世の中はちょっとずつではあってもよくなっている
この本とか、別館でのこのエントリのコメント欄でのやりとりと関連して。映画評論家緊張日記(柳下毅一郎) 「おれについてこい!(1965)」
同時にこんな気の狂ったスパルタ特訓ができなくなったのだから、日本社会はまちがいなく進歩している。なんせタコ部屋みたいなところに閉じ込めて、一年360日、毎日12時過ぎまで練習させるのだ。この練習に耐えられるんなら世界一にもなるよ!先日稲尾和久氏が亡くなった際にはマスコミはその「鉄腕」ぶりを称えたわけだが、ちょっと考えてみれば「連投に次ぐ連投の稲尾を打ち崩せなかった相手打線のレベルは今の選手より低かったのではないか?」「連投に次ぐ連投の稲尾より監督に信頼されなかった西鉄の投手陣のレベルは今の平均的な水準より低かったのではないか?」という疑問を抱く余地があるはずである。稲尾、杉浦、権藤などは引退後も解説者や指導者として球界に残ることができ生計を立てることができたからよかったものの、酷使のあげく選手寿命を縮めたのでは(球界にとっての損失であるのはもちろん)労働災害だよ。『映画秘宝』の一月号には『Always 続・三丁目の夕日』への嫌がらせとして「巷じゃ美しい思い出として語られる昭和30年代、その実際は不衛生で不謹慎で不平等な大衆格差社会だった!」とする企画が掲載されている(「深町秋生のALWAYS」、36-37ページ)。私の世代だと自分自身の記憶として知っているのは昭和40年代後半からということになるが、ここで描かれている昭和30年代の名残はあちこちに見つけることができた。若いひとが「貧しくて汚くて命の値段が安かった日本」を知らないのは仕方ないといえば仕方ないが(それにしたって事実を学ぶことはできるわけである)、中高年がそうしたことを忘れちゃってるのは困ったものだ。
Posted: 日 - 12 月 2, 2007 at 03:41 午後
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