『悪魔に仕える牧師』『オールド・ボーイ』ほか


リチャード・ドーキンス、『悪魔に仕える牧師』、早川書房
12月5日「サンデープロジェクト」
映画『オールド・ボーイ』
森達也、『世界が完全に思考停止する前に』、角川書店

12月4日:『悪魔に仕える牧師』読了。『ドーキンス vs. グールド』のレビューでも仄めかしたような、グールドとドーキンスの真の対立点がはっきり現れている。一つの理由は、本書が進化論についての啓蒙書であるより、もっと一般的な意味での科学エッセイだというところにあろう。グールドの没後に出版されたということで、進化論をめぐるグールドとの見解の違いについて(触れられてはるものの)穏やかな口調になっていることもあるだろう。本書の第1章に収められた文章にみられる「ポストモダニズム」への敵意、第3章に収められた文章にみられる宗教への敵意、そしてそれらの背後にある科学への(無条件と言ってよいほどの)楽観的態度。これこそグールドとドーキンスのより重要な相違点ではないだろうか。
自然科学者が「ポストモダニズム」の言説の脱神話化を行うことには大きな意味があると思われるし、9・11に関してはテロに対してだけではなく「国民の祈りの日」に対しても異議申し立てをしている勇気は正当に評価されねばならない。「ヨシュアたちが彼らの〈国民生活圏(レーベンスラウム)〉をいかにして征服したかという恐ろしい聖書の物語」(原文、( )内はルビ)といった表現などは極めて挑発的である! 具体的な事例に言及する際にはキリスト教を中心にするという配慮もみせている。それでも、宗教についてはその理念ではなく実態について語るのに対して、科学についてはかなり理想化した捉え方をしているのはやはりフェアではなかろう。進化論が創造説とは違って検証可能であり、それゆえ信頼に足る科学的理論だというのは確かであるが、現実の科学者が理想的な手続きに従って活動するわけではないことはクーン以降の科学哲学が明らかにした通りであるし(そしてまたグールドも『人間の測り間違い』などで指摘していた)、科学者でない多くの市民にとって進化論が「正しい」のは自然科学が学校で「権威」として教えられているからに過ぎない(その意味で、親がキリスト教原理主義の信者だから創造説を信じるようになることとの間には、程度の差しかないかもしれない)。

12月5日:映画を観に行く予定だったので日曜にもかかわらず早起き。朝食を食べてテレビを観ていると『サンデープロジェクト』がはじまったのだが、ゲストが「慰安婦ということばが減ったのはよかった」町村外相、ミリタリーオタ疑惑の石破元防衛庁長官。ここでチャンネルを変えようと思ったがなんとか踏みとどまり、なにを言い出すのかチェックすることに。ところが3人目のゲストが宮内「1リーグ」義彦。ここでついに挫折してチャンネルを変える。
上映スケジュールとこちらのスケジュールがなかなかあわず観る機会がなかった『オールド・ボーイ』(監督:パク・ヌチャク、出演:チェ・ミンシク他、2003年、韓国)をようやく観る。『ハウル…』のせいで切符売り場はえらく混雑していたがなんとか席がとれた。ぼちぼち上映も終わろうかという時期なのに客席はほぼ満員。監督および共同脚本のパク・ヌチャクは1963年生まれとのことだが、冒頭の唐突なシーンが(『ファイト・クラブ』のように)クライマックスにつながるのではなく映画の途中につながる(監禁生活が終わったところなので、節目ではあるが)ところ、タイトルバックの処理などにはこの世代らしいセンスを感じる。また前半部分はところどころにマンガチックな演出を持ち込んで荒唐無稽なストーリーに観客を引き込み、後半では一転して雰囲気を変えてくるあたりも面白い。原作を読んでいないので後半のストーリーがどの程度オリジナルなのかはわからないのだが、前半のはじけぶりに比べると分かりやすすぎるという印象も持った。なお、夕食はもちろん餃子!
帰りにDVDを3枚、『アメリ』、『四人の食卓』、『エレファント』を買う。最初の二つは劇場でも観たもの。『アメリ』は「もうちょっと安くなったら買おう」と思って待っていたら狙い通り価格改定があったので即決断。ジャン=ピエール・ジュネの映画を観に行ったつもりが若い女性層にバカ受けしていたのでびっくりした。個人的には冒頭のシーン、虫があっさりと車に轢かれるところでしっかり毒電波を受信しましたですよ。『四人の食卓』は劇場で観てどう評価していいのか悩んだのでDVD発売を待っていた。『エレファント』はコロンバイン高校の銃撃事件が題材。
森達也の『世界が完全に思考停止する前に』読了。著者曰く「鈍さ」に由来する世間からの「ずれ」によって可能となる発言は時に痛快、時に啓発的だが、時に違和感も残す。松本智津男(麻原彰晃)の判決公判傍聴記は極めて貴重なものだ。同時に、超能力に関する含みを持たせた発言などを読むと、やはり自分とは相当異なるメンタリティーの持ち主なのだな、と感じる。

Posted: 日 - 12 月 5, 2004 at 10:12 午後          

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