「ロッキード事件」Q&A 陰謀説編(追記あり)
ロッキード事件はアメリカの陰謀(謀略)であった、とする説があります。主として、オイルショックを契機として田中角栄が独自のエネルギー外交を展開したことがアメリカの怒りを買い、ハメられたのだという主張を指します(日中外交が原因だったという説もあります)。さて、ロッキード事件が陰謀であるという場合、可能性としては次のようなものを考えることができます。1)事件そのものがアメリカによる捏造であり、田中角栄は無実の罪を着せられた2)田中が収賄したのは事実だが、事件はCIA(ないし別のエージェンシー)によって仕組まれたものである3)事件そのものはごく普通の贈収賄事件だが、情報をつかんだCIA(ないし別のエージェンシー)が田中を失脚させるために利用したこのうち、1)を主張する人は殆どいないようです。なにしろ5億円の授受に関しては丸紅側の被告が公判でも基本的に認めてしまっているうえ、田中の秘書で現金の授受を担当した榎本被告がテレビで5億円の受け取りを認めてしまっているため、田中の収賄に関しては否定しようがないということなのでしょう。また
2)についても、丸紅を通じた田中への請託は日中国交回復、オイルショック以前のはなしですから、あまり説得力はありません(可能性がないわけではありませんが)。というわけで、以下では基本的に3)を前提としてはなしを進めます。具体的な論点に立ち入る前に、包括的なことを述べておきます。なぜ陰謀説を問題にするのか?アメリカが世界各地でさまざまな陰謀、謀略を行なってきたことは明らかです。そのことを否定するつもりは金輪際ありません。日本に対してもアメリカがさまざまな謀略を仕掛けてきたことは疑う余地がありません。しかしながら、そのこととロッキード事件がアメリカによる陰謀であったかどうかはおのずから別の問題です。ロ事件陰謀説に説得的な根拠があるのならいいのです。しかしながら以下で検討するように、陰謀説にはa)事実誤認に基づく論拠(「誤配説」など)、b)単なる状況証拠、c)他に裏付けのない伝聞証言(中曽根の著書など)以外の根拠はまったくないのです。実のところ、陰謀説についていろいろ調べていてその根拠薄弱ぶりにびっくりしたほどです。どうせアメリカはあちこちで謀略を行なっているのだから、別に根拠薄弱な謀略説が一つや二つあったっていいじゃないか、と思われるかもしれません。私もこれがロッキード事件に関するものでなかったとすればそう考えたかもしれません。しかしながら、次のような理由で私は敢えてこの陰謀説に異を唱えることにしました(私が一般的にいってアメリカ政府に好意的な立場をとっていないことは、ここでサイト内検索でもしていただければ直ちに確認できます)。・ロッキード事件陰謀説と相互に補強し合うかたちで、ロッキード裁判は暗黒裁判であったという説が存在しています。丸紅ルートの第一審当時、渡部昇一や小室直樹といった論者が展開し、それがいまのネット上にも受け継がれているものです。Q&Aの「裁判編」でも示したようにこれはひとことで言って「デタラメ」としか評しようがない代物なのですが、にもかかわらず命脈を保っている理由の一つがこの陰謀説なのです。・ロッキード事件陰謀説は「どうせアメリカには逆らえない」というシニシズムや無用な反米主義の温床になっています。また、政府関係者が対米追従外交を正当化する手段に利用されている可能性もあります。陰謀が事実ならそれもやむをえないところではありますが、もし「実は陰謀説には根拠がない」のだとすればはなしは変わってきます。日本が国際社会における当事者能力を取り戻すためにも、根拠の無いアメリカ謀略説は批判されねばなりません。・明確な根拠を欠く陰謀説がはびこる知的風土は、疑似科学や歴史修正主義に対しても抵抗力を持つことができません。陰謀の臭いを嗅ぎ付けたとしても、安易にそれを鵜呑みにせずにその根拠を探りつづける態度こそが必要なのです。また、ロッキード事件=陰謀説に関してはジャーナリストの徳本栄一郎氏が著書『角栄失脚 歪められた真実』(光文社)などで丁寧に反駁しています。以下のQ&Aを作成するにあたっても参考にしています。この問題に関心を持たれた方にはご一読をお勧めします。なお、事件の詳細は多くの人にとって忘れさられているかそもそも生まれる以前のことであるということに鑑み、略年表を付しておきます。72年2月
