『硫黄島からの手紙』
監督:クリント・イーストウッド
出演:渡辺謙、二宮和成ほか
2006年、アメリカ
mudaidesuさんが「政治的に正しすぎる『父親たちの星条旗』――『硫黄島からの手紙』は?」というエントリにおいて、『父親たちの星条旗』の過剰なまでのPCぶりを指摘し、『硫黄島からの手紙』への危惧を(まだ未公開の先月末の時点で)語っておられる。アメリカの文脈において政治的に正しすぎる映画が日本においては政治的に正しくないものとなるおそれ、ととりあえず乱暴に要約させていただく(これは『父親たちの…』にもあてはまることだと思うが)。題材が硫黄島であるということが
mudaidesu
さんのまことにもっともな危惧をさらにもっともなものにしている。私だって背中に銃を突きつけられて「皇軍を称える映画をつくれ」と言われたら(まあ誰も言わないけど)硫黄島をまず題材に選ぶだろうし。結論を出すにはDVDが出るまで待ってディテールを再確認しながら語る必要があるが、とりあえずの印象としては「まず大丈夫なんじゃないか」な、と。もちろん、なにをみても「大日本帝国は清く・正しく・美しかった」ことの証拠としてしか解釈しない人間もいる(冒頭に映る「硫黄島戦没者顕彰碑」はそういえば岸信介揮毫になるものだ)だろうけど、映画の外部から反論しなくても映画それ自身の内部からそうした解釈に反論する根拠を見つけることができるだろう、という意味で(ネタバレを避ける意味もあり、詳細はDVDが発売された機会にでも書くことにする)。「政治的な正しさ」だけでなく兵器の考証にも反映していいるファクト・チェックの成果と言えようか。米軍が情報収集のために初期には捕虜の収容に努めたのに対しこの時期になると投降兵を殺してしまうことがままあったこともきちんと描かれているほどだから。ただ、「どうする? アイフル?」的なあのシーンだけはちょっと疑問が残る。映画中でも44年6月のマリアナ沖海戦での日本軍の大敗(自軍将兵の人命を軽視したツケがまわってきて、「マリアナの七面鳥撃ち」と言われるほどの惨敗だった)には触れられている。翌月にはサイパンが陥落して「絶対国防圏」が破綻しており、その後10月の台湾沖航空戦、レイテ沖海戦でその破綻を取り繕えないことが明らかになった(特攻が始まったのがちょうどこの頃)。硫黄島で一日でも長く持ちこたえればそれだけ家族を守ることができる…という(映画中で栗林中将が語る)ロジックを鵜呑みにせずに批判的に聞くことができるためには、硫黄島の攻防戦が東条内閣崩壊から半年以上経った45年2月に行われたことや、守備隊が玉砕する以前に硫黄島の飛行場は使用可能になって米軍戦闘機が発進していることなどを知っていた方がよいだろうし、硫黄島という環境に特有の苦難の描写もかなりあっさりとしているのでそのあたりも予備知識があるに越したことはないのだが。キャスティングについてだが、栗林中将は硫黄島戦の時点で55歳、演じる渡辺謙は(発表されているプロフィールによれば)47歳になったばかり。俳優(特に二枚目、美人系)は実年齢より若く見えるのがふつうだからなおさら「陸大出とはいえ、中将にしては若すぎる」と感じるし、同じことは二宮和成演じる「西郷」についても言える。プロフィールでは1983年生まれとなっているから20代前半(もっと若く見える)だが、出征前にパン屋を営んでいた(パン屋で働いていた、ではなく)という設定ならもう少し年長の俳優の方が現実性があったのでは。ちなみに妻役の裕木奈江(エンドクレジットでは
"Nae"
と表記)は35歳。しかしなぜ裕木奈江? やっぱり「愛國婦人会」のおばさまがたに苛められてたけど。なにしろ日本軍は9割以上が戦死しており、栗林忠道にしても西竹一(バロン西)にしてもどのような最期を迎えたのかはわかっていない。というわけで、映画中のそのあたりの描写はフィクション。人物造型は前作同様かなり図式的に「アメリカをよく知っている将校」「頑迷な将校」「兵士」と三分されている。なお、バロン西への「投降勧告」に関する考察としてはこちらを参照していただきたい。45年の段階では捕虜を通じた情報収集の重要性は低下しており、米軍の公式な方針としてはともかく、士気を鼓舞するためやバンザイ・アタックによる被害を減らすために「(捕虜をとらずに)皆殺しにせよ」といったことが部隊レベルでは言われていた、という点への留保を除けば全面的に同感。
Posted: 土 - 12 月 16, 2006 at 03:35 午前
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