「バターン死の行進」問題まとめ——「ネタ」のシニシズムについて


1.笹論文の評価
2.愛・蔵太氏に関わった理由

前回はあまり内容に踏み込まず、SWCやレスター・テニー氏による抗議との間に齟齬があるのかどうかを主として検討した笹幸恵氏の「「バターン死の行進」女一人で踏破」(『文藝春秋』、2005年12月号)について私の評価をまずは述べます。

1. 笹論文の評価
わざわざ「死の行進」のルートを歩き直した労力に対しては「ご苦労さまでした」と申し上げるにやぶさかではありませんが、「「バターン死の行進」女一人で踏破」という記事そのものにはなんらポジティヴな意義を私は見いだせません。それは、彼女自身が「実際に歩いてみてわかったこと」を「第一に、「この距離を歩いただけでは人は死なない」ということ」と振り返っていることだけから考えても明白でしょう。良好な栄養状態にある健康な人間(たとえ数日前から下痢をしていたにしても)が、適宜食事と水を補給し夜はホテルで休みながら100キロちょっとの道のりを4日間で歩いた(その間殴られることも銃剣で刺されることもなく)からといって死ぬことはないだろう…これは誰にでも予想できることです(もし死亡するようなことがあれば、「何らかの持病があったのじゃないか?」「ちゃんと水分を補給しなかったんじゃないか?」と誰もがまずは疑うでしょう)。実際に歩いてみるまでもなく分かることをわざわざ歩いて「実証」してみせることにはなんら意味がありません。要するに笹論文の眼目は
・捕虜たちの証言に反して、実は捕虜たちは水分や栄養をそこそこ与えられていたのではないか?
・「最大の問題」すなわち第一義的な責任は、米兵たちが(「死の行進」以前に)マラリアに感染していたことにあるのではないか?
という二点にこそあるということになります。そしてこの二点は、実際に「死の行進」のルートを歩いてみたところでちっとも解決しない論点です。
まず第一点目に関する笹氏の議論の問題点はすでに指摘しました。捕虜の証言については一切の具体的根拠なしに「鵜呑みにできない」とする一方、「比島派遣軍報道部がまとめた『比島戰記』」に出てくる証言については事実上鵜呑みにしている、という問題です。極東軍事裁判等の戦犯裁判における証言(およびそれに基づく事実認定)に諸々の瑕疵があることを一般論としては私は否定しませんが、では日本軍による捕虜の取り扱いに関する資料として『比島戦記』は戦犯裁判用の調書より信頼できるのか…と言えば控えめに言っても五十歩百歩ではないでしょうか。笹氏は戦犯裁判について「反証を行っても公正に取り扱われない」としていますが、『比島戦記』に関しては捕虜たちが「反証」する機会はそもそも与えられなかったのです。元捕虜たちの調書が眉唾だというなら、戦記はそれ以上に眉唾だと考えるのが科学的な態度というものでしょう。なにより、笹氏は身を以て「この距離を歩いただけでは人は死なない」ことを確認したわけです。にもかかわらずあれだけの犠牲者が出たということは、(マラリア等の他の要因があったにしても)日本兵による虐待(水分摂取の禁止など)があったことを強く示唆しているというべきではないのでしょうか?
次に第二点目。たしかに捕虜たちが全員良好な健康状態にあったのなら、犠牲者(死亡者)はより少なかったでしょう。そして米兵たちが捕虜になった時点での健康状態に関して、日本軍にはなんら責任がないことも確かです。しかしながら、マラリアにかかったり戦傷を負った捕虜たちにしても、適切な治療を受けていれば相当数が死なずにすんだはずですし、(物資の欠乏等により)適切な治療が受けられなかったにしても100キロ前後の行進を強要されなければ死なずにすんだケースは少なくないはずです。つまり、「バターン死の行進」の犠牲者に関しては、おおざっぱに言えば

( A∧B∧C ) ⇒ D (A=「マラリアにかかったり戦傷を負っていた」、B=100キロの行進を強いられた、C=水分補給の禁止等の虐待を受けた、D=死亡した)

