9月5日付け再反論への反論(その2 Updated Version)


確認事項
(a)、(b)が関わる「228条2項と321条の両立可能性」の問題について

昨晩書ききれなかった(c)以降の論点に対する反論を追加。

牛犬氏からの4度目のご投稿における「残りの論点「4.証明力について」に対する再反論」に対して、当方は「嘱託尋問調書が有罪判決のためになくてはならないものではないという主張と、321条が要求する不可欠性を満たしているという主張は、絶対的不可欠性と相対的不可欠性の区別を認める限り矛盾しない」という趣旨の反論をしておいたのだが、その後のご投稿ではこの論点には触れておられない。今後さらなる再反論を予定しておられるのか、それともこの論点に関しては当方の反論をもって諒とされるのか、次にご寄稿いただく際にでもご意向を表明していただければ論点の整理に資すると思うのだが、いかがだろうか。

さて、以前に牛犬氏が援用しておられた団藤重光の『新刑事訴訟法綱要』を当方も入手して228条2項に関する部分を参照したのだが、判例については牛犬氏が引用しておられる通りのごく簡単な記述しかなく、それ自体としては双方にとって決定的な論拠となるものではないようである。次に、前回の記事で予告した、当方の主張を裏づける判例について。最高裁判所判例調査会刊の『最高裁判所裁判集(刑事)主要裁判例要旨集』の「刑事訴訟法編(一)」、325−326頁でみつけて事件番号や判決年月日を記憶しておいたので、最高裁判所ホームページの判例集コーナーで検索できると思っていたのだが、この判例は最高裁判例集には収録されていないようで(紙媒体のものをあたったがやはり収録されていなかった)、一字一句を正確に引用することが現時点ではできない。したがってこの点については後日さらに正確を期すとして、ポイントだけでも述べさせていただくことにする。昭和四八(あ)一七五九、最判五〇・三・二五(第三小法廷)において、刑訴法227条および228条2項に基づいて被疑者(被告人)側の立会を認めずに作成された証人尋問調書を、その調書の作成後に証人が死亡したため、検察官の請求により321条1項1号により証拠採用したことに関し、被告側がその証人を反対尋問する機会を与えられずに終わったとしても、憲法37条に違反しない、という判決がでている。この判決が、牛犬氏が自説の根拠として援用しておられる判例と矛盾しないことは、後者が「合憲であるための十分条件」を明らかにしているに過ぎないという当方の主張に従えば明らかである。
もちろん、この判例が321条1項1号書面についてのものであるのに対して、ロッキード裁判で問題になったのは3号書面であるという違いは残る。しかしながらこの違いは、刑訴法226条に基づき行われた証人尋問の調書は通常321条1項1号書面として証拠採用される(もちろん、326条により採用されることもあるが)のに対し、ロ裁判においては証人尋問が日米司法共助に基づきアメリカで行われたために3号書面として証拠採用された(当初検察は1号書面として証拠申請していた)という事情によりもたらされたものである。321条1項3号は同1号より厳しい要件を証拠採用にあたって課していることを考えるなら、1号書面の証拠採用を可能とするのと同様な事情が3号書面の証拠採用を妨げないことは明らかであろう。

(c)以降の論点への当方の反論
次に「(c)免責をめぐるジレンマ」について」への反論。この点に関する牛犬氏の主張のポイントは

重要なことは「事実問題として実施不可能→三二一条適用→証拠採用」という流れです。三二一条一項三号の三要件の一つ<供述不能>要件は免責をめぐるジレンマによって反対尋問不可能に追い込まれたからこそ成立したのであって、先に引用したとおり、もし弁護側が検察側の意見を取り入れて免責を許していたら反対尋問できたのです。

