岩見隆夫「サンデー時評」のインチキ



別館のコメント欄でご教示いただいた件。
「岩見隆夫のコラム サンデー時評:四七・八、何の数字かご存じですか」

 年初以来、ずっと気になっている数字がある。四七・八%。警察庁がまとめた統計だが、昨年一年間に全国で起きた殺人・殺人未遂事件のうち、被害者が親族だったケースの割合だ。

 親族殺人は年々増加の傾向をみせ、ついに〈ほぼ半数〉という高率になった。子供の親殺しなどはハデに報道されるから目立つが、まさかこんな件数になっているとはだれも思っていない。

ニュースを読む(見る)人間は多くても警察庁の統計資料読む人間は限られてるんで、「まさかこんな件数になっているとはだれも思っていない」ってこと自体はありますよね。一時期、「日本では年にどれくらいの殺人事件が起きてると思う?」という質問を機会あるごとにしてみたことがあるんですが、一番多かったのは「1万件以上(5万件以下)」のゾーンでしたよ。もちろんきちんとしたアンケート調査じゃないからこれをもって積極的に何かの証拠とするつもりなんてありませんが、印象を基に話をしてもしかたない、ってことだけはわかりますよね。

 この数字を知ったのは一月十日付『毎日新聞』夕刊で、一段見出しの小さな記事だった。

〈えっ、まさか〉

 と驚きながら読んだ。それによると、一九九七(平成九)年が一一四二件のうち四四六件で三九・一%、その後四〇%台前半で推移するが、二〇〇七(平成十九)年は一〇五二件のうち五〇三件で四七・八%、五〇%を超える年が近いのかもしれない。

もともと殺人というのは被疑者(犯人)と被害者が顔見知りであるケースが圧倒的に多いのです。平成18年のデータ(警察庁、「平成18年の犯罪」)では殺人(ただし嬰児殺、殺人予備、自殺関与をのぞく)の被害者全1,077人のうち被疑者が親族なのが497人ですが、「知人友人」「職場関係者」をあわせると345人となり、「その他」が108人、「面識なし」は127人でしかありません。しかしちょっと想像力をはたらかしてみればこれは不思議なことでもなんでもなく、殺人というのは他者の存在を消し去ることそれ自体を目的としているわけですから、関係のない人間同士よりも関係のある人間の間で、それも離脱が困難な人間関係において多く発生するというのは容易に理解可能なことです。傍証として強盗殺人(本来の目的は金銭)をみてみると、全48人のうち親族間のものは2人、「知人友人」と「職場関係者」をあわせて15人、「その他」が5人、「面識なし」が26人、と傾向が逆転してます(強盗傷人も強盗殺人と同様の傾向)。他方傷害致死は全139人の被害者のうち親族によるものが70人、「友人知人」と「職場関係者」が計50人、「その他」が10人、「面識なし」は8人と、殺人と同様の傾向です。
また、「被害者が親族である殺人事件の割合が増えた」という現象はそれ自体としては「親族間での殺人事件が増えた」からとも「非親族間の殺人事件が減った」からとも解釈できます。短期的な数字の増減にどれほど意味があるかという点をおいたとしても、殺人事件全体の増減や、殺人事件の増減に影響すると思われる他の要因の変化などを検討しない限り、「親族間の殺人事件が増えた」と有意味に主張することはできません。そもそも絶対数でいえば平成9年の446件が平成19年には503件になっている「だけ」という見方だって可能です。

 数字を並べると、そんなものかと思うかもしれないが、極めて異常なことだ。日本の家庭は崩壊どころか、事件の現場になりつつある。ことに、未成年者の家庭内殺人は男子の犯行とみられてきたが、最近は、千葉県佐倉市でアルバイト店員の少女(十九歳)が自宅に放火して父親を殺害(〇六年七月)、京都府京田辺市では専修学校生の少女(十六歳)がやはり父親を刺殺、と犯行は女子にも広がってきた。

『戦前の少年犯罪』読め、と。少女による親族殺人の事例もきちんと掲載されています。
もちろん、殺人事件など起きない(少ない)方がよいには決まっていますが、自由な社会では一定の数の殺人事件は起きるものだということを前提としたとき、親族間でのそれが多いことを嘆くことに意味があるのでしょうか? 職場関係者による殺人が多ければそれはよい社会なのでしょうか? 面識のない人間による殺人が多数を占めるのが安全な社会なのでしょうか? 親族間での殺人事件には特有の悲惨さがあることはその通りですが、面識のない人間に殺された被害者の遺族の方が事件の不条理さに苦しむという側面だってあるでしょう。