という関係が成り立つわけです。純粋に論理的に言えばA〜Cは等価です。いずれが偽になってもDは偽になります(つまり、死なずにすんだ)*1。しかし「責任」の所在は単に論理的な考察だけからでは解決しない類いの問題です。私が車を運転していて歩行者をはね、死亡させたとしましょう。そこで私が「歩行者がその時間にその場所を歩いていなければ事故に遭うことはなかった、それゆえ自己は私の責任ではなく歩行者の責任だ」と主張したとして、それが通用するでしょうか? もちろんしません。前提となる連言を構成する連言肢は論理的には等価であっても、政治的・道徳的には等価ではないからです。交通事故に関しては歩行者の振る舞いが「与件」とされ、車の振る舞いが「変更可能だったもの」と扱われるのが普通です。つまり「歩行者がその時間にその場所を歩いていることを前提として、車の運転者の行動が別であれば事故は避けられた、それゆえ責任は車の運転者にある」とされるわけです。もし事故が高速道路上で起こったのなら裁判所の判断も違ってくるでしょうが、これまた同じロジックで理解可能です。高速道路(自動車専用道)上ではむしろ車の運行が「与件」となり、歩行者の存在は予想されないイレギュラーな事柄として扱われるからです。
では「バターン死の行進」において多大な犠牲者を出す原因となった上記A〜Cのうち、「最大の問題」とされるべきはどれでしょうか? 言い換えれば、どれが「与件」として責任とは無関係なものとされ、どれが「変更可能だったもの」として責任追及の文脈に置かれるべきなのでしょうか? ここで参照すべき規範がハーグ陸戦規定です。ハーグ陸戦規定は「戦争捕虜は人道的に取り扱われねばならない」「戦争捕虜を得た政府は、捕虜を維持する義務を負う」と定めています。したがって、たしかに米兵の多くがマラリアにかかっていたり戦傷を負っていたことに対して日本軍には責任はないとしても、そうした捕虜を「人道的に取り扱」い、「維持する」義務が日本にはあったわけです。「最大限治療の努力を行なったが力及ばず、大量の死者が出た」というのであれば日本軍の責任が云々される筋合いはありませんし、必要な物資が欠けていたので十分な治療も栄養補給もできなかった、というケースですら日本軍に対する風当たりはずっと弱いものになっていたでしょう*2 。しかし史実はどうかといえば、単なる無作為の域を超えて日本軍は病人・怪我人が死亡する確率をはるかに高くするような選択を行なったわけです。「最大の問題」が「米比軍の治療体制」にあったとする笹氏の主張は到底うけいれがたいものです*3。

*1 さらに言えば、たとえ健康な人間であっても日中は40度を越そうかという環境で、水分や栄養の補給もろくに受けられずに4日で100キロを歩いたとすれば(熱中症等で)死亡する確率は無視できないと思われますから、論理的にはともかく生物学的には3つの連言肢は等価ではありません。
*2 もっとも、大量の捕虜が出た場合のことを想定した作戦・補給体制を考えていなかったというのは旧日本軍の根本的な欠陥です。日本軍による蛮行のほとんどの事例において、この「補給軽視」の体質が密接に関係しています。要するに旧日本軍は「近代国家同士の戦争を遂行する」だけの資格を有していなかったといわざるを得ません。
*3 どうせなら笹氏は「なぜ米軍はそもそもマラリアが猖獗を極めるような土地に布陣していたのか」を問題にすればよかったのに。米軍がフィリピンにいたのはもちろんアメリカの植民地支配と無関係ではなく、この「土俵」でなら“良心的”なアメリカ人とはそこそこ“いい勝負”ができたはずです。