という点にあると思われる。この議論が意味を持つのは、この段階で弁護側が嘱託による証人尋問を申請してそれが実現していれば、それが公判期日(ないし公判準備)における証言として扱われるという前提が成立していなければならない。この前提が成立しなければ、「供述不能」という要件が満たされていることに変わりはないので依然として嘱託尋問調書の証拠採用に問題はないことになる。これは結局(d)の論点に帰着することになるので、後に改めてとりあげることにしたい。もう一つ当方として補足的な議論を付け加えておくなら、「供述不能」要件における「国外にいるため」という障害に関して、証拠請求する側(この場合検察)ないし法廷がどの程度の努力を要求されるかという問題がある。具体的に言えば、外国の裁判所に証人尋問を嘱託することまでが要求されるのか、それとも証人が日本の主権の及ばない外国におり、来日して証言する意志のないことを確認すればそれで足りるのか、ということである。しかしこれも結局は公判段階で申請され外国に嘱託された証人尋問の調書が公判期日における証言として扱われるのかどうか、という問題に帰着する可能性が高いと思われる。
なお蛇足であるが、引用されている立花隆の文章中の「裁判所の〜判断でもあるわけです」が指す「判断」とは、ここでの議論が昭和57年に弁護側から行われたコーチャンらへの証人尋問申請が却下されたことを確認して始まっていることから、この証人申請を「必要性なし」とした判断のことであろう。
次に、

先に引用したように立花さんも検察側も「調書の証拠能力を反対尋問によってチェックするというのは本末転倒」などとは言っていません。それどころか「免責を認めれば反対尋問可能ですよ」と暗に含んだ言い回しをしています。

という部分について。この直後に氏は「事実に基づかない議論をされては困ります」と私を非難しているわけであるが、当方はこの段階で弁護側が嘱託による証人尋問を申請しそれが実現したとしても、その調書は公判証言としては扱われず、それゆえ「供述不能」という要件が満たされていることに変わりはないと主張しているのであるから、この非難は不当である(ただし、この点に関して立花隆と私の主張が異なっている可能性はある。結局公判段階における嘱託尋問は実現しなかったため、その証言の法的地位に関しては明示的な判断が下されていないので断定しがたい点ではあるが)。
また、ここでは「反対尋問」という言葉の曖昧さが混乱を招いているようでもある。「主尋問に対する反対尋問」という意味での、狭義の反対尋問は嘱託尋問がすでに終了している以上問題になりえない。次に、公判段階でコーチャンらへの嘱託尋問が(検察側、弁護側どちらの請求によるものであれ)実現し、それが牛犬氏の主張とおり公判供述としての価値を持つと考えた場合、この場合には「供述不能」要件が崩れるわけであるから3号書面たる嘱託尋問調書は証拠として採用されず、それゆえ調書の証拠能力という問題は消滅してしまうのであって、やはり形式的には「調書の証拠能力を反対尋問で吟味する」ことにはならない。さらに何度ものべているように、公判に出廷しない証人の供述調書を321条1項によって証拠採用したからといって、「証拠能力が吟味されていない」ことにはならない。321条1項が規定する要件を満たすかどうかを吟味することが、すなわち証拠能力の吟味となるのである。
次に、調書の証拠採用に対して田中側が異議を唱え、特別抗告までして争ったという点について、牛犬氏は次のように主張しておられる(下線は私が付した)。

最終的な救済手段であり、法律的に疑義のある問題に関する解釈の最終的な判断決定権のある最高裁から免責の妥当性を否定し調書の証拠能力を認めない旨の判例が出た以上、「9月1日付けの牛犬氏のコメントを編集、また当方の反論もアップ」において述べられていた「調書の証拠能力が問題になっていた段階において、弁護側に証人尋問を申請できない(免責という論点のために)事情があったとしてもこれは調書の証拠能力を損なうものではなく(伝聞証拠であるというもともとの瑕は別とすれば)」というような、免責など証拠能力に影響を与えないとする見解は成り立ちません。免責という法定手続にない手段の妥当性は最高裁で否定されました。したがいまして、免責をめぐるジレンマによって反対尋問する機会が奪われたことも不当なのであります。

