『かたき討ち 復讐の作法』


氏家幹人、『かたき討ち 復讐の作法』、中公新書

「凶悪」事件が発生する度に「敵討ち制度を復活させろ」とマジかネタかは別として主張する人々がいるわけだけれども、本書を読めばネタとしてでさえ軽々しく主張するのはためらわれるようになるんじゃないだろうか。
まずもって、「かたき討ち」というのは決して「自然な復讐心」の表現ではない。特に江戸時代初期を過ぎると(本書もまた、江戸時代の前半に社会の大きな変化があったことを示している)「かたき討ち」は国家によって管理され、様式化されるようになる。江戸時代後半には庶民による敵討ちの事例が増えるが、それは「平民が武士の風を習うように」なったこと、芝居や浄瑠璃が庶民を感化したことによるという(224ページ)。つまり敵討ちは「学習」されたわけである。また様式化は敵討ちを笑う戯作(230-231ページ)まで生み出す。なにより現代人の感覚と隔たっているのは、江戸時代において敵討ちとは子が親の、弟が兄の、甥がおじの仇を討つことであって、原則として目下の者の敵討ちは許されなかった、という点であろう(もちろん、例外はある)。
では幕藩体制によってかたき討ちが飼いならされるまでは自然な情念の発露としてのあだ討ちが横行していたのか? これもまた「否」であると思われる。本書によれば戦国期には合戦の際「親兄弟を敵に討せ、和ほく(睦)の後、仇なりとて遺恨に持は是大き成ひがこと也」と否定的な評価を述べた文献が残されているという。親や兄の敵を長年追い続ける…といった「悠長な生き方は困難」だったはずだ、とも。したがって本書は江戸時代初期こそもっとも激烈なかたき討ちがなされた時代であるとしている。「泰平の世の到来によって戦士のアイデンティティを失いつつある武士の間に燃え上がった、命がけで戦う男の残り火と言えるかもしれない」(260ページ)とロマンティックな表現こそ使われているが、かたき討ちの様相も社会情勢の関数だといういい方もできるわけである。

Posted: 水 - 3 月 7, 2007 at 11:06 午後          

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