『エヴァンジェリスタ』について続報


他人の映画評に文句を付ける気はなかったのだが…

肩書きが『フリーライター』『プロの映画ライター』となっているので、やはり少し言っておきたい。「映画瓦版」というサイトの『エヴァンジェリスタ』評である。

まず、この映画が「出来損ない」であるという評価については、まあ同意してもよい。しかし評者が言うほどに破綻しているとは思えない。批判されているいくつかの箇所について、制作者に代わって反論してみよう。

「会社を辞めて時間があるからそろそろ子供を作ろう」と言う主人公たちが、いきなり不妊治療のクリニックを訪ねるというのがよくわからない。

これについては評者自身が推測しているように、映画がはじまる以前の物語時間において「なかなか妊娠できない」という事情があったと考えればすむ。そもそも今日では不妊治療はそれほど特別なもの(不妊治療そのものが映画のテーマでもないのに、特にそれに至る事情が詳しく語られねばならないようなもの)ではない。

「こっちの都合もあるので体外受精は1度で成功させてください」なんて、そんな都合のいい話があり得るものなんだろうか……。

夫婦の側が「都合のいい話」を希望すること自体は、映画的に別に「都合のいい話」とは言えないだろう。だれだって一度ですむのならすませたいだろうし。医者がこれに対して難色を示す描写もちゃんと行われている。
ま、実際に一度で成功したのが「都合のいい話」だというならそうかもしれないが、映画を破綻させるほどのご都合主義とは言えまい。

映画導入部に登場する投身自殺する妊婦が何者なのかよくわからないし、クリニックの医師たちがどんな基準で悪魔の遺伝子を使うのかもわからない。主人公たちの借りていた家の隣人が行方不明になってしまうのも、なぜだったのか最後まで説明なしだ。

冒頭の妊婦の自殺、隣人の失踪についての説明は確かに十分ではないが、合理的な推測はできる。特に隣人については、不動産屋に案内されて主人公夫婦が家を観にきた際、冷蔵庫から青汁みたいなやつ(のちにヘザー・グラハムが飲まされようとするやつ)が出てくるので、「フードの男=イタリアの修道士」と接触していたことがわかる仕掛けになっている。
また「どんな基準で…」という点だが、検査機械のモニターに「血液型チェック  可能性:○○%」みたいな(正確には覚えていない)表示が出ていた。いちおう卵の提供者の遺伝情報を調べているらしいことがわかる。

頭のいかれたカトリックの神父が、「福音派(英語ではEvangelical)は悪魔崇拝だ」と言うところから『エヴァンジェリスタ』という邦題なのだろうが、これもよくわからないタイトルだった。

ま、原題よりも「エヴァンジェリスタ」の方がなんとなく雰囲気が伝わる(『エヴァ』のおかげで)と考えたんじゃないでしょうか。悪役の呼称が映画のタイトルになるのってそんなに変だろうか? 穿った見方をすれば、アメリカ大統領選挙で「福音派」が話題になったのに便乗し、しかしそのまま英語でつかうのはヤバそうだからイタリア語にした…ということかな?
それから、あれは神父じゃなくて修道士。そのことはデヴィッド・ヘミングス演じる黒幕がヘザー・グラハムに語って聞かせる「伝承」のなかにちゃんと出てきたじゃないか。その語り聞かせのバックに流れる映像中で修道士は掌に火傷をするが、ヘザー・グラハムに接触する男の手のひらにも火傷がある。
それから、クリニックで進行する陰謀を映画内での真実とみなすのなら、あの修道士は「頭のいかれた」おとこではない。手段を選ばぬほど思い詰めているかもしれないが、ちゃんとヘザー・グラハムにも事情を説明しているし、とりあえず目的合理性にかなった行動をとっている。
むしろ私が失笑したのは、カフェでウェイトレスに「グラッチェ」と言ってしまい、慌てて英語で言い直すシーン。そんな、無理矢理「イタリア人です」って教えてくれなくてもいいのに(笑)

Posted: 月 - 12 月 20, 2004 at 09:46 午前          

Comments



©