『失われゆく鮨をもとめて』


一志治夫、『失われゆく鮨をもとめて』、新潮社

東京のとある鮨店(店名は伏せられている)の親方と共に食材を追っての旅、漁師たちが語る水産資源の危機、伝統的な技法を守る一方で新しい料理法の開拓にも貪欲な親方の料理観などが綴られる。なにかというと「プリウスを借りて」などとハイブリッド・カーを使っていることが強調されるのはちょっとウザイし、50歳にもなって「親方と少しお茶をすることにした」といった表現を用いるのはいかがなものかと思ったりもするが、魚好きには楽しく、またつらい本である。漁獲高の減少についての漁師たちの見解は様々だが(漁場も魚種も違えば当然ではある)、やはり乱獲の影響は無視できないという点でおおむね一致している。そういえば、別館の方でとりあげた『シベリア出兵』にも、早くから極東ロシアに進出した日本の水産業者が鮭を乱獲し現地で恨みを買っていたことが記されていたが、今後世界的に水産資源の需要が増えることはあっても減ることはないであろうことを考えると、日本近海の漁場の保護・再生は急務であろう(念のために付け加えておくと、魚が食えなくなるのが心配なのではない。100年先のことは知らないが、私が生きている間くらいはどれほど水産資源が減少しようがなんとか食えちゃうだろう、と思うから心配なのである。ある文脈では『ダーウィンの悪夢』のような映画を素朴に誉めることも必要だろうと思う)。

断片的に面白かったエピソードをば。親方の回想に、“銀座のホームレスはどこがうまくてどこがまずいかをみんな知っており、残りものの酒などをあげたりしていろいろはなしをした”と『美味しんぼ』みたいな逸話がある。また、マグロの赤身を家で刺身にしようとすると肉の層(本書では節、と表現している)のところでバラバラになりそうになることがちょくちょくあるのだが、あれは熟成が進まないうちに柵に取ってしまう(柵になってから肉が縮む)のが原因とのこと。冷凍だとそうはならないとのことで、冷凍技術が進んでいる現在素人が非冷凍モノにこだわるのはデメリットの方が多いのかもしれない。

Posted: 水 - 1 月 24, 2007 at 04:40 午後          

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