往生際の悪い人



It's anything:「議論のすれ違い」

まったく懲りてないね。

難癖というものは、例えば、歴史学者でなく、法律の勉強をしている人間が使う法律特有の意味を持つ言葉が、歴史学者が使う言葉と「合致していない」点を挙げて、言葉の使い方が「間違っている」=だから「主張も間違っている」、というように、「合致していない=間違っている」というなんら論証されていない前提をつかって、印象操作あるいは、論理飛躍によって、相手がさも間違っているかのごとく指弾する場合です。難癖というものは、例えば、歴史学者でなく、法律の勉強をしている人間が使う法律特有の意味を持つ言葉が、歴史学者が使う言葉と「合致していない」点を挙げて、言葉の使い方が「間違っている」=だから「主張も間違っている」、というように、「合致していない=間違っている」というなんら論証されていない前提をつかって、印象操作あるいは、論理飛躍によって、相手がさも間違っているかのごとく指弾する場合です。あるいは「殆ど」といっているのに、反証を一つだけしか挙げないで、「殆どではない」=「間違っている」というような印象操作の場合でしょうか。

言い逃れというものは、例えば、法律学者でなく、ごく普通の人間が使う意味を持つ言葉が、法律学者が使う言葉と「合致していない」点を無視して、言葉の使い方が「間違っている」=だから「主張の前提がそもそも間違っている」、というごく当然の指摘を、「合致していない=間違っている」という形式的な論理をつかって、印象操作あるいは、論理飛躍によって、自分がさも間違っていないかのごとく執着する場合です。あるいは「殆ど」と言いながら、相手が反証を一つ以上挙げているにも関わらず、「伝聞」である事例をただの一つも指摘せずに「殆どは伝聞であるとするような印象操作の場合でしょうか。

いやしかし、ほんと恥知らずだなぁ…。歴史的な事実について論じる際に「反対尋問を経ていない供述」という意味での「伝聞」という語を説明抜きに用いるのも間抜けだが(というか、私は最初から彼が「反対尋問を経ていない供述」という意味で「伝聞」を用いていた、ということに強い疑いをもっている。南京事件について基本的な事実を知らないことが明白だからだ)、たとえその意味で「伝聞」を用いたとしても、南京事件については「伝聞」でない証言が複数あることを指摘したのに、それでもまだ見苦しい言い訳を続けるわけだ。ま、稲田朋美弁護士にでも弟子入りするといいかもしれませんね。

Posted: 木 - 8 月 17, 2006 at 09:40 午前          

Comments



©