「ロッキード事件」Q&A 裁判編1
Q1 田中角栄は別件逮捕されたというのは本当ですか?
Q1 田中角栄は別件逮捕されたというのは本当ですか?A1 嘘です。田中角栄は確かに外為法違反容疑で逮捕されましたが、受託収賄容疑のみならず外為法違反でもちゃんと起訴され、(死亡により公訴棄却となった最高裁を除いて)有罪になっています。また、外為法違反の容疑事実とはロッキード社からの5億円を丸紅経由で受け取ったことであり、これは言うまでもなく受託収賄の容疑とも関わっています。殺人事件において容疑者をまず死体遺棄罪で逮捕しその後殺人についても調べを進める…というかなり一般的な事例と同じです。隣人とのトラブルに「脅迫罪」などの罪名をつけて逮捕し、その件は無視して殺人事件について取り調べを行なう、といったものが別件逮捕と呼ばれるべきケースです。なお、「別件逮捕説」のバリエーションとして、「当時外為法違反はすでに死に法であった、いやしくも首相の職にあったものを死に法で逮捕するのはおかしい」といったものがあります。これについては面白いエピソードがあります。バリバリの田中擁護者として知られ、後に中曽根内閣で法相となった(これは田中の政治力がロッキード事件によって奪われていなかったことの証拠ですが)秦野章が1976年8月4日、参議院の「ロッキード事件に関する特別委員会」でまさにこの問題に関する質問を行ないました。秦野氏はまず 田中前首相の逮捕というものが外為法の違反の令状で逮捕されたということでございますが、これに関連して、外為法の問題について少し大蔵省にお尋ねをしたい。外国為替管理の実情ですね。と切り出します。そしてこう続けます。 外為法の制定はいまから約三十年前、昭和二十四年にできたわけであります。当時は、戦後の荒廃の中で、ドル不足、ドル割り当て制といったような厳しい環境の中で、日本経済の安定、国民生活の向上をどうやって図っていくかという、そういう観点から、厳しい為替管理というものをやっていかなきゃならぬという背景があったわけでございます。また、実質的にも、外為法違反をやったら、その影響は具体的に国民経済に悪影響を及ぼしたという、そういう実態もあったと思います。ところが、その後約三十年たって、今日の情勢を考えてみたときに、その後外貨予算制度も廃止になったし、これは昭和三十九年ですけれども、四十七年の外貨集中制度の廃止とか、言うならば、為替管理の大幅な自由化の方向が進められてきたのは、これはまたひとり日本だけじゃなく、世界の趨勢であったわけです。外貨準備も百六十億ドルといったような現状で、日本も西独や米国と肩を並べるような最高水準にも達しておるわけであります。外為法が死に法である、という答弁を引き出したいことがよくわかります。大蔵省との間で一般的な状況についてやりとりがあった後、いよいよ秦野氏は本題に切り込みます。警察庁にちょっと聞きたいのだけれども、外為法違反の最近の取り締まりの概況ですね、概況というものをちょっと知らしてもらいたい。以下、政府とのやりとりをみてみましょう。○説明員(吉田六郎君) 昨年警察が検挙送致いたしました外為法違反は五百二十四件、二百四十人でございます。そのうち身柄拘束したのは九十件、三十四人、身柄不拘束は四百四十四件、二百六名ということになっております。○秦野章君 いまの説明の中で、ちょっと大ざっぱ過ぎるので、その中の主な、比較的重要というか、額が高いとか、そういう重要な主な事件の中での概況、余り細かいこと要りませんけれども、正直言って、やみドル商売みたいなものもありますし、いわばプロみたいなものもあるし、それからまた額の問題では大きい小さいもあると思う。そういう点について、検挙のやり方ですね、逮捕するかしないかとかいったような点について、主なものを簡単に説明してもらえませんか。○説明員(吉田六郎君) 昨年警察で処理いたしました大きなものは四、五件ございますが、そのうち二件御報告さしていただきます。 一つは、在日外国人ブローカーが台湾の現地人と結託いたしまして、日本国内に多数の預金口座を開設し、この口座を通じるなどの方法によって、国内業者の台湾向け、いわゆる低価格、低価申告輸出でございますが、低価申告輸出に伴う差額金、それから海外進出のための資金あるいは宝石の密輸入代金、白金地金の密輸出代金等、総額約二十億円を不正に決済していた事件を神奈川県警が昨年取り扱っておりますが、この事件では二十法人、四十四人を検挙しており、そのうち身柄拘束は十人となっております。 