『刑事ジョン・ブック/目撃者』(DVD)ほか
追記あり
監督:ピーター・ウィアー
出演:ハリソン・フォード、ケリー・マクギリスほか
1985年、アメリカ
今月はじめ、ペンシルヴァニア州の学校で起こった殺人事件に関してCNNが盛んに報道しているのをみて「そういえば、アーミッシュの存在を日本で有名にしたのはこの映画だったな」と思い出して観直してみた。
さすがに1985年の映画だけあって、非当事者が一見して分かるような歪曲はないように思う。アーミッシュの人々も必要があれば列車の使用を辞さないこととか、馬車にウィンカーらしきものがついているところとか、「近代文明の拒否」を興味本位に強調するつもりならなしにすますことのできる描写もある。「アーミッシュについて知識のない警官」を利用して(フィラデルフィア市警なんだけどな)観客に情報提供するシーンもあったりするのだが、その一方でちょっと調べないと意味の分からないシーンもある(前半の駅のシーン、後に犯罪の目撃者となる少年が全身黒尽くめの老人を見かけ、同じアーミッシュだと思って近づくが顔を見ると黙って立ち去る…というところ。実はその老人は(超)正統派のユダヤ教徒で、髭のはやし方がアーミッシュとは違う、ということのようだ)。
しかしまあ、「高貴な野蛮人」に類する表現方法を一歩も出るものではないなぁ、と。色恋が絡むとポカホンタスものになっちゃうし。かといって、娯楽映画でそれ以外の表現方法をどう実現したらいいのか、ってのは難しいですけどね。
CNNを見ていると、被害者の遺族が「加害者を許す」と発言したことが大々的にとりあげられているのだが、先日観た(読んだ)『冷血』でも被害者の遺族の一人が「犯人を許す、死刑は望まない」という趣旨のことを発言してますな、別にアーミッシュではないけれど。「汝の敵を愛せ」はすべてのキリスト教徒にとっての規範なのだから、決して突飛な発想ではないわけだ。被害者(遺族)が加害者を許すことが容易なことだなどと主張するわけではさらさらないけれども、加害者を許すのがさも特殊なことであるかのような「空気」、被害者(遺族)が加害者を罵倒することを期待するような「空気」は、それはそれで問題なんじゃないだろうか。
以下追記。少し前の映画を観直しているとよくある「へえ、この人この映画に出てたの?」ってやつですが、ダニー・グローバーとヴィゴ・モーテンセンが出演していた。
タイトルに「〜ほか」としておきながら書くのを忘れてたけど、夜中にケーブルテレビで田宮二郎の『白い巨塔』(映画版)をやっていて、教授選の前後と最後しか観なかったんだけど、例によって大阪弁が変。外国語の映画だと訛りが不自然でもまず分からんだろうから、こういう点ではつい邦画に点が辛くなってしまう。
Posted: 月 - 10 月 16, 2006 at 11:10 午後
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