これは奇妙な議論である。最高裁において免責の妥当性が否定されたことを根拠に、「免責をめぐるジレンマによって反対尋問する機会が奪われた」ことは不当だと主張しておられるわけだが、最高裁は嘱託尋問調書の証拠採用を否定したのであるから、その調書に対して反対尋問する必要性も同時に消滅しているわけである。田中側の希望とおり調書は証拠採用されなかったのだから、「免責をめぐるジレンマ」もまた(それが当初成立していたと仮定すれば)消滅するのである。
これもまた、「時間」というファクターを議論に際してどう扱うかにまつわる問題のようである。最高裁判決までを一つのプロセスとして眺めるなら、上に述べたように結局「免責をめぐるジレンマ」は存在しないことになる。他方、裁判の各段階を「時間」というファクターを考慮に入れて評価するなら、一審のある段階(嘱託尋問調書の証拠採用が決定するまで)で弁護側が法廷戦術上のジレンマを抱えていたことは確かである。そのことが嘱託尋問調書の証拠能力を損なうものではないと私が主張しているのは、後者の観点に従ってのことである(さらにいえば、模擬裁判を行うためではなくロ裁判をめぐる言説を評価するためにそう主張しているのである)。私は別に最高裁判決を批判しているわけではないのだから、前者の観点からは「嘱託尋問調書の証拠能力には問題があった」ことを認めるのにやぶさかではない。

「(d)三二六条について」に対して。
冒頭で引用されている判決では、刑訴法326条だけでなく324条2項、321条1項3号が「参照・法条」として挙げられている。324条2項とは

2 被告人以外の者の公判準備又は公判期日における供述で被告人以外の者の供述をその内容とするものについては、第321条第1項第3号の規定を準用する

というものである。「被告人以外の者の供述をその内容とするもの」というのは要するに「伝聞」ということであるから、原則として証拠採用されない。それを例外的に321条1項3号を準用して証拠採用できると規定しているのがこの324条2項なのである。つまりこのケースも伝聞法則によって原則として排除されている伝聞証拠が例外規定によって証拠採用されていることに変わりはないのである。刑訴法320条によって排除されない証拠であれば、326条をもち出すまでもなく証拠として採用されうるのであり、逆に言えば326条によって採用される証拠とは320条によって原則として排除され、例外規定によって証拠採用されているということである。それゆえ、そのような証拠が「供述不能」要件を覆すことはない。

「(e)大野判事の補足意見について」に対して。
これについては、前回の投稿の前半ですでに反論済みである。一つだけ補足しておこう。牛犬氏が「大野判事の補足意見は最高裁の判例をふまえた、異論の余地のないものである」という主張を裏づけようとするなら、「228条2項の適用により被疑者・被告側の立会を認めずに行われた証人尋問の調書を、公判において反対尋問にさらすか被告側の同意がある(326条)場合以外のケースで、証拠として採用することは違憲である」という趣旨の判例を提示されればよいのである。繰り返し述べているように、牛犬氏が援用しておられる判例は合憲であるための十分条件を述べたものばかりである(これは、証拠採用を合憲とする判決文であることを考えれば当然であろう)。違憲となるための十分条件=合憲であるための必要条件については前回(a)に関して反論しておいたように、依然として明らかにされていないのである。
なおこの問題について、私は321条1項2号との関連で大野判事の補足意見への疑義を表明しておいた。ロ事件の場合嘱託尋問調書は3号書面として証拠採用されたが、226条にもとづき行われた証人尋問の調書は通常321条1項1号によって証拠採用されることになる。2号書面の場合、検事の取り調べの際に被告(被疑者)側が立ち会わず、証人が公判で尋問を受けることがなくても証拠として採用され得るのに対して、1号書面の場合には証人尋問の段階か公判段階かのいずれかで被告側が反対尋問していなければ証拠採用できないというのであれば、1号書面に対して2号書面よりも厳しい条件を課すことになってしまう。そのような解釈は合理性を欠くのではないか、というものである。これについてはどうお考えなのだろうか?



Posted: 水 - 9 月 8, 2004 at 01:32 午前          

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