『日本陸軍と中国』


戸部良一、『日本陸軍と中国 「支那」通にみる夢と蹉跌』、講談社選書メチエ

野良猫氏が例のところで佐々木致一少将の名前を出したので、「おお、そういうえばそういう本があったな」と思い出して引っぱりだしてきた。野良猫氏とのやりとりがポジティヴな結果を生み出したレアケース。著者は執筆当時防衛大学校教授。この、日本軍きっての「支那通」と言われた(ただし、本書によれば彼の見解は決して陸軍内で主流ではなかった)佐々木致一を中心に、日本陸軍の中国観とその変遷が描かれている。
本書に何度か登場するのが「支那通」軍人たちの「ロマンティシズム」、という表現である。軍人たちのすべてが中国蔑視・敵視に染まり切っていたわけではなく、少なくとも主観的には中国の利益を考慮し、中国の再生に期待した「支那通」たちが存在する。その代表が佐々木致一であるわけだが、しょせんは「ロマンティシズム」であるから、自分の主観的な願望を中国に投影しているだけである。それゆえいったん自分の期待が裏切られると激しく中国を憎むようになる。1937年12月21日に佐々木致一少将が南京地区西部警備司令官に就任し、その後立て続けに城内粛清委員長、宣撫工作委員長を兼任することになった人事について、秦郁彦は次のように評している。

ところが、この人選はとんでもないミスキャストであった。往年は、陸軍随一の国民党通とされ、その同情者でもあった佐々木は、いつの間にか熱烈な反蒋論者、中国人嫌いに変わっていたのである。城内警備に関し、南京憲兵隊と特務機関、その他の軍直轄部隊を指揮下に入れ、第十六師団を実動部隊として与えられた佐々木は、すでにその必要はなくなったと思われるのに、苛烈な便衣狩りを再開した。(165ページ)

佐々木少将に関して野良猫氏が述べた嘘、ないし部分的には正しい情報を利用した詭弁については、別にエントリを立てる。

日本軍の軍人が中国の利益より日本の利益を優先させることは当然であって、そのこと自体は非難に値しない。しかし「中国が中国の利益をどう認識しているか」「中国が日本軍の行動をどう評価しているか」といった事柄については中国側の視点から考えることができねば正確な理解は望めない。本書によれば、中国に好意的な「支那通」軍人たちも、結局のところ日本に都合の良い範囲での中国のナショナリズムを肯定的に評価したにすぎず、排外運動の矛先が日本に向けられると途端に中国のナショナリズムを拒否しようとしたのである。外交にも口を出した「支那通」軍人たちの中国認識がロマンティシズムや民族蔑視によって歪められていたのだとすれば、日中が長い戦争を戦うことになったもの不思議はない、というものである。

Posted: 水 - 7 月 26, 2006 at 07:50 午前          

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