 二つの答えを迫られている。なぜこんな恐ろしい社会になってしまったのかという原因分析、次に正常な姿に戻すための処方箋はあるのか。

『毎日』記事には、尾木直樹法政大教授(臨床教育学)の談話が載っている。

「家族が社会から切り離され、カプセルに入ったような状況にあることが大きい。濃密な関係であるほど事件が起きやすい」

 と尾木さんは言う。そうに違いない。ではなぜカプセル化したのか。原因は社会にあるのか、家族にあるのか、個人にあるのか。もっと〈国のあり方〉がかかわっているのか。

間違った問いを立ててもろくなことはないのですが、案の定ここからはなしは戦後社会批判になります。

 昔はこんな議論はなかった。議論をする必要がなかった。向こう三軒両隣、というのはうまい言葉だ。近所付き合いの濃さを表現している。
(…)
 それが敗戦を境に一変する。すべてが戦争に結びつけられ、いいものまで捨てられた。隣組単位で防空演習をして戦意高揚の舞台になったのは確かだったが、隣組というつながりが悪いのではないのに、愚かな錯覚である。

敗戦を契機とした社会の変動が原因だと言いながらたかだかこの10年の統計を参照しただけで、戦前の殺人事件の実態については調べてみる気すらないようです。「カプセル化」した家族の「濃密な関係」が「〈濃密な憎悪〉を秘めていておかしくない」のなら、濃密な近所付き合いも「〈濃密な憎悪〉を秘めていておかしくない」と疑ってみなければなりません(多くの人が津山三十六人殺しを想起するでしょう)。

 何か打つ手があるのか。戦後六十三年の間にじわじわと悪化してきた、いわば社会の持病がおいそれと治るはずがない。

 だが、ヒントはある。福井県選出の自民党衆院議員、稲田朋美さんが、『月刊日本』三月号の特集〈あなたは家族に殺される!〉のインタビューで語っている〈福井モデル〉がその一つだ。

 稲田さんによると、福井は出生率二位、共働き比率一位、失業率四十七位、三世代同居率二位、刑法犯検挙率一位である。

「昔の福井は貧しくて、男が働くだけでは生活できず、家族が支えあった。そういう伝統がいま逆に生きていて、数字に表れている。子供は塾に行かずとも、学力調査では小学校が全国二位、中学校が全国一位です。

牽強付会もいいところ…というのは、ここで挙げられている福井県のデータには「近所付き合い」の実態を示すデータがないだけでなく、福井県における殺人事件の「被疑者/被害者」関係を示すデータすら検討されていないからです。ひとことで言って「デタラメ」です。
なお「共働き比率一位」で「出生率二位」というデータは稲田議員が目の敵にしている「男女共同参画社会」について示唆するところが少なくありませんが、

 保守的な風土で、県議会にも女性議員がいない。稲田さんは五十九年ぶりに選出された女性代議士である。しかし、福井の女性がか弱いのではなく、むしろ、肝っ玉母さんのような豪快な女性が多い。ここに家族大事の日本の原風景、〈福井モデル〉があるというのだ。

ということなので、「女性が家計を支えるのはオッケー、しかし政治に口を出すのはダメ」ってことなのかもしれません。稲田議員には「福井モデル」の素晴らしさを訴えるべく、即刻議員辞職してパート務めでもしてみてはどうか? と提案させていただきます。

さて同じ「サンデー時評」のバックナンバーにはこんなのもありました。「疑念」のひとことで味噌もクソも一緒にされています。

 この相反する反応のどちらが正常なのか。はっきりしていることが一つある。それは日本と違って、欧米の有力者たちは9・11への疑念について、おおっぴらに明快に発言していることだ。たとえば、9・11当時ドイツの連銀総裁(日本の日銀総裁)だったエルンスト・ヴェルテケさんは、

「ニューヨークとワシントンの攻撃に加わった人々が、欧州の証券市場の『テロ・インサイダー取引』にかかわって利益を得ようとした多くの事実が明らかになっている。直前に、航空会社、保険会社、商社や金、石油市場で不可解な売買が行われている」

 と新聞インタビューで言い切っている。テロの当事者だけでなく、多くの人が事前に情報を入手し、画策したり便乗したことをうかがわせるのだ。ブッシュ大統領は何が起きるか知っていたが阻止しなかった、と公言する米国の政治家もたくさんいる。

このエルンスト・ヴェルテケ氏の発言は、国会でい9.11陰謀説に基づく質問をした藤田幸久議員(民主)の質問中でも引用されているものなのですが、この引用がなぜ陰謀説の根拠になるのか、さっぱりわからない。ヴェルテケ氏がこの発言(引用された範囲での)で指摘しているのは「ニューヨークとワシントンの攻撃に加わった人々」がインサイダー取引をしていたということであって、「テロの当事者だけでなく、多くの人が事前に情報を入手し、画策したり便乗したこと」はちっとも「うかがわせ」ないからです。全国紙の編集局顧問(政治担当)というのは、これほどまでに「論証」という作業に無頓着な人物でも務まるのだ、と思うと暗澹たる気分にさせられます。

Posted: 木 - 3 月 20, 2008 at 12:47 午後          

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