「刑事免責」要求をめぐって(追記あり)



関連エントリ
la_causette 「NATROMさんからみた藁人形って何?」
BI@K accelerated: hatena annex, bewaad.com 「医療過誤における「刑事免責」問題について小倉弁護士のご意見に賛成します。」
その他多数、なのだが医療過誤問題とか医療崩壊問題を総体として扱おうというわけではないので、最低現のものを。

bewaad さんのエントリに私が何かをつけ加えることができるわけではもちろんないのだが、なんせ小倉さんには多数のアンチが存在するから、誰かが小倉さんと対立するとそちら側を支持する声がわっと集まったりするけれどもそのなかには少なからず為にする批判(というなり難癖)が混じっているのをよくみかけるから、まあ声をあげておこうと思った次第。そして、bewaad さんのコメント欄で NATROM さんから返答をいただいてやりとりがあったのだが、あちらのコメント欄もぼちぼちオーバーフローしそうなのでこのエントリを建てた次第。なにぶんコメントが多数に上っているので、NATROMさんと私のコメントをこちらにも引用しておこう。

NATROM 2008/07/25 12:56
私は法律については専門外ですが、「実際に業務上過失致死傷罪を廃止した場合、クロスマッチも行わない輸血は免責されることになる」というのは事実なのでしょう。それでですね、「業務上過失致死傷罪を廃止して欲しい」と要求した医療者は、「業務上過失致死傷罪を廃止した場合、クロスマッチも行わない輸血は免責されることになる」ことを十分理解した上で、「業務上過失致死傷罪を廃止して欲しい」と要求したのでしょうか?

単に法律について無知であるから、「不可避な医療事故に対しては業務上過失致死傷罪を問うのは止めてほしい」とでも言うべきところを、「業務上過失致死傷罪を廃止して欲しい」と言っちゃっただけなんじゃないでしょうか。私はそう解釈しますし、発言の背景を考えてか非医療従事者であってもそう解釈する人もいます。用語に無頓着なことは褒められたことではないので、「一部の医療者は法律に無知だ」という批判ならばごもっともですと言うしかありませんが、「すべての医療ミスを免責せよと要求している医療者がいる」というのは批判としては的外れでしょう。

それとも、bewaadさんは、「業務上過失致死傷罪を廃止して欲しい」と要求した医療者は、「クロスマッチなしの輸血をも免責」「すべての医療ミスを免責」と要求しているとお考えですか?

Apeman 2008/07/26 00:43
小倉さんのエントリへのブクマコメントでも書きましたが、私は bewaadさんと同意見です。NATROMさんは

>単に法律について無知であるから、「不可避な医療事故に対しては業務上過失致死傷罪を問うのは止めてほしい」とでも言うべきところを、「業務上過失致死傷罪を廃止して欲しい」と言っちゃっただけなんじゃないでしょうか。

とおっしゃいますが、業務上過失致死は刑事事件の類型としては報道でもよく目にするものの一つであり、「実際に業務上過失致死傷罪を廃止した場合、クロスマッチも行わない輸血は免責されることになる」であろうことは、法律の専門家でなければ想定できないことではないでしょう。まして、法改正を要求するならばその法について(その法が適用される事例について)基本的なことはふまえたうえで主張している、と考えるのは当然です。個々の医師ならまだしも、全国医師連盟のような組織が公に「医療の結果に付き、刑事責任免責として下さい」と主張する際に、「実際に業務上過失致死傷罪を廃止した場合、クロスマッチも行わない輸血は免責されることになる」であろうことすら想定していないと考えるのは、むしろ全国医師連盟への侮辱になりかねません。もし原因が「法律について無知である」ことだとするなら、小倉さんに八つ当たりするよりは率直に表現の誤りを認めて撤回すべきでしょう(同様な表現をしている医師、医師の団体にも表現を改めるよう働きかけるべきでしょう)。


NATROM 2008/07/26 09:30
Apemanさんへ。おっしゃることはたいへんごもっともです。

・法改正を要求するならばその法について(その法が適用される事例について)基本的なことはふまえるべきだ
・表現の誤りを認めて撤回すべき

という意見には賛成です。微力ながら私も、表現を改めるよう働きかけています。それはそれとして、Apemanさんは、

・「業務上過失致死傷罪を廃止して欲しい」と要求した医療者は、「クロスマッチなしの輸血をも免責」「すべての医療ミスを免責」と要求しているとお考えですか?

