与太者さんへの返答


「若隠居の徒然日記」に長文のコメントを寄せられた「与太者」さんへ、私からのお返事。
5月12日追記

このエントリは若隠居さんの「結局、人権擁護法案騒ぎはてんこもり野郎氏の「シャレ」」という大変物議をかもした(笑)エントリのコメント欄での議論に関するものです。読者におかれてはご面倒でもリンク先のコメント欄、2005-05-10 22:18:11、2005-05-11 14:58:33、2005-05-11 16:35:18の「与太者」さんのコメントをご参照ください。なお、与太者さんにご異存がなければ、特に3つ目のコメントについてはかなりの長文ですのでここに転載させていただければ閲覧者の方にとってもわかりやすくてよいかと思います。これをご覧いただいたらご意向を伺えれば幸いです。
(与太者さんから転載の許可が出ましたので、私のエントリが前提としているコメントについてのみHTML化してこちらにアップロードしました。コメント欄での長文のやりとりは非常に閲覧しにくいため、私の返答はエントリ(追記ないし新規)のかたちで行う予定です。そのため、与太者さんの議論についても同じように見通しやすくすることが目的です。)

さて、直接与太者さんの問題提起にお答えする前に、まずは(法律の素人たる)私がなぜ人権擁護法における「人権侵害」「不当な差別」の定義が曖昧だという危惧を持たないか、をお話ししておこうと思います。この場合、とりあえず第3条に注目すればことは足りるかと思います。第2条は人権擁護法における用語法を規定した部分であり、これによって特別救済手続きの対象となる言動・取り扱いを規定するものではないからです(つまり第2条1項の規定がどれほど曖昧であっても、特別救済手続きの対象となるものは別途限定されているので、その限定部分を論じれば足りる、ということです)。
1)第3条では第1項第2号ロ、第1項3号をのぞけばすべて「人種等を理由とする」という限定がなされていること。第1項第2号ロ、第1項3号についても「特定の者に対し、職務上の地位を利用し」「特定の者に対して有する優越的な立場においてその者に対してする」という限定がなされていること。つまり、仮に「不当な差別的取り扱い」「不当な差別的言動」「虐待」などの規定に曖昧さがあったとしても、上記3つの限定により第3条が禁止している行為はかなり限定されており、予測可能であるということ。つまり「性的な言動」および「虐待」については自分と相手の関係が「職務上の地位を利用し」「優越的な立場」に該当しなければこの法律の埒外ということになるし、「不当な差別的取り扱い/差別的言動」については「人種等」を理由としなければこの法律の埒外ということになります。そして私に言わせれば「職務上の地位を利用し」「優越的な立場」に該当するような人間関係における言動、「人種等を理由とする」言動、取り扱いに際しては最大限の配慮を払ってしかるべきなのであって、むやみやたらと禁止の対象を広げているとは思えない、ということです。
2)別エントリでも援用した文書、人権擁護推進審議会の答申に「参考資料」として付された「主な人権侵害類型と被害者の救済にかかわる制度等」をご覧いただければ、ただ一つの例外を除いて第3条が禁止する行為はすべて従来も法規制ないし司法的救済の対象となってきたものだということがわかります。すなわち、第3条が禁止する行為の外延は民法上の「不法行為」の範囲内に基本的には収まる、ということです。従って、条文だけを見れば曖昧さを残すかのように見えたとしても、運用上過去の法的判断を尊重することが要請されかつ予測される以上、民事訴訟の判例などを参照することにより第3条が禁止する行為の外延は明確になる、ということです。
3)現在活動している人権擁護機関は(平成15年の数字で)359,971という相談件数のうち18,643件のみを人権侵害事件として処理し、そのうち文書による勧告を行ったのはわずか7件です。人権擁護法が成立すれば人権委員会の処理能力や制度への認知度などが変化しますからこの数字を直ちに外挿するわけにはいかないにせよ、そうそう劇的な変化があるとは考えにくいわけです。すると、第3条に照らして「人権侵害」であるかどうかが微妙なケースがわざわざ取り上げられかつ特別救済手続きにまで進むということは非常に考えにくく、可能性としてあり得ないことはないにしてもこの法律の正統性を揺るがすほどのことにはなりそうにない、ということ。

さて、以上を前置きとしたうえで、本題に入りたいと思います。
まずは比較的容易に合意が得られそうな論点から。

しかし、この法案には何が「不当な差別」で何が「合理的な区別」なのかについて明らかにする文言は存在しませんし、更に言えばこの文言では「差別」の中にも、「不当な差別」と「不当ではない差別」が存在すると読めてしまいます。

これについては
a) 「不当な」は念押しのための形容詞であって、不当な区別=差別、合理的な区別≠差別
b) 差別=区別であり、「不当な差別」≠「合理的な差別」
のどちらをとったとしてもさほどの問題はないと思います。というのも、私が知る限り「なにが(不当な)差別であるか」を規定した法律はないにもかかわらず「(不当な)差別」という概念は従来の司法判断で現に用いられてきているからです。与太者さんが援用されている「昭和57年7月7日の最高裁大法廷判決」にしても、「右差別がなんら合理的理由のない不当なものであるとはいえないとした原審の判断は、正当として是認することができる」と判断するにあたって「(不当な)差別」を規定した特定の法律に依拠しているわけではないことからもこれは明らかでしょう。つまりなにが「(不当な)差別」でありなにが「区別(合理的な差別)」であるかは憲法に照らして判断すればよいのであって人権擁護法に基準が明文化されている必要はない、ということです。

次に

しかもここで挙げられている「公債証書、官庁の証券、会社の株券」には規範的乃至評価的要素(「不当」、「差別的」等)は含まれていません。

という点については、この違いがどのような相違をもたらすとお考えなのか、もう少し説明していただけませんでしょうか。

最後に中心的な論点である

つまり一番抽象度の高い筈の憲法ですら、「人権」という抽象的文言は総則的部分にしか用いず、基本的人権の内容については個別具体的に規定しているのですから、より低位の法である「法律」では、より具体的な定義・規定がさるべきであるのに、この法案では「『不当』な差別『的』取扱い」という、寧ろ憲法よりも抽象的な文言・定義しかしていないのです。

という点について。
まず、若隠居さんと私のコメントで言葉足らずだったかもしれないところですが(と、勝手に言い訳してすみません>若隠居さん)、第3条が禁じているのはあくまで「言動」や「取り扱い」であって抽象的な概念ではない、ということを補足しておきたいと