米中共同声明72年6月
ウォーターゲート事件、発生72年7月
田中内閣発足72年8月
丸紅による請託72年9月
田中・ニクソン会談72年9月
日中共同声明72年10月
トライスター採用正式決定73年8月
一回目の現金授受。四回目は74年3月73年10月
オイルショック74年8月
ニクソン大統領辞任、フォード副大統領昇格74年11月
田中首相、「金脈」問題により(ロッキード事件ではなく!)退陣74年12月
三木内閣発足76年2月
米上院チャーチ委員会でロッキード事件発覚76年3月
米捜査資料、日本へ76年6月
コーチャンらへの嘱託尋問開始76年7月
田中逮捕76年12月
衆議院選挙での大敗を受け、三木退陣、福田内閣発足。田中は大量得票でトップ当選77年1月
丸紅ルート初公判79年11月
第二次大平「田中角影」内閣成立80年6月
自民、衆参ダブル選挙で圧勝80年7月 鈴木「直角」内閣成立82年11月
中曽根内閣発足。法相は秦野章(有名な田中擁護派)。83年10月
一審有罪判決________________________________________________________________________Q1 ロッキード社の内部資料がチャーチ委員会に誤って配達されたというのは本当ですか?A1 嘘です。チャーチ委員会とは正式名称を「多国籍企業小委員会」という、米上院の小委員会のことです。この「誤配」説は新聞社の誤報に基づいており、後に訂正記事も出ています。そもそもそれほど重要な資料が誤って配達されたというのもあまりに都合の良すぎるはなしですし、もし誤って配達された資料をチャーチ委員会がネコババしたのだとすると、そんなものを上院小委員会の資料として使えるはずはありませんし、捜査資料として日本に公式な外交ルートを通じ手渡すといったことも考えられません。なお「誤報」に関しては、ロッキード社の監査を担当していた会計事務所が顧客への忠誠とチャーチ委員会からの命令との板挟みになり、苦肉の策としてつくりあげたシナリオだという説もあります(徳本氏の著作を参照)。「誤配」よりははるかに筋の通った仮説です。Q2 田中角栄はロッキード事件によって失脚したというのは本当ですか?A2 嘘とまではいえませんが、非常に一方的です。まず上に挙げた年表から分かるように、ロッキード事件が発覚するはるか以前に田中は「金脈問題」が原因で首相を辞任していました。したがって、もしロッキード事件がアメリカの謀略なのだとすれば、アメリカはスキャンダルですでに首相を辞任している人物にわざわざとどめを刺すために極めてリスクの大きい(これについては後述)謀略を実行したことになります。なるほど、ロッキード事件がなければ田中は首相に返り咲くことができたかもしれません。しかし金脈問題について明確な弁明も結局行なえなかったうえに福田、大平といったライバルがいた状況で田中が確実に復権できたとはとても言えません。また、「闇将軍」としての田中の影響力はむしろロッキード事件発覚によって強まりました。裁判対策としてなりふり構わぬ勢力拡大策をとったためです。ロ事件がアメリカの謀略なら、闇将軍としての田中をアメリカが放置していたというのは極めて解せないはなしです。Q3 それなら、金脈問題こそがアメリカの謀略だったのではないですか?A3 ロッキード事件=謀略説よりはまだしも蓋然性のあるはなしだとは思いますが、説得力に欠けます。金脈問題に関してはなぜか黒幕がCIAではなくKCIAだとされることが多いようです。すなわち、立花隆が『文藝春秋』で発表した金脈問題に関するルポの原資料(英文)がKCIAによって提供された、というのです。しかしながら、金脈問題が表沙汰になった当時、新聞の政治記者が「あんなことはみんな知っていた」とうそぶいたというのは有名なエピソードです。田中の金脈は別段スパイ組織の助けがなければ暴けないようなものではなく、マスコミに追求の意欲さえあれば簡単に明らかにできたものでしかありません。陰謀説を前提としなくても十分説明がつくことです。