表現の誤りがあったことを認めます。その上で、「クロスマッチなしの輸血をも免責」を要求していると「受け取るのが普通」なのでしょうか。


Apeman 2008/07/26 21:37
NATROMさん

私は「普通」の人々が「業務上過失致死」の概念や、医療過誤訴訟についての医師たちの主張についてどの程度のことを知っているのかを知りませんから、

>「クロスマッチなしの輸血をも免責」を要求していると「受け取るのが普通」なのでしょうか。

ととわれてもお答えのしようがありませんが、少なくとも私は、個人としての医師だけでなく全国医師連盟のような組織(弁護士に相談したうえで提言を公表することを可能にする程度のリソースはあるはずです)が「医療の結果に付き、刑事責任免責として下さい」と主張していれば、文字通りに理解します。仮にほとんどの人間が「クロスマッチなしの輸血を免責」は要求されていないと楽観的に解釈し、「業務上過失致死罪を医療行為には適用しないことにしたら大変なことになる」という少数者の警告を押し切って法改正がなされたらどうなります? そもそも法改正をめぐる議論では、「法律を変えれば意図せざる帰結が生じるのではないか?」という検討は不可欠ではないでしょうか?


NATROM 2008/07/27 09:43
Apemanさんへ

>そもそも法改正をめぐる議論では、「法律を変えれば意図せざる帰結が生じるのではないか?」という検討は不可欠ではないでしょうか?

完全に同意します。まったくもって正しいです。Apemanさんは、「クロスマッチなしの輸血による死亡も免責」ということが「意図せざる帰結」なのだろうと、正しく解釈されておられます。


>個人としての医師だけでなく全国医師連盟のような組織(弁護士に相談したうえで提言を公表することを可能にする程度のリソースはあるはずです)が「医療の結果に付き、刑事責任免責として下さい」と主張していれば、文字通りに理解します。

全国医師連盟といっても出来たてで十分に組織化されているとは言えない状態なのですが、それはそれとして、組織として「医療の結果に付き、刑事責任免責として下さい」と主張しているのなら、なるほど、文字通りに理解されてもしょうがないでしょう。しかし、Apemanさんは原典に当たりましたか?組織としての主張ではなく、「一会員の意見というスタンスで載せたもの」ですよ。以下のような追記がなされています。


>*このページを見られた方に一部誤解があったようですので、説明を追加します。
>もともとこの文章は、一会員の意見というスタンスで載せたものです。(この時期厚生労働大臣が要望書を募集していました)
>組織としての集約された意見ではありません。組織としての手直しもされていません。過激すぎるという意見もあったのですが、危機感やこの時点での医師の心情を理解してもらうためには必要でもあり、このスタンスで載せる分には問題ない文章だと判断しました。
http://www.doctor2007.com/iken4.html


よろしければ、全文を読んでください。「過激すぎる」と私も思いますが、それでも、「すべての医療ミスを免責」「クロスマッチなしの輸血も免責」とは、私にはどうしても読みとれません。「医療の結果に付き、刑事責任免責として下さい」と確かにありますが、同時に「一般の診療行為に関連した死亡であっても刑事責任免責とすることを要望します」ともあります。クロスマッチなしの輸血は、「一般の診療行為」ではありません。

「素直に表現を直せばいいのに」「言葉を、狭い集団内でしか通じない意味に使っていては、多数の賛同は得られません」というブクマコメがありますが、その通りです。ご意見はありがたく承ります。全国医師連盟の公的なコメントがなされるときは、そうした意見が考慮されることだろうと思います。それはそれとして、小倉弁護士による「一部の医療者は、すべての医療ミスを免責せよ、クロスマッチなしの輸血も免責せよと要求している」という解釈は「まっとうである」と、皆様お考えでしょうか。

直接的には、この最後のNATROMさんのコメントに応答するのが本エントリの目的、ということになる。

>完全に同意します。まったくもって正しいです。Apemanさんは、「クロスマッチなしの輸血による死亡も免責」ということが「意図せざる帰結」なのだろうと、正しく解釈されておられます。

