リンチと化す“祭り”(追記あり)
6月28日追記
今朝の朝日新聞に「「当て逃げ動画」ネット公開で波紋 車所有者は会社クビ」という記事が掲載されている。 インターネット上の動画投稿サイトに「当て逃げ」被害にあった瞬間の動画が掲載され、騒動になっている。映された加害車両のナンバーから所有者が割り出され、個人情報がネットでさらされた。所有者の勤務先の会社には電話などの抗議が殺到。同社は所有者を解雇し、ネット上で謝罪した。検挙できていない警察へも批判が向けられている。(…) 動画投稿サイト「ユーチューブ」に6月中旬に投稿され、25日午後11時までの閲覧数は57万件超。ネット掲示板2ちゃんねるや様々なブログなどで話題になった。 同掲示板や警視庁竹の塚署などによると、事故は昨年10月、東京都足立区内で起きた。同署は、被害者が車載カメラで写していた動画の提供を受けて加害車両の所有者から事情を聴くなどした。所有者は車を当時貸していて誰が運転していたかわからないといい、捜査は難航していたという。被害者は「捜査が進まない」とネットで動画を公開。それが広まったとみられる。 加害車両の所有者は、埼玉県内の自動車修理・改造会社の男性だった。割り出された所有者名を元に、住所や年齢、勤務する会社名などが直後からネット上に出回った。 同社によると、6月12日朝から「犯人を出せ」「隠蔽(いんぺい)工作をしたのか」といった電話が殺到。取引先にまで抗議の電話が行き、ホームページ上の従業員プロフィルなどがネットで広まった。会社周辺でカメラを手にうろつく人も現れ、社員らが事情を聴くと「会社の画像を2ちゃんねるに出すつもりだった」などと話したという。 同社は電話の殺到で事故のことを初めて知ったという。15日、取引先や職場に迷惑をかけたとして、男性を懲戒免職にした旨を告げるおわびをHPに掲載した。(…) 関連サイトのアクセス数増加に加担などしたくなかったけどしかたないのでいくつか見てみた限り、上記報道内容で特に事実と食い違うところもないようである。さて、「所有者は車を当時貸していて誰が運転していたかわからないといい」というのはたしかにありがちな言いわけではあるが、しかしありえないはなしというわけじゃない。被害者本人のブログはすでに削除されてしまっているようだが、そのエントリから転載したと称する複数のサイト・ブログによると次のような記述があったようである。でも、なんかふざけたこと言ってます。
運転していたやつと助手席にいたやつの特徴を言えと。
髪型、髪の色、衣服の色形、どんな時計をしていたか、どんな指輪をしていたか、眼鏡はかけていなかったか、歳はいくつか。
はぁ?!
なんなのこの質問は!?
そんなの見えるわけないだろう・・・。別に「ふざけ」てるわけじゃなくて、車の所有者ではなく運転者を特定しようとするなら当然の質問でしょう。もちろん、それらの情報を的確に証言できなかったからといって被害者に落ち度があるわけじゃない。被害者本人が、捜査が進まないことにいらだつのもまあわかる。しかし第三者として考えた場合に、被疑者を逮捕してまで取り調べるのが妥当な事件かと言えばとてもそうは思えない。同様な当て逃げ事件がちょくちょく起こっているであろうことは容易に想像がつくが、たまたま車載カメラの映像が記録されていたという理由で(より重大な被害が発生している事件に割かれるはずであった)リソースをこの事件に投入することが「正義」なのか? たとえ所有者=運転者=犯人だったとしても、それが法的に確定しない段階で「取引先や職場に迷惑をかけた」といった理由で懲戒解雇するというのは人権という観点からいってかなり問題があるわけだが、もし「所有者は車を当時貸していて誰が運転していたかわからない」という言い訳が事実だった場合、“祭り”に加担した人間たちは一体どう責任をとるつもりなのだろうか?以下追記bewaadさんのご「疑問」について。まず「その問題ある行為をしたのはあくまで自動車の所有者の勤務先であって」というご指摘はその通りです。また「仮に「祭り」がなければ懲戒解雇が生じ得なかった」とは言いえず、「祭り」とは無関係に事情を知った会社が法的処分の決定前に懲戒解雇を行なう…という可能性がゼロでなかったのも確かです(もちろんこれは単なる可能性の問題、そうした可能性をアプリオリに否定できないというはなしであって、当該の会社の経営者の人権感覚に関する評価ではありません)。ではなぜ「その問題ある行為をしたのはあくまで自動車の所有者の勤務先」という観点から論じなかったかといえば、実際の展開としてはやはり会社(およびその取引先)への電話などの圧力が懲戒解雇の背景であると判断したからです(会社のHP*