また、丸紅ルート一審当時、熱心に田中擁護・ロッキード裁判批判の論陣を張ったのも文藝春秋系のメディア(特に『諸君』)であることも忘れてはなりません。Q4 ロッキード事件における膨大な金の流れのうち、田中に流れた5億円だけがクローズアップされたのはおかしい。アメリカによる陰謀の証拠ではないのですか?A4 一理はありますが、まったく逆の解釈もできます。確かに、ロッキード事件については全容の解明がなされていない、というのは本当です。裁判で問題にされたのは旅客機トライスターの売り込みに関わる贈収賄でしたが、当時はロッキード社の対潛哨戒機P3Cの売り込み工作も話題になりました。ロッキード社からもっとも多くの金が流れたのは丸紅・田中ルートではなく児玉誉士夫に対して(児玉ルート)です。結局起訴されなかった中曽根康弘も児玉ルートとの関係で当時盛んに新聞をにぎわせました。しかしながら、こうした事態についてはさまざまな解釈が可能です。・アメリカの陰謀で、田中を含む一部の政治家だけが槍玉に挙げられた・アメリカの陰謀で、田中を含む一部の政治家以外の追求が妨げられた・なんの陰謀もなかったが、全容を解明するに至る証拠を捜査陣は集めることができなかった・アメリカの陰謀はなかったが、日本政府の配慮により全容解明が見送られたなどです。現に2番目の説を唱えるジャーナリストとして、ベンジャミン・フルフォードがいます。仮にロッキード事件にアメリカの陰謀が関与していたとして、では最初の二つの解釈のうちどちらにより高い蓋然性があるかと言えば、私は後者であると思います。なぜでしょうか?1970
年代の前半において、アメリカが対日政策においてなによりも気を配ったのは、社会党政権の誕生を阻止すること、でしょう。そのような状況下で、自民党政権の崩壊につながりかねない謀略(実際、ロッキード事件発覚後の選挙で自民党は大敗しました)を仕掛けることに合理性があるでしょうか? まして、すでに田中は首相を退陣していたのです。仮にアメリカが田中に追い討ちをかけようとしたのだとしても、スキャンダルに事欠かない田中のことですから(例えば5億円の授受が始まったのとほぼ同時期に、金大中事件の政治的解決に絡んで田中が韓国から4億円を受け取ったことを後に元側近が明らかにしています)、自民党全体に累の及ばない方法をいくらでも思いついたはずです。ロッキード事件によってダメージを受けたのは自民党だけではありません。ロッキード事件にはオランダ女王の夫ベルハルト殿下、ドイツ国防相、イタリアの元首相などが関与していました。首相を退いた一政治家にダメを押すための仕掛けとしてはあまりに大げさではないでしょうか。おまけに、ロッキード事件は児玉誉士夫というアメリカの暗部を知るフィクサーを政治の表舞台に引き出してしまいました。児玉を利用していたCIAがロッキード事件を謀略に使うというのは自殺行為になりかねません。それよりは、自民党を救うために事件の全容解決を阻止した、と考える方がはるかに合理的でしょう。Q5 ロッキード裁判のような暗黒裁判がまかり通ったのは、アメリカの陰謀があったことの証拠ではありませんか?A5 ロッキード裁判はちっとも「暗黒裁判」ではありません。Q&Aの「裁判編」をご覧ください。Q6 とはいっても、陰謀説にはいろいろな証拠があるんじゃないですか?A6 陰謀があったことを積極的に裏付ける証拠はなに一つありません。陰謀説の火付け役となった田原総一朗の論考を読めば肩すかしを食らわされた気分になります。なにしろ、そこで挙げられている根拠はひたすら田中周辺の関係者が「アメリカの陰謀だったんじゃないか」という憶測を述べている、ということに尽きるのです。詳しくはこちらをご覧ください。Q7 キッシンジャーはロッキード事件がアメリカの謀略であることを認めたのではないのですか?A7 その説は裏付けを欠いています。これは中曽根康弘とジャーナリストの文明子がおのおのの著作で“キッシンジャーと会談した際、彼はロッキード事件が彼の謀略であることを告白した”という趣旨のことを書いていることに由来しています。しかしながら、いずれの証言も第三者や文書による裏付けをまったく欠いています。そして月刊『現代』2005年