しかし、まず第一に、多くの論者にとって「クロスマッチなしの輸血による死亡も免責」というのは「意図せざる帰結」なのだとしても、全てがそうだとは思えません。例えば小倉さんも例に挙げているこちらのブログキャッシュ)での次のような主張を読めば、「意図した帰結」なのではないかと理解する余地が十分にあります。

そもそも過失犯に対して刑罰を科しても社会に対する予防効果は全くない。
ただし飲酒運転のような故意犯罪には厳罰は予防効果はある。
諸外国では医療事故や航空事故、原子力発電所などの大きなシステム事故は
刑罰を科すより当事者に真実を語らせる方が社会にとって遙かに有用なことと
考えられている。

刑事裁判では被告人は自己に不利な自白を要求されませんが、免責と引き換えに「真実」を要求する事故調査制度ではどれほど自己に不利なことでも調査対象には包み隠さず話してもらわねばなりません。それこそ「クロスマッチなしの輸血」のような過失であっても、です。そして自己に不利な証言を強要するとすれば刑事免責するしかない(ないし、強要された証言でもって刑事訴追するわけにはいかない)わけです。ですから、

>それはそれとして、小倉弁護士による「一部の医療者は、すべての医療ミスを免責せよ、クロスマッチなしの輸血も免責せよと要求している」という解釈は「まっとうである」と、皆様お考えでしょうか。

という問いに対しては、「一部の・・・」という限定付きであるなら「真っ当である」と私は思います。「免責」によって「真相解明」を進めようとする立場に立てば、たとえ結果的には「クロスマッチなしの輸血」のようなミスであったとしても免責しなければ筋が通りません。だって、調査を始める前から「医療従事者からみてもひどいと言わざるを得ないような過失」なのか「医療従事者からみればやむを得ない過失(ないし過失とも言えない事故)」なのかは分らないわけで、にもかかわらず真相解明のために真実の証言を強要するとするなら、刑事免責は真相が明らかになる以前になされねばならないのです。このような場合、選択的な刑事免責はできないんじゃないでしょうか?
むろん医療関係者の間でも見解には多様性があるでしょうし、他の医師の発言に対して NATROM さんが責任を問われる謂れはないわけですが、小倉さんに対して「わら人形〔叩き〕」という非難を浴びせるのであれば、「クロスマッチなしの輸血」まで免責することを要求している(ようにみえる)論者がいないのかどうか、虚心に検討すべきではないでしょうか?
第二に、業務上過失致死を医療行為には適用しないようにすれば「クロスマッチなしの輸血による死亡も免責」、というのは予想するのがさほど難しいことだとは思えません。例えば「推定」と「みなし」では法的な意味が違うとか、法律の条文における「又は」と「若しくは」の使い分け、といったはなしじゃないわけです。世間知的に言っても「過失」という文言がはいっており、医療過誤問題に強い利害関心をもたない人間にとっては「過失」といえばむしろ「クロスマッチなしの輸血」のようなケースが思い浮かぶわけです。「クロスマッチなしの輸血をも免責」を要求していると「受け取るのが普通」かどうかはおくとして、「クロスマッチなしの輸血をも免責」を要求していると「受け取る人間も現われるのが普通」ではないでしょうか? 
また全国医師連盟のサイトに掲載された「産科崩壊阻止のための対策要望書」中の「医療の結果に付き、刑事責任免責として下さい」という文言について、「組織としての集約された意見ではありません。組織としての手直しもされていません」という釈明がつけられていることを指摘されていますが、だからといってこの意見が連盟により「現在の医師達の気持ちを代弁する声」として紹介されたという事実には変わりはないわけです。「過激すぎるという意見もあったのですが」という但し書きについていえば、むしろ「すべての医療ミスを免責」せよという要求として解釈することを促しかねないと思います(ああ、分ってて言ってるんだな、と)。

ところで、bewaadさんのところのコメント欄でコメントしておられる tikani_nemuru_M さんが私の別館のエントリにもコメントしてくださっているので、これもなにかの縁と思いお返事しておくことに。名指しでコメントされてるし。

tikani_nemuru_M 2008/07/26 22:45
「例外なく全ての」医療行為を刑事免責にしろとは誰もいってにゃーのでは?
特に但し書きをつけにゃー場合は「原則的に」ということになるんではにゃーの?