また、兵庫県警が検挙し、新聞などにも大きく報道された事件でございますが、これは台湾へオートバイ等を輸出するに際し低価申告を行い、その差額金など約二億円を不正に決済した外為法違反事件でありまして、これは十一法人、百八人を不拘束で取り調べ、そのうち法人六人を送致いたしております。○秦野章君 これは法務省に対する質問になるわけでございますが、田中前総理の逮捕ということがとにかく国民にとってもわれわれにとっても大変なショックであったし、正直言って、そういうことにやっぱりなったのかなという感じと、同時に、やはり逮捕の理由が外国為替管理法だということで、直感として、どうだろうかなと、こう思った国民もかなりあるだろうと。そこで、いま為替管理の問題をいろいろその前提として聞いたわけでございますけれども、そもそも行政立法という、この行政立法に付随する刑罰というものは、刑罰の背景になる行政的な事情、その行政立法の目的、必要性といったようなものが時勢の変化によって変わるということが一つの特徴だと思うんですね。刑法犯のように、どろぼうとか人殺しをやれば、これはまあいつやっても、どこでやっても、大方人類の共通の敵になるけれども、行政立法、形式犯の場合は、その立法の目的なり背景なりというものが罰則の運用に必ず反映しなきゃならぬ。これが形式犯、行政犯取り締まりをする場合の一つの物の考え方だと思うんでございますが、一番いい例が米の取り締まり。五キロ、十キロの米を持っていても、いま逮捕されて処罰受けるというようなことは余り聞いたことがない。しかし、戦後の昭和二十年代になりゃ、これはまた二升、三升の米を持っていても取り締まりを受けたということは、これと同列に比較するわけにはいきませんけれども、そういう、米が豊かになりゃ取り締まることは意味がないという——モチ米の買いだめでもやるというようなのは別として、そういう行政立法刑罰の背景の変化ということは、形罰を運用する立場にある者が一番考えなきゃならぬ一つのポイントだと、こう私は思うわけでございます。これはまあ当然のことだと思うんです。刑法犯にしても、たとえば公然わいせつ罪なんかは、とにかくここ十年、二十年でずいぶん変わったと思うんですよね。そういうようなこともございますので、いろいろいままで為替管理の実態を伺ってきたわけです。 ロッキード事件がチャーチ委員会から出発いたしまして、これはいわゆる汚職事件というのが当初からのやはり柱であったと思うんですよ、これ、常識的に。日本だけじゃなくて、ヨーロッパの方でも、フランスもイタリーもドイツもオランダも、これみんなロッキード事件に沸いたけれども、外為法違反でどうのこうのというのは、ヨーロッパじゃないわけです。これは為替か自由化になっているから。ところが、日本はまだ自由化には行ってない。為替管理の必要性はまだあると。その違いはあるんだけれども、ロッキード事件というのはとにかく汚職というものが、多国籍企業が外国の政府高官に金をばらまいたというのが正直言って本命の性格だというふうに思われるわけです。そういうような点を考えてみたときに、外国為替管理法事件で前総理を逮捕したと。恐らくこれは収賄で材料がなかったから外国為替管理法で逮捕したんではないかと、こう思うんですが、この点は当局いかがですか。○国務大臣(稻葉修君) 秦野さんのような質問は出ると思ってましたよ、私も。ただ私、検察に対しても、それから衆参両院の各委員会においても、指揮権発動はしないんだという立場を貫いてまいりましたからね。何か外国為替管理法の容疑かということを聞いてみた、そうだと、ううんと、こう言ったけれども、まあ指揮権発動はしないと言ってるんだから、そういうことならやむを得ぬと、こういうことなんで、その点の法的な先生の、外国為替管理法、形式犯、行政犯と、それから刑法犯とのそういう関連性というか、絡み合いというか、専門的なことについては吉田刑事課長に答弁いたさせます。○説明員(吉田淳一君) 外為法の性格なり目的なり、機能するところが、その時代の変遷によって、わが国においても変遷を遂げてきたということは、私どもも承知しておるつもりでございます。しかしながら、わが国の世界的に置かれている立場、貿易に頼るという立場に依存度が強いわが国では、為替管理等を含む外為法の規制が現在なお有効に機能しなければ国際的な立場をわが国でとることができないということで、現行法も十分有効に機能しているものと考えておるわけでございます。