『TOKKO−−特攻』(レンタルDVD)


監督:リサ・モリモト
2007年、アメリカ

日系二世のモリモト監督が、自分の叔父も特攻隊員として訓練を受けていたことを知ったのを契機につくったドキュメンタリー。元特攻隊員(4名)、特攻で撃沈された駆逐艦の元乗組員、自分の家族、研究者などへのインタビュー、当時のニュース映画や新聞、アニメーションが組み合わされている。ちなみに、プロデューサー(構成も)のリンダ・ホーグランドは日本で生まれ育ったとのこと(親が宣教師だった)。

邦題がローマ字表記なのでなんとなく原題もそうなのかと思わせるが、実はこの映画の原題は Wings of Defeat (敗北の翼)。この邦題についてモリモト監督がどう感じているかはもちろん知らないのだが、特攻をめぐる認識のギャップを隠蔽することにつながりはしないか、と思う。ただし、映画そのものは特攻隊員を(そしてそれを実行した第二本帝国を)ファナティックな異者として描くのではなく、アメリカ社会に存在するであろうそうしたステレオタイプに対抗して当時の日本人を「人間化」しようとしている(日本財団系の米日財団が制作費の一部を助成しているのだが、特攻を美化するような映画がアメリカで公開されたりしたら、一部の日本人の自己愛は満足させても、上記のステレオタイプを強化するだけだから、米日財団がこの映画に助成金を出したのは政治的には正しい選択)。生き残った特攻隊員たちが特攻についてのアンビバレントな思いを、すなわち「死にたくない」という率直な思いも含めて語っていること、特攻に戦術的な効果が乏しかったことが元隊員の口から語られていること、“普通の日本人”(監督の家族)に特攻への否定的な評価を語らせていること、アメリカ人の専門家(ジョン・ダワー)に特攻の背景を説明させていること・・・などがそうした効果を達成しているのだが、なかでも印象深かったのは撃沈された駆逐艦ドレックスラーの生存者のひとりが「あれくらいやるヤツ 米軍にもいた」「日本とドイツに 追い詰められれば/自爆作戦も あっただろう」と語っているシーンである。反対に、原爆投下については、元特攻隊員の口から“広島、長崎の人には申し訳ないけれど、これで助かったと思った”(大意)と語らせている。客観的にみれば原爆は降伏の意思決定における決定的な要因ではなかったわけだが、日本人の中にもこういう受けとめ方をする人間がいる(久間元防衛大臣も含めて!)のであれば、旧連合国や日本の占領下にあったアジアの国々の人々にとっては、「原爆が戦争を終わらせた」という見方が強い内的なリアリティをもつであろうことは容易に類推が可能であり、そうした内的なリアリティをふまえて原爆についていかに語るか、という課題も提示されていると言える。

「知識」という観点からは多くの日本人にとって、特攻についてなにか新しいことを教えてくれるような映画ではないけれども(もちろん、日米双方の生存者の肉声を聞くことができるのは貴重だが)、アメリカの観客がこの映画をどのように受容したか、という観点からは興味をひく作品。

Posted: 月 - 7 月 21, 2008 at 12:14 午後          

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