回答その2(追記あり)
追記部分は末尾に
あの件についての「まとめ」らしきもの「らしきもの」では
HALTAN氏も落ちつかないだろうと思うので、彼の感嘆すべき自己欺瞞も含めて指摘して「らしきもの」を外せるようにしましょう。(1)そもそも、今回のトリアージネタからホロコーストは語り得るか? 仮に語り得るとして、(fuku33先生には失礼な申し上げ方になるが)「たかが」経営学者に何を求めているのか? さて、言うまでもないことだがなにごとかについてホロコーストを参照しつつ語りうる/語り得ないということと、ホロコーストを参照せずに語りうる/語り得ないということとは別問題だ。私がこの件について最初にエントリを書いた際にはホロコーストを参照していなかったし、私が知るかぎり「どうやったってホロコーストをひきあいに出さねば語ることができない」と主張した人間はいない。で、HALTAN氏は「ホロコーストは語り得るか?」ってな問いを立ててしまったわけだが、そうだとすると「わからない」とか「接点が見つからない」とかだだをこねてないで、きちんと「語り得ない」ってことを説得的に示してもらわないと。まあそれよりもトリアージを「ネタ」と表現しているところが興味深い。そういえば「たかがトリアージ」って言い方もしてましたね。ホロコーストについては「自分たちも所詮は『見世物』を楽しんでいるだけではないか?」という疑い程度はお持ち頂きたいもので、とか言ってた人が四川大地震やトリアージをダシに学生についての愚痴を面白おかしく書いた人間はスルーし、かつ自分自身でも「ネタ」扱いとは。以前にブクマコメで「せめて同じことを福耳先生にも言ってみせるんなら、まともに相手してもいいんだがなぁ…」と言っておいたら、返ってきたのがこれですよ。もちろん強いて言えば、安易に「四川の震災のニュースを挙げてトリアージの概念を説明した」(2008-05-22-Thu ケーキ 福耳コラムid:fuku33:20080522:1211444127)fuku33先生はウッカリしていたのかもしれませんが、そこからホロコースト(世界史レベルの「見世物」!)にまで話を広げられると、やっぱり「なぜそこまで話が大きくなるのか、分かりません」と同じことを言うしかない。強いて言えば!! そんなに難しいことか? だいたい福耳先生は経営学の授業してるんだから「トリアージの概念を説明」じゃないだろ? ここがまずとんでもないインチキです。「全体や組織から見た最適」という「コンセプト」を説明するために四川大地震とトリアージをひきあいに出したんだよ。で、別にトリアージの例を持ち出さなくても「全体や組織から見た最適」について「語り得る」ことについてはあらためて論証する必要もないだろうし、toledさんや
hokusyuさんとはまったく別の観点から(すなわちトリアージの実態に即して)、トリアージが「全体や組織から見た最適」を説明するには不適切な題材だという指摘が出ているわけだが、そこはスルーするわけだろうか? ご自分は「なぜホロコーストが出てくるのかわからない」とゴネるだけで、ホロコーストが福耳先生を批判するためには不適切な題材だということはこれっぽっちも言えてないのである。「世界史レベル」が答えですか? それこそ「世界史的」かどうかの基準がなんなのか、世界史的だとなぜわからなくなっちゃうのか、さっぱりわからないや。「見せ物」どうこうについては「四川大地震やトリアージのネタ化はオッケーという人間に言われたかねぇ、あんたが言うとホロコーストについて語らせないための方便にしか聞こえないよ」と答えておきます。なお「たかが」経営学者、というのはまったくもって失礼であって、こちらは研究者・大学教員には己のディシプリンの前提についてのある程度の自覚をもって授業にあたることを期待・想定していればこそ批判エントリを書いたわけである。(2)最大限に好意的に解釈すれば、「そういう『××のためにやむを得ない』的な考え方は容易に大衆の俗情と結託して弱者切り捨てに繋がってしまうから、気をつけよう」という警告を行いたかったのかもしれない。(後略)まだ言ってるや。そんなはなしじゃない、と言っておいただろ?(3)素朴な疑問だが、全体主義を憂慮しているらしい者が他者に平気で「あたまがわるい」とか言っていいのか?ま、これは(多分)私に向けて言ってるのではないと思うけど、それこそ「あたまがわるい」のはなしから「全体主義」がどうして出てくるのか、「頭が悪い」ネタでいかにして全体主義が語りうるのか、そこんところを説明してみせてはどうだろう。そうそれば