もちろん、その中身については若干の変遷がございますけれども、基本的にはそういう認識を持っておるわけでございます。現に外為法につきまして、先ほど警察庁からも昨年の処理状況を示されましたけれども、検察庁でこの外為法違反で求公判している事例も、昭和四十年ごろから申しますと五十二名から三十七名、二十五名と、場合によっちゃ一番少ないのは四十六年、四十七年で、五名ずっということがございますが、昨年では六十三名に求公判が上っておるという状況でございます。 で、この外為法につきまして、私どもが詳しく篤と申し上げる必要はないと思うんでございますけれども、今回のロッキード事件の捜査に当たりまして、この外為法違反の容疑が捜査の過程で発覚したわけでございます。で、この外為法違反自身の容疑というものについて、それが単に行政犯であり、形式犯であるという理由だけでこの違反について放置するということは、私どもとしてはできないと考えております。で、この外為法違反につきまして、田中前総理の逮捕に至るまでの過程におきまして、多くの外為法違反について逮捕勾留を行い、かつそれについて起訴、求公判を行っているという者は、丸紅の檜山を含めて相当数に上っていることはもう御承知のとおりでございます。で、今回、検察当局がこれらの関係者を鋭意取り調べた結果、その日本円五億円という巨額の金が、昭和四十八年八月から四十九年二月の比較的短期間の間に四回にわたって田中前総理に受領されているという容疑が発覚いたしたわけでございまして、これにつきましては、それはそれなりにきわめて重大な法秩序の違反であると私どもとしては考えざるを得ないわけであります。したがいまして、この外為法違反につきまして、まさしく身柄を拘束して取り調べる必要があるという判断に達して本件に、現在の捜査に至っているわけでございます。別に贈収賄をどうこうするためにということではございません。外為法違反というその法秩序違反の可罰性というのは、私どもとしては、この貿易外取引における日本円が全く管理外の立場で流れてくるということについては、やはりそれなりの外為法として十分保護されなければならない法益がある、可罰性があるというふうに考えておるわけでございます。委員御指摘は、汚職が本質ではないかとおっしゃいますけれども、果たしてそういうふうに簡単に言い切れるのかどうか、ロッキードの事件はまさしく全体としてそういうふうに言われておるのでございますけれど、必ずしもそれだけで定義づけるのはいかがかと思います。全体としてその資金がどういうふうに使われ、どういうふうに不法な行為が行われたかというところに、まさしく本件の本質があると思います。○秦野章君 誤解を招くといけないから申し上げておきますけれども、外為法違反を放置などということを言っているんじゃないんだ、外為法違反があればこれは立件送致することは当然なことだと思うんだ。問題は収賄、これは収賄が本命みたいなことを考えるのはどうかなみたいな話だけれども、汚職事件というものは贈収賄が本命なんですよ、だれがどう言ったって。チャーチ委員会のスタートからしてそうなんだし、それから恐らくロサンゼルスにおける証人喚問の免責の問題だって、やっぱり汚職というものがあってはならぬし、それということなら相当あらゆる努力をしてでもやっていこうとしたわけでしょう、正直言って。これ収賄の、たとえば五億円の収賄ということと外為の五億円というものは、あなたどう評価しますか。私はそんなつまんない意見を言っているんじゃないんだよ。五億という金は相当な金ですよ。相当な金だし、それから外為のいろんな刑罰立法も、可罰的違法性があることは間違いないが、可罰的違法性がやっぱり幾らか下がってきている、薄くなってきている。外為自由化と、それからその取り締まりの必要といったような観点からすりゃ。そういうことを私は聞いているんだ。 一番わかりいいように言うと、外為の違反の五億円、五億円の外為違反と五億円の収賄とではどういう一体違いがあるのか、違いがはるかにあると思うんですよ、これは。それから政治資金規正法の五億という違反と収賄の五億、同じ五億でも、これはえらい違いがあるでしょう。それから脱税ということもあり得るんですよ。脱税の五億ということと収賄の五億、これまた非常に違いがあるんですよね。