『殺人の追憶』再び
「今年観た映画Best
1」に(勝手に)選出したのをうけて、改めて観なおす
で、やはり傑作だ。とはいえ、「映画史に残る名作」というのとは違うかもしれない。「それ以降の映画の枠組みを変えたか否か」という観点からすれば、『マトリックス』なんぞの方が遥かに影響力はあっただろう。基本的に、極めてオーソドックスな技巧を丁寧に積み重ねて作り上げられた作品だけに、やがて「映画史に埋もれた名作」になる可能性は高いだろう。それでも名作であることに変わりはない。まだ未見の方はぜひご覧いただきたい。これくらい誰にでも自信を持って勧められる映画はそうそうない。
全体的な演出のトーンは、彩度を落とした映像とあいまって「淡々」と形容するほかないようなものである。センセーショナルな場面をわんさか盛り込んだりこれ見よがしにサスペンスを引き延ばしたりせず、ある意味で優等生的なシーンを飽きずに積み重ねる。しかし同時に、端々からユーモアをにじませ、当時の韓国の暗部を露悪的にもならず美化もせず描き、いつのまにか観客を映画の雰囲気のなかに誘い込む…。結果として、2時間を越える上映時間が、いかにも予告編的な見せ場などないにもかかわらず、あっという間に過ぎてゆく。映画の方法論としては『ヴァン・ヘルシング』(予告編的見せ場ばかりで逆に退屈する)の対極にある。奇を衒わないところにこそ監督ポン・ジュノの才能を感じる。
追記:韓国映画で引っ張りだこの字幕翻訳者根本理恵さん。「ドタマ」という訳語をよく使うことを発見。
追記その2:この映画に言及した個人HPやブログなどで時折、「韓国ではつい最近までこんな無茶苦茶な捜査をしていたのか〜」といった感想を見かける。もちろん制作者側もそれは意識していたことであり100%的外れというわけではないが、同時にあまりにも日本の、そして他の先進諸国の警察を買いかぶりすぎているのではないか。例えば一昨日無罪判決が出た、自衛隊立川宿舎「反戦ビラ」事件をみよ。これでも日本の警察は「民主的」か? グリコ・森永事件でも警察は実につまらないミスから犯人を取り逃がしている。拷問まがいの取り調べだってまだまだ無くなってはいない。というより、事件の解決が長引くと捜査員が「真犯人を逮捕する」ことと「犯人を逮捕する」こととの区別を見失ってしまう…というのは、どこの国の警察にも共通の(というより、全ての人間に共通の)ことなのではないか? 映画が描く取り調べの様子は、日本における冤罪事件のルポで描かれる取り調べの様子と寸分違わず同じである。
追記その3:現実に起きた事件の映画化、ということで『シルミド」と比較すると面白い。『シルミド』の監督はこの数年もっぱらプロデューサー業に専念していたとのことだが、たしかに演出にも良くも悪くも映画プロデューサー的ヤマっけを感じる。勢いで勝負! みたいな。2つの映画の監督が入れわかっていたら…と想像すると楽しい。
追記その4:この映画の音楽は日本人の岩代太郎が担当。音声コメンタリーを聞いて(読んで)いると非常に高く評価されているのがわかる。ソン・ガンホが「(彼の曲は)韓国映画に合いますね」と感想を述べ、監督のポン・ジュノが「アジアの仲間だからか、韓国の情緒が通じるような気がします」とコメントしているのを聞く(読む)となんとも複雑な気持ちになる…。嬉しいと同時に申し訳ないような、しかしまた「あんまり“アジアの仲間”って一括りにするのはあやうい」といった批判的なことも言ってみたくなるような…。
もっとも、隣国というのは近いが故に軋轢も起きうるのであって(最近まで中東での対日感情がよかったのは、要するに日本と中東とが離れているからということもある)、イギリスとフランス、フランスとドイツ、アメリカとメキシコ、中国とヴェトナム…などでもこうした複雑な感情は起こりうるだろう。ただ、当事者としてはそうした一般論に還元しきれないものを感じるということ。
Posted: 土 - 12 月 18, 2004 at 10:09 午後
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