的支出はOECD諸国との比較で最低水準」という事実と、「これまでそこそこ福祉は充実してたんだから、きっと莫大な金がつぎ込まれていたんだろう」という根拠の無い思い込み、であるというわけ。やれやれ…。

Posted: 日 - 10 月 22, 2006 at 06:00 午後          

Comments



©