hokusyuさんや私にも彼が求める「接点」の意味が分かるかもしれない。なお、福耳先生の学生に関して「あたまがわるい」って言った人もいたと思うんですが、それは無問題?(4)ドイツ史学や現代思想についてマニアックな引用が繰り返されるほど、かえって「所詮は他者の不幸を自分も『見世物』として楽しんでいるだけなのに何を言うか!」という反感を覚えてしまう。これも(多分)私に向けて言ってるのではないと思うけど、とりあえずもともとのターゲットは自分ではなくて研究者・大学教員たる福耳先生だった、ってことは覚えておいた方がいい。hokusyuさん他がホロコーストについて語ったことは、福耳先生があのエントリで経営学について語ったことと同じくらい基本的なことでしょ、経営学ってよく知らないからあれだけど。福耳先生の(学生に対する)上から目線はオッケーだけど
hokusyuさんの上から目線は気に入らない、と? けど、ほんとはあなたああいうの、好きじゃないの? ネグリについてもなんか書いてたよね。(5)(後略)これも私には関係ないな。要するに現代思想は嫌いだ、ってことですか?(6)階級闘争で物事を解決、というのも余りに安易でしょう。(中略)御自身も大衆の「あいつも、こいつも、やっつけろ!」という反感を向けられる側だということをどれだけ自覚されておられるでしょう?(後略)なんじゃそりゃ(笑)なお、自覚もなにも現在進行形で「反感」を向けられている最中なんですがね。ちょっとでき過ぎたはなしですが。「大衆も自らは脳内勝ち組として振る舞いたかったり「俺だけはクレクレ弱者じゃない」と思いたい」のなら、なおさら「財源がない」という言い回しがなにを隠蔽しているかを明らかにする必要があるでしょ? 「金持ちからふんだくれ」は煽動だけど「トリアージ」はそうじゃない、って? それに「大衆も自らは脳内勝ち組として振る舞いたかったり「俺だけはクレクレ弱者じゃない」と思いたい」って分析なんて、「上から目線で大衆を啓蒙する知識人」の振るまいそのものじゃない。(7)なかなか言うことを聞かないネット右翼と根気強く付き合ってきたApemanさんが、こういう場合には一転して「ネット右翼」的な聞かん坊な態度を取ってしまう。「右」でも「左」でも構わないけど、自分の中の「大衆」性(卑小さ)の自覚だけは失ってはいけないと自戒させられました。だってあなた、接点が見つからないと言うだけでそれ以上なにもないんだもの。なにをどう納得しろと?→今回の件で「ホロコースト」という単語が出てきたのは、恐らくは上記の一節が最初でしょう。そんなことを言われても「いや、別にドイツ史学の話をしているわけじゃないしな」としか言い様がないでしょうに(・・・と何度も書いてきましたけどねえ)http://d.hatena.ne.jp/HALTAN/20080601/p1ドイツ史学のはなしをしているときでなきゃホロコーストが出てくるのはおかしい! って、それこそ「電波」でしょ。ならまずは経営学のはなしをしている時に大震災やトリアージのはなしをした人間になにか言いなさいよ。まったく、この露骨な欺瞞をご本人が内面でどうスルーしているのか、実に興味深いです。で、注意しておいたにもかかわらずホロコーストについて「原罪」とか言ってますよね。原罪? それってホロコーストに負けず劣らず「大きな話」じゃないんですか? 「ドイツ史学」のはなしを持ち出すのは駄目で神学を持ち出すのはいいんですか? ホロコーストは決して人類の「原罪」ではないよ。自分で勝手に「原罪」扱いしておいて「なんで出てくるのかわからない」とか言われてもねぇ…。で、あなたは寛大にも歩み寄ってこうおっしゃったわけです。もちろんそこで、優生思想や全体主義下においてトリアージが逆手に取られないようにするにはどうすればいいのか? というのは議論になるでしょう。http://d.hatena.ne.jp/HALTAN/20080525/p1だったら、そこで「なにがなんでもホロコーストをひきあいに出さねばならない」かどうかは別として、ホロコーストが参照されること自体は十分理解可能なんじゃないですか? と指摘しておいたんだけど、それに対する答えはない。「優生学」と「全体主義」はよくて「ホロコースト」だけが駄目だ、ってのは一体なぜ? 「優生学」や「全体主義」は「世界史的」な事柄じゃないの? 要するに「ホロコーストのはなしは聞きたくない」という結論先にありきで、場当たり的に理屈をつけてるだけなんですよ。最後に、別に