2. 愛・蔵太氏に関わった理由
私が愛・蔵太氏の「ユダヤ人団体をあおっている日本の団体について」(原題)というエントリの存在を知ったのは(記憶に間違いがなければ)Jonahさんの「愛・蔵太(id:lovelovedog)さんへ」というエントリによってです。私の知る限りこの件以前に愛・蔵太氏が私(のブログ)に言及したことはなく、また私が記憶している限り私が愛・蔵太氏に言及したこともありません(自分のブログのエントリに関してはサイト内検索で確認しましたが、他の方のブログのコメント欄まで含めれば「言及したことがない」とは断言できません。それでも「記憶がない」程度にわずかであったことは間違いありません)。つまり、善かれ悪しかれ愛・蔵太氏と私の間にはいわゆる「因縁」はないわけです。他方、Jonahさんとは何度か私のブログにコメントを頂戴し、また私も何度か Jonah さんのブログにコメントしたことがある間柄ですが、いわゆる党派的な共感を主たる動機として私が2月22日付けの「さてでは笹幸恵氏はなにを「意図」したのか? 」というエントリを書きその後もあれこれ書き続けているわけではない、ということは私の介入のタイミングが有力な状況証拠になるものと思います。この日付は他ならぬ Jonahさんが「一息つきましょうよ」というエントリを書いたよりも後であり、「関係者の皆様へ」というエントリで「彼が冷静さと理性的な思考を取り戻すまで、しばらく時間を置きませんか」と述べられたのと同じ日だからです。私が単に Jonahさんへの党派的肩入れからのみ行動していたのだとすれば、2月22日という時点で本格的介入をはじめ、それを今日まで継続するのは非合理的な選択だからです。
ではなぜ私が介入したのかと言えば、愛・蔵田氏が(2月28日という未来日付になっているけれども実際には2月24日だか25日だかにアップロードされている*5)「俺の日記の記述にこだわる「十条」さんについて少し因縁を考えてみる」(http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20060228#p2)というエントリで自称しておられる「俺自身は、左寄りのサイトのテキストをネタとして扱う理由は、ネタとして面白いから以上の理由はありません」というスタンスを問題視したからです。
この私の動機を完全に理解していただくためにはぜひとも北田暁大氏の『嗤う日本の「ナショナリズム」』(NHKブックス)を読んでいただきたいのですが、その要点だけを述べれば自分が関わる対象を「ネタ」と称するシニシズムを問題にしているわけです。所詮「ネタ」なんだからオレに細かい突っ込み入れるのはヤボだよ、と予防線を張りつつ、「ネタ」とする対象についてはとことんコケにすることを可能にする態度のことです。詳細は『嗤う日本の「ナショナリズム」』に譲るとして、簡単に言えば私は今の日本社会の、特にネット上での言論の退廃は主としてこの手のシニシズムに起因していると考えているわけです。愛・蔵太氏がSWCやレスター・テニー氏の情報収集については極めて高い水準を要求しつつ、自らの情報収集についてはそれよりずっと低い水準で良しとしている点を問題にしたのも、もちろんこの点と関連しています。実際、氏はSWCやテニー氏に伝えられた情報が歪んでいる「可能性」についてはなんら具体的な根拠もなしに危惧してみせるくせに、そもそも『文藝春秋』に掲載された笹論文に問題があった可能性については金輪際検討しようとしていません。本人がどう自称しようが、また本人の主観的な意図がどうであれ、結果として愛・蔵太氏の言説は『文藝春秋』を一方的に擁護するものとして機能しているわけです。愛・蔵太氏が「ネタ」をもっぱら「左寄りのサイトのテキスト」から選び出してくること自体に文句を言うつもりはさらさらありません。それを言うなら、私の「ネタ」はもっぱら「右寄りのサイトのテキスト」から選び出されていますから。問題は、私は自分が主として「右寄りのサイトのテキスト」から「ネタ」を選ぶ理由が私が左翼であるところにあることを自覚しているし、そのことを隠してもいないのに対して、愛・蔵田氏は彼が「ネタ」を「左寄りのサイトのテキスト」から選ぶ理由があたかも政治的には中立であるかのように自称している点です。ぶっちゃけて言えば、そんなことあり得ないんですよ! ご本人の主観にとっては純粋に“面白さ”という基準でネタを選んでいるというのが真実だ、と仮定してもかまいません。しかしながら、どのような言説を「ネタとして面白い」と判断するかという段階で、すでに政治的なバイアスはかかっているのです。愛・蔵太氏が“SWCが『文藝春秋』に抗議した背後に日本人がいたと思われる”ことを「ネタとしておいしい」と判断したのは、明らかに彼の政治的バイアスによるものです。だって、彼は「ことばの壁に由来する誤解が抗議の背景にあった」と考える具体的な根拠を今になってもなに一つ提示的できていないのですから。彼にとっては、保守系の雑誌に掲載された戦争責任問題関連の記事に海外から抗議があれば、その抗議の正当性をこれっぽっちも検証するまでもなく「おいしいネタ」になるわけです。これが政治的バイアスでなくてなんでしょうか?

北田氏は「所詮ネタですから」的なスタンスの源流(の一つ)をナンシー関に求めています。問題は(北田氏の問題意識でもありますが)、今日ではそうしたスタンスが果たす機能が(ナンシー関の全盛期とは)決定的に変わってしまっている、ということです。たとえ才能面ではナンシー関に匹敵するような人物の言説であっても(愛・蔵太氏の「能力」については、彼のブログの熱心な読者でない私は肯定的にであれ否定的にであれ判断することはできませんが)、今日ではナンシー関の劣化コピーとしてしか機能しないという状況があるのです。実際、2chのネットwatch板とか極東板の某スレを見ればわかるように、“劣化コピーをプリントアウトしてファックスに通し、それを72dpiでスキャンして24dpiの熱転写プリンタで印字したような”言説が垂れ流されているというのが実情であるわけです。だからこそ「ネタなんだから細かく突っ込むなよ」的なスタンスの欺瞞を明確にし、それによって“劣化コピーの劣化コピーの劣化コピーの…劣化コピー”が増殖するのを少しでも食い止めたい、というのが私の目論見であるわけです。

*5 それにしても、笹論文の「英訳」の時間的前後関係にあれだけこだわっておられた愛・蔵太氏が、ご自分の言説に関してはこれほど公表の時間をいいかげんにしておられることに関しては首を傾げざるを得ません。

Posted: 日 - 2 月 26, 2006 at 10:25 午後          

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