半世紀も/しか
みなさんご承知のようにアメリカの大統領選挙はオバマ候補の圧勝という結果になったわけですが、個人的にはオバマ候補の言動に特別な注意を払ってきたわけではないので(ことによっては日本の総理大臣以上に我々の生活を左右しかねない米大統領とはいえ、なんといっても有権者ではないですから)、具体的な期待とか危惧があるわけではありません。もちろん、非ヨーロッパ系の候補が当選したという事実それ自体が今後アメリカにおける、また間接的には日本を含む多くの国において政治的指導者を選ぶ際の選択肢を広げるであろう、ということの意義を認めるにやぶさかではありませんが。
それはそれとして、今回オバマ候補に投票したにせよしなかったにせよ、アメリカの有権者のなかにはジャッキー・ロビンソンが登場するまで大リーグからアフリカ系アメリカ人が排除されていた時代、ローザ・パークスが異議申し立てをするまでバスに“白人席”と“黒人席”があるのが当たり前だった時代、そしてキング牧師が暗殺された時代を知っている人びとが多数いる、という事実はアメリカ人ではない我々にとっても考えるべきなにかを指し示しているように思えます。これらの出来事からおおざっぱに言って半世紀もの時が流れている/しか流れていない、わけです。キング牧師はもちろんローザ・パークスもジャッキー・ロビンソンも“オバマ大統領”の誕生を知らずに亡くなったという意味では「半世紀」という時間は非常に長いわけですが、人類史的な観点から言えばあっという間だとも言えます。堪え性のないラディカリズムと結果として現実追認にしかならないシニシズムの双方を斥けるためには、この「半世紀」ほどの時間がもつ意味をしっかりと考えてゆくことが必要なのではないでしょうか。
Posted: 木 - 11 月 6, 2008 at 02:08 午前
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