hokusyuさんの代弁をする必要はないんだけど一応触れておこう。Apemanさんはともかく、hokusyuさんは思いっきり、fuku33先生を「ナチ」呼ばわりしているじゃないの?(…)仮にApemanさんの言い分「そしてこのような観点から
fuku33氏を批判しようとする時に、ホロコースト以上にひきあいに出すのにふさわしい事例はそうそうない」が正しいとしても、気に入らない相手を全体主義思想の持ち主であるかのように描く印象操作は感心できません。http://d.hatena.ne.jp/HALTAN/20080601/p1「全体主義思想の持ち主」ってのは、例えば自覚的にトリアージを社会における資源配分の一般的な原理として主張する人間、ですよ。福耳先生にはそういう自覚はない(だから批判されたらあれだけ弁明に務めたわけです)し、自覚があると主張した人間もいない。そのうえで、hokusyuさんが福耳先生を「傷つけること」は気にするくせに(ま、先生はアフィリエイトがどうのとはしゃいでおられましたが)先生の学生のことはこれっぽっちも気にしないのはなぜ? 私が「ネット右翼」的と言われて傷ついたと申し立てたら、「ネット右翼」という用語を用いねばならなかった必然性を縷々説明してくれるのかな?追記:ここの追記部分について。(…)カンディードは近づいて、自分の恩人が一瞬首を出したかと思うと、そのまま永久に波にのまれてしまうのを見た。彼は後を追うて海中に飛び込もうとした。哲学者パングロスはこれを止めて、リスボンの入江はこの再洗礼教徒が溺死するように特にできているのだと証明して聞かせた。「自覚」自慢のHALTAN氏のことだからよ~く自覚していると思うんだけど、今回なにかを(そのなにかがなんであるかは別として)「見せ物」にすることに一番尽力したのはHALTAN氏だよね。ヲチスレまで嬉しそうに引用してさ。「生き生きと」(©仲正昌樹)してたよね。だいたい、「ホロコーストがどうこう、沖縄戦がどうこう、大きな声で叫ぶような方とも自分はもう話したくないのです」って言うけどさ、「大きな声」ってのはどういうことなのよ? 例えば
toledさんが、hokusyuさんが、今回の件に関してエントリ書いたりブクマつけたすべての人間のところにトラバ送ったりしたわけ?
toledさんなんて一つエントリ書いて後はコメ欄で返答しただけでしょ? 私や
hokusyuさんはあんたが「わからん」と言うから書きつづけたんでしょうが。「わからん」とゴネるだけで「ホロコーストは語り得るか?」についてなに一つきちんとしたことは言っていない(それでいて四川大地震の「見せ物」化はスルー…じゃなくて「自覚」したうえで不問に附してるのか)あんたの相手した結果がこれでしょうが。ようするにあれですか、あんたにつきあって「なぜあの場面でホロコーストについて語り得るか」について語り続けたら「ほら見ろ、見せ物化して大声で叫んでいる」とはしごを外してやろう、って戦略ですか? やあ、これは一本とられたなぁ…(「おまえも所詮は何も知らないんだ!」と言われればそれは認めざるを得ません)おかしいなぁ…最初はホロコーストは「優生学はなぜ否定されねばならないのか?」という問題でしょ? と威勢が良かったのに。で、あなたはもちろんそこで、優生思想や全体主義下においてトリアージが逆手に取られないようにするにはどうすればいいのか? というのは議論になるでしょう。とおっしゃったわけです。にもかかわらずホロコーストが参照されるのが理解できない、というのは本当に、修辞でもなんでもなく、皮肉でもなんでもなく理解できんですよ。他のことはともかく「ホロコースト」という単語だけは目にしたくなかったのだ、と考えれば腑には落ちますが。その執拗な否認はあなた自身が福耳先生のエントリに不穏当なものを感じたからこそ生じてるんじゃないの?
Posted: 火 - 6 月 3, 2008 at 04:54 午後
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