7月号に掲載された徳本氏のレポートによれば、中曽根・文の両氏とも徳本氏の取材に対してキッシンジャーの発言内容について確認することを拒否しています。さらに、徳本氏はアメリカで公開されている政府文書をもとに、キッシンジャーがロッキード事件に関する資料の公開に反対していたことを明らかにしています。Q8 そうは言っても、アメリカは田中のエネルギー外交(ないし日中外交)を不快に思っていたのではないですか?A8 アメリカが田中内閣のエネルギー外交、日中外交の行方を注視していたことは確かです。これについては徳本氏も確認しています。しかしながらここで考えなければならないことは、田中の「独自外交」に対してアメリカ政府がもっていた懸念なり不快感が、上述したようなリスクやアメリカにとっての田中の利用価値(田中は通産相時代に繊維交渉をまとめあげたために、アメリカは彼を高く評価していました)を無視してまで田中を潰そうと思わせるほどのものだったのか、ということです。日本が石油メジャーからの完全な独立を目指したのならともかく、石油ショック後の時期に日本がエネルギー供給源の多様化を目論むことがそれほどアメリカにとって許し難いことでしょうか? なにも日本の石油輸入を100%押さえなくても日本の首根っこを押さえることはできるのです。また、共産中国との国交樹立について言えばアメリカの方が先行したのであって(それこそ日本の頭越しに)、台湾の扱いなどをめぐって日米間に多少の齟齬はあったとしても中国との国交改善は日米双方にとって既定路線だったのです。春名幹男氏の『秘密のファイル CIAの対日工作』(上・下、新潮文庫)は戦後におけるアメリカの対日謀略を解き明かそうとしたものですが、そのなかでもロッキード事件陰謀説への言及があります。春名氏によれば74年9月(田中の退陣前)の「国家安全保障検討メモ」は「シベリア資源の開発で日米協力」「エネルギー問題での国際協力における日本の役割」を検討事項に挙げているとのことです。すなわち、日本がエネルギー政策においてアメリカの支配から本格的に脱出しようとしたのならともかく、エネルギー供給減の多元化・多様化を日本が目論むこと自体は(それにアメリカが一枚噛めるなら)アメリカにとっても許容可能な事態であったことがうかがえます。アメリカがシベリアの油田開発への日本の関与に反対したのは81年のレーガン政権時代になってからだ、と春名氏は指摘しています。またそれ以上に重要なのは、CIAは「CIA陰謀説」の流布を意図的に放置している、という春名氏の指摘です。なぜなら、CIAにとっては「恐怖感を植え付けるのも一つの作戦」だからだそうです。とすれば、ロッキード事件陰謀説を唱えている人々は、自らの意図に反して、CIAの手先としてふるまっている可能性があることになります。Q9 アメリカの陰謀でなければなぜロッキード事件は明らかになったのですか?A9 「これが理由だ」という断定はできませんが、少なくとも陰謀説と同程度には説得的な別の説明が可能です。当時アメリカはウォーターゲート事件の余波で政治家の倫理に対する厳しい世論に直面していました。チャーチ委員会のチャーチ議員(民主党)は徳本氏によればCIAの各種秘密工作に対して明確に反対の立場をとっていた人物です。このような政治情勢で、このような人物が委員長を務める小委員会が多国籍企業の不正を熱心に追及することになんの不思議があるでしょうか?Q10 田中角栄の金脈問題が、田中をゲストとして招いた外国特派員協会主催の昼食会で追求されたのは、田中の失脚がアメリカによる陰謀であることの証拠ではないのですか?A10 問題の昼食会は、『文藝春秋』の金脈レポートが公表されてから10日以上たってから行なわれました。その間、国内のメディアは金脈問題の追及に及び腰でした。時の首相に大スキャンダルが持ち上がったのであれば、それを追求するのはジャーナリストとして当然のはなしであり、それまで追求しなかった日本のマスコミの方がどうにかしているのです。
Posted: 土 - 10 月 22, 2005 at 09:07 午後
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