そういうふうに、形式犯というものの評価ですね、罰する値打ちというものを考えたときに、こういう形式犯と収賄との比較ですね。金額が同じであった場合にも月とスッポンの違いがあるんだ。そしてロッキード事件というものは、やっぱり恐らく検察庁のねらいも収賄ということを、汚職ということを中心にお考えになったんだと思うんですよ、これは、どう言っても。ところが、やっぱり収賄の材料がどうも十分じゃないから、外為が違反が出てきたから外為で逮捕したんだと。ところが、外為の五億は重大な犯罪だとおっしゃるけれども、外為の五億、外為違反で五億とか、さっき警察庁の報告があったけれども、任意捜査でやった外為の違反でも、千万や二千万の金じゃないですよ。そもそも外為違反なんてものは額が高いんで、収賄の金額とかどろぼうの金額なんかだったら、三億円事件だったら窃盗の大事件でしょう。そういうふうに比較しちゃいけないんですよ。これは私は犯罪を見る場合の、これは法務大臣にはよくわかってもらえると思うんだ。実質を見にゃいけない。形式が三年以下だと、こう書いてあるのです、外為法違反は。形式が、外為法違反の形式が三年以下だと書いてある。収賄罪も三年以下だと、法定刑は同じになっている。だから同じように重大かというと、全くそれば違う。 ところが、得てして、私の経験からもそうだけれども、第一線の捜査をやる人というものは、やっぱり経済情勢とか、いろんな世界の情勢とかというものを見るということについてはうっかりする。行政犯の取り締まりに当たって同じようにやりかねないこともあったわけです。今度があったと私はあえて言いませんけれども、私はそこに多少の疑義を持つからお尋ねをしているわけであります。そういうことを聞いているんでね。やっぱり世間で見るところも、これは別件逮捕じゃないかと、こういう意見もあるわけですよ。私は、外為違反というものがありゃ、それはやっていい。やらなきゃいけない。それはしかし任意でできるんなら任意で起訴もできるだろう。やっぱり前総理大臣を外為違反で逮捕したということについては、違法ではない。違法ではないけれども、果たしてこれ、歴史的批判にたえ得るであろうかという感じがするので、この点大臣いかがでしょう。○国務大臣(稻葉修君) この段階で、検察庁のやったことは妥当でないのではないかという御質問に対し、私が答弁をすることはいかがでしょうかな。気がかりになっておるわけですから。○秦野章君 この逮捕の必要性というのは、普通はやっぱり逃げるおそれがあるとか、証拠隠滅のおそれがあるとか、こういうことが法律的な要件だと思うんですね。それで、これは一般論で結構ですが、外為法違反よりは収賄罪の方が逮捕の必要性というものは高いでしょう。なぜならば、やはりこの職務関係の趣旨だとか、そういうものに関係していろいろ関係する人も多いだろう、私は一般的にはそういうふうに思うんですが、これはいかがでしょうね。○説明員(吉田淳一君) 一般的に言えばとおっしゃいますので、お答えはむずかしくなるのでございますが、私どもといたしましては、やっぱり個個の事案のケースによって判断をしなければいけないんじゃないかと。余り一般論でお答えいたしますと、それが個々のケースにもすぐ適用されるように考えられますので、私どもとしてはその点は慎重にしておるのでございますが、もちろん外為法違反につきましても、罪証隠滅等のおそれ、要するに身柄を拘束して取り調べる必要があるという事由はいままでもずいぶんあったわけでございますし、本件では、まさしくその点が一つの大きな理由として逮捕状の請求をし、関係者について裁判所の逮捕状の発付を得て刑事訴訟法に基づいて捜査を行っている。私どもとしましては、まあ一般論としてお答えしにくいのでございます。○秦野章君 この外為違反で逮捕されたときに、これは起訴の自信はありましたか。○説明員(吉田淳一君) 起訴の自信があったかどうかという点でございますが、本件についてどうするかという、またその具体的な事件の処理に関連いたしますので、私の立場としては申しにくいのでございますが、ただそれまで、まさしく本件の支払い側として関与している檜山については、捜査の結果、証拠上はっきりしたと、それで起訴する必要がある、起訴価値があるということで起訴を行っているということでございますので、御推察いただきたいと思います。