『週刊ポスト』の野田正彰インタビュー
『週刊ポスト』、2007年8月17/24日号
pr3さんの「黙然日記」のエントリ「産経iza!と議論の進め方」経由で。http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/73545http://ameblo.jp/fujii-seiji/entry-10041255241.html宮崎哲哉が野田正彰を批判し、それに野田正彰が反論し、それにまた藤井誠二が再反論している…という構図。なお、宮崎哲哉が言及している『世界』2000年7月号の文章は、『共感する力』(野田正彰、みすず書房)にも収録されている。題して「精神鑑定は濫用されていないか」(221ページ〜)。なお、「目に余る精神鑑定濫用」という同趣旨の文章も収録されている(224ページ〜)。宮崎哲哉が引用しているのは次の箇所(『共感する力』から引用した)。精神鑑定とは、厳密に言えば、犯行時に精神病であったか否かを診断し、裁判官や検察官に心神喪失者か心神耗弱者か否かの判断の資料を提供するものである。決して検察官や裁判官になりかわって「動機や動機形成の過程」を解明したり、「心理状態などを調べる」ものではない。訴追や弁護のためにその解明が必要だと検察官や弁護士や裁判官が考えるならば、それこそ彼ら司法関係者が行なうべきことである。(…)警察や検察は刑事訴訟法や刑法に基づいて捜査を進め、また裁判官も同様にして有罪か否かを決定していくべきであり、市民社会に成り代わって低俗な物語作りに加わってはならない。精神鑑定はあくまでも、専門の精神科医によって、被告が犯行時に精神病であったか否かを判断するものでなければならない。それ以上でも、それ以下でもあってもならない。(…)そして今週号の『週刊ポスト』には、宮崎哲哉が批判した野田鑑定について、野田正彰本人へのインタビュー記事が掲載されている(「光市母子殺害少年「父の暴行、求められた母子相姦」」、34ページ〜)。ここで野田正彰が語っていることは「犯行時に精神病であったか否か」の診断とその根拠となる事実の提示、「裁判官や検察官に心神喪失者か心神耗弱者か否かの判断の資料を提供する」という任務を逸脱している(野田鑑定の結論は「精神病ではなかった」が「精神的発達は極めて遅れて」いる、というもの)のかどうか。たしかにインタビューの内容は犯行時の「心理状態」などに言及していると思われ、その点で宮崎哲哉の批判には理があるように思われる。ただ、次の2点に留意する必要があるだろう。宮崎は「そもそも、弁護団は心神の喪失、耗弱を主張していない」ことを批判の根拠としているが、今回の鑑定は弁護側が申請したものなのであるから、今後弁護方針を変える可能性があるのではないか、という点が第1。第2に、現在弁護側に吹き荒れている逆風を考えるなら、野田鑑定が「市民社会に成り代わって」低俗な物語をつくりあげる効果を発揮することは非常に考えにくい、という点。もっとも、『ポスト』がつけた見出し(「父の暴行、求められた母子相姦」」)が示唆しているように、今後の展開次第で「低俗な物語作り」に利用される可能性がないかと言えば、「ある」だろう。
Posted: 水 - 8 月 8, 2007 at 01:07 午後
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