に掲載された声明でも「残念ながら未だ本件に関しては、加害者の断定にまでは至らない状態」という認識が示されています)。仮に、ネットで事件が話題になっていることを知った会社が抗議電話の殺到などを予期して懲戒解雇を行なった、ということであればエントリの趣旨も大いに違っていたことでしょう。また車の所有者の勤め先が公官庁、マスコミ、大学などだった場合とか、(現実にはありそうにないことですが)抗議電話の殺到に押された警察が非常に強引な取り調べによって立件にこぎつけたといった展開になっていた場合なら、圧力をかけた側ではなく屈した側を問題視するエントリになったでしょう。人権擁護法騒動の際に「外国人お断り、の貼り紙を出す家主」を擁護する人々を相手にしていた時のことを連想するはなしではありますが、他の入居者なり近隣住民の強硬な主張によって家主がそのような貼り紙を出さざるを得なくなった…というケースであれば、原則論として「それでもやはりその貼り紙はいけない」と主張するのとは別に家主がおかれた状況に同情を示す、ということはあってよいと思うのですが?次に「まして、「祭り」の参加者が直接に私刑と称すべき行動に出たわけではなく」という点についてですが、これについては・誰を「祭り」の参加者とみなすか・なにをもって「私刑と称すべき行動」とみなすかが問題となります。前者については、「車の所有者の特定」や「ネット上での投稿その他」を行なった者だけではなく「会社(や取引先)への抗議電話をかけた者」「会社周辺でカメラを手にうろつく」といった行動に出た者を含む、ということでおそらく食い違いはないだろうと思います。後者についてですが、私は(もちろん比喩ですが)「吊るせ!」と叫んだ者も私刑の参加者である、という認識でこのエントリを書いています。これはおそらく次の「責任」概念のズレとかかわる問題かと思います。では違法解雇の煽動について、刑事上なり民事上なりの責任を追及すべきであるとApemanさんはお考えなのか、失礼ながら勝手な推測をすれば、そこまでは思いが至っていらっしゃらないのではないでしょうか。一般論としても、また私が過去に自分のブログで書いてきたことが構成する個別の文脈**
に即しても、「責任」という語を使用した際にそれが直ちに法的な責任を意味するわけではなく、また刑事上ないし民事上の責任を追及可能かどうかについて検討したうえでなければ「責任」という語を用いるべきではないということはない、というのが私の理解です***。*
なおその声明では懲戒解雇の理由として次のように述べています。> 当事者につきましては、現在の段階では本件加害者として断定はできておりません。しかし、本件の車両所有者である事は事実であり、現段階ではむやみに他人に車両を貸し出した事実、そしてその車両で本件を招いたことについては重大な責任があると判断いたしました。> そこで、当事者には被害者の方を始め、多くの関係者の方々へ御迷惑をおかけした事態を真摯に受け止めて頂き、弊社として当事者に対して、平成19年6月14日(木曜日)をもって懲戒免職処分と致しました。仮に最初の段落で述べられている「むやみに他人に車両を貸し出した事実、そしてその車両で本件を招いたこと」への責任(のみ)を理由とする懲戒解雇であれば、その理由となっているのは会社が「事実」として認識した事柄ですから、その「責任」に対する処分として懲戒解雇が妥当かどうかはまた別問題として(当事者がその気になれば法廷で争うこともできるわけです)、「処分を行なう」という会社の判断自体は妥当なものだと言えるでしょう。bewaadさんにはご承知いただいていると思いますが、私が問題視したのはもちろん「多くの関係者の方々へ御迷惑をおかけした」ということが理由の一部としてあげられていることです。**
私が書いてきたエントリのなかで「責任」概念ともっとも縁が深いのは旧日本軍の戦争犯罪についてのものでしょうが、そこにおいて特定個人の「刑事」責任を追求せよと主張したことはありませんし、戦争被害者による補償請求訴訟を話題にする際にも、実は「日本政府は(現行法の下で)補償を実行せよ」と明示的に主張したこともありません(請求が却下されたことについて否定的なニュアンスで言及してはいますが)。***
さらに言えば「一体どう責任をとるつもりなのだろうか?」は修辞疑問ですから、むしろ「責任のとりようがない事態を招いてしまうことはするなよ」というのが主たるメッセージであるわけです。もちろん「責任」を法的責任に限定しなければ「責任をとる」術が皆無ということはないでしょうが、実現はなかなか困難でしょうし。bewaadさんに対しては以上です。夕食後にまた追記します。
Posted: 火 - 6 月 26, 2007 at 09:43 午前
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