(中略)○秦野章君 捜査は恐らく本年二月の段階から始まっていたと思うのですけれども、逮捕者が十六人で贈収賄の逮捕は一人もない。しかし、実際には贈収賄の捜査はやってるんだろう。これは衆議院の法相の御答弁を伺っても、あたりまえみたいなお話でございました。そうすると、いわゆる普通の別件逮捕とはちょっと性質が違うと私も思います。たとえば、どろぼうをつかまえて強盗の罪を割り出すというのとは違って、行為そのものに、言うならば外為法違反と収賄罪というようなものが重なり合っているようなところがある。構成要件も重なっているようなところがあるから、普通の別件ではないですけれども、しかし、外為で逮捕した者を実際は贈収賄の捜査をしていることは間違いないんだから、そういうことの意味においてはやはり別件的だと、こう言わなきゃならない。そこで、今日まで贈収賄の起訴がなくて、相当時間もたって外為だけで拘束していますね。しかし、実際には贈収賄の捜査をしているということに、不当捜査になる危険というものを警戒されていますか。○説明員(吉田淳一君) 御指摘の点は、別に別件逮捕、違法な別件逮捕に本件のケースが当たるというような御前提ではないようでございますので、そういう点についての余り法理論的な問題は言及しないことにいたしますけれども、私どもとしては社会から非難を受けるような不当な捜査方法を用いてはならないし、また、現在行っている捜査はそのような捜査方法ではないと確信を持っております。先ほど来申しましたように、外為法なり偽証罪というものはそれ自体重大な可罰性がある。しかも、その内容が相当な金額であり、その方法においてもほかのケースに比べて決して軽いようなものではない、むしろ情状も決して軽くないというふうに判断をして、そのことについてそれは別件では全くないのでありまして、まさしく本件として捜査を行っておるのであります。それで、本件の捜査の過程においてさらにほかの犯罪について容疑があるならば、その事実を調べるということは一般論としては十分可能でありますし、現行刑事訴訟法は、その程度、限界を超えない限り許容しているものと考えております。その許容している範囲内を超えているものではないと確信しております。○秦野章君 いまの答弁に関連するんだけれども、一つは偽証も外為も重大なんだと。重大といえばこれみんな重大になっちゃうんだけれども、ここで重大か重大でないかを比較する、別件論で比較すべきポイントは、いわゆる収賄罪との関係なんですよ。相対論なんですよ。収賄罪と本件逮捕との罪名とがどっちが重大かという比較をしなけりゃいけないのであって、私は、ある意味において偽証も外為も重要でしょう、それは認めますよ。しかし、ここで重要か重要でないかというのは、本件、本命との比較を言ってるんだから、そういう意味において、軽い罪で引っ張って、重い罪の方の証拠がないからやったんだという意味においては別件的であることは間違いないと思う。そして、逮捕した罪名を取り調べるということのねらいよりも贈収賄こそ本命だといって、現にやっていることも間違いなかろう。そういうことであるならば、それを余りそういうことで突っ走れば、これは判例の上から言っても、言うならば別件の、本命の方の力に重点が行って、取り調べ上そっちの方へばかり行けば、少なくとも不当な捜査になるという判例もあるわけだから、あなたのいまの立場で不当の心配は全然ないとおっしゃっておられるけれども、私はその点はこれ以上伺ってもしようがありませんから、大変警戒すべき、慎重にやるべき問題があるというふうに私は思うのであります。かなり長くなりましたが、下線部をみれば当初の意気込みとは裏腹に秦野氏がずるずると後退していることがよくわかると思います。結局外為法による逮捕の「違法」性の主張は取り下げ、別件「的」じゃないか、「歴史的批判」に耐えるのか、なぁんてはなしになってしまっています。実を言うと、ここでの政府側の答弁は私などからみても嘘くさいところはあります。誰がどう考えても贈収賄が本命であることは明らかだからです。とはいえ、すでに述べたように「死体遺棄で逮捕、殺人について追求」という手法が一般的である以上、ことさら田中角栄についてのみ「別件逮捕」を云々するのはおかしいでしょう。
Posted: 土 - 10 月 22, 2005 at 03:08 午後
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