よって、医療者側の主張は「原則的に」を主張していると僕は読んでいるのだけど、この読みってオカシイ?>webmaster and Apeman

「原則的に」医療行為は刑事免責にせよという主張であれば、これはもっともだと思えるんだけど・・・・
で、当然ながら、「原則」の範囲はユクーリ考えるということになるということになるんでしょうにゃ。

いやね、法の運用においては文言が全てであり、例外などないというのがフツーならば僕のいっていることは明らかな間違いだけどさ。
法の運用はほぼ常に例外を考慮したものだと思っちゃうのはきっとド素人なんだろね。なんせ、現役の弁護士センセイと異なる解釈だし。

もちろん日常言語では量化子は厳密に使われるわけじゃなくて、それこそ「全ての・・・」と明示的に書かれていても単なる強調であって文字通りに全称命題が意図されているわけではないと解したりするわけですが、「刑事免責」を要求する時に「原則的に」という但し書きを補足して読め、という要求をするくらいならむしろ免責を要求する側に「もっと正確に書け」と要求する方が筋というもんでしょう。「法の運用はほぼ常に例外を考慮したもの」というのが何を意味しているのかちょっとよくわからないのだけれど、例えば違法阻却事由なんかは「例外を考慮」するためのものでしょう。しかしそれについても例えば刑法35~37条で明示的に規定されているわけです。刑法199条を「これはあくまで原則だから、例外があってもいいよね」と勝手に解釈しているわけじゃないんです。刑法211条に「ただし医療行為の結果については本条は適用しない」てな趣旨の1項が加わったら、あとから「いや、あれは原則論なんであまりにもひどいミスは処罰していいんです」と言われても手遅れ、ってことはNATROMさんもお認めになったと思うんですが。

なお、NATROMさんとのやりとりとは関係のないことですが、例えば大野病院事件について、起訴とは別に「逮捕・勾留」が問題だ、という見方もあるようです。「在宅起訴ではなぜダメなのか?」というこちらのコメント欄での主張とか、こちらで紹介されている例などですね。しかしこのブログでも時おり取り上げているように、刑事事件、公安事件での安易な逮捕・拘留が冤罪の温床だとかそれ自体が人権侵害だといった批判はずっとなされてきたわけです。それでも逮捕なんて自分には関係のないことと考える人が多いから、国際的な批判をずっと浴びている代用監獄だっていまだになくならないというのが現状であるわけです。「医療過誤訴訟問題」「医療崩壊問題」としてだけでなく、こうしたより一般的な視点から日本の司法を考えるきっかけにもしてもらえればありがたいな、と。

追記:一連の論争を眺めていてちょっと気になっていたこと。「業務上過失致死傷罪」についてのウィキペディアの記述には「医療過誤刑事責任追及の問題点」という項目があって、そこには「刑罰には「被害者感情に配慮した応報」という意義しかなく、社会にとっては負の作用の方が大きい。刑事裁判はあくまでも法に則り司法が量刑を与えるものであり、遺族・被害者のための報復という考えは近代民主主義国家の刑事裁判としては受容できないという意見も根強い」という記述がある。この主張がどれくらいメジャーなものなのかわからないし、また過失犯と故意犯とでは事情が違って当然という反論もあるかもしれないが、殺人事件や飲酒運転による交通事故に関して「遺族感情」に依拠した厳罰化があれほど声高に主張され、なかなか歯止めが利かないという風潮に照らして考えるとき、ちょっとモニョモニョするものを感じるわけです。いや、私は「遺族感情」を根拠とする厳罰化には(いくつかの犯罪類型を例外とすれば)賛成しないんですけどね(身近な者の死に対して遺族が抱く不条理感への手当は当然必要で、かつ日本では長らくその点が軽視されてきたというのはそうだろうけど、厳罰化がふさわしい方法か? という意味で)。「遺族・被害者のための報復という考えは近代民主主義国家の刑事裁判としては受容できないという意見」は、もし主張するなら、「例外」なしにあらゆる犯罪類型について言われるべきだろう、と。もちろん、医療従事者の中にすでにそうした発言を行なっている人もいるだろうし、他方刑事犯罪一般の問題について医療従事者がコミットしなきゃならない理由はないわけだけど。




Posted: 月 - 7 月 28, 2008 at 02:12 午後          

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