金大中事件とロッキード事件陰謀論



故あって久しぶりに立花隆の『ロッキード裁判とその時代』(朝日文庫)を読んでいて、興味深い記述があるのに気がついた。第1巻の「バックグラウンド・クロニクル〈2〉 一九七七年一月~二月 冒頭陳述にショックを受けた田中陣営」より。

 田中初公判の前後、話題になっていたこととして、アメリカのレイナード元国務省韓国部長の、金大中事件と日韓癒着に関する証言がある。いずれもCIAないし国務省のインテリジェンス・レポートに記されていた話として、金大中事件はKCIAの犯行ということと、自民党議員多数にKCIAの資金が渡っていたということがその内容だったが、岸元首相とならんで、田中への言及もあった。ひとつは、金大中事件もみ消しのために、田中に三億円が渡されたという話。
 この話は後にレイナード自身はぼかすようになったが、三月になってから、衆院予算委で社会党の安宅常彦議員が、在米韓国人ジャーナリスト文明子女史から得た情報をもとに、次のように具体的な指摘をした。田中への三億円は一九七三年八月から九月にかけて、一億円ずつ三回に分けて支払われた。一回目は、七三年八月一六日、赤坂の料亭「川崎」で。朴大統領の依頼を受けて来日した趙重勲大韓航空社長が小佐野にことづける形で田中への現金一億円を手渡した。二回目は九月中旬までの間。場所は不明だが、やはり趙から小佐野へ一億円が渡された。三回目は九月二一日、場所は箱根。このときは小佐野だけでなく、田中も顔を出した。
(98~99ページ)

ここで言及されている国会質問は1977年3月5日、第80回衆議院予算委員会でのもの。この話で興味深いことの一つはネタ元として文明子の名前が挙がっていること。というのも、後に流布したロッキード事件陰謀論において、文明子がキッシンジャーから聞いたとされる発言が根拠としてもちだされていたからである(ただし、徳本栄一郎の取材に対して文明子はその件を否定している)。金大中事件をめぐる「手打ち」のために韓国政府から田中に金が支払われたという件については、『文藝春秋』2001年2月号で田中の元側近が暴露しているのだが、そこでは金額は4億円とされており、授受の場所も別で韓国側の使者も別人とされている。どちらか一方がガセなのか、支払いが2ルートあったということなのかというなぞは残るが、ここで強調したいのはアメリカ(CIAないし国務省)がこのスキャンダルを把握していた(当然予想されることではあるのだが)、ということである。ロッキード事件は田中の独自外交に怒ったアメリカの陰謀であるという説の破綻についてはこのブログで再三とりあげてきたが、これもまた陰謀論の誤りの傍証となっている。もしアメリカが田中を失脚させようとしたのであれば、ロッキード事件ではなく金大中事件からみのスキャンダルを暴露した方がよほど理にかなっていたからである。ロッキード事件はヨーロッパ各国の閣僚や王族までをも巻き込む国際スキャンダルであり、もちろん贈賄側のアメリカにとってもダメージになる。これに対して金大中事件からみのスキャンダルならその影響は日韓関係を超えて波及することはなく、かつ当時の韓国は軍事独裁政権だから封じ込めも容易で、アメリカにしてみれば日本国内でのスキャンダルの広がりだけをコントロールすれば足りたわけである。もともと金にからんでは黒い噂の絶えなかった田中にとってロッキード事件は致命傷とならず、病に倒れるまで「闇将軍」として権勢を振るったことはよく知られているが、日本の主権が踏みにじられたこの事件に関して金銭を受けとっていたことが暴露されていればより大きなダメージを受けていたはずである。そもそもロッキード事件が明るみに出たのは田中の首相退任後であるというだけでも陰謀説の説得力はゼロに近いわけだが、仮に「陰謀」が存在したとして、事件発覚が76年になったのは、田中の在任中はニクソンもまた在任中であり、田中一人を失脚させるためにニクソンと関係の深いロッキード社(両者ともカリフォルニアが地元)のスキャンダルを暴露することなどできなかった、という理由になるはずである。しかしそれならば、ニクソンとはなんの関係もない金大中事件からみの醜聞(金銭授受の時期はロッキード事件とほぼ同じ)を暴露すればよかったのである。アメリカにとってはより少ないリスクで、より効果的に田中を叩けたわけであるから。



Posted: 火 - 1 月 29, 2008 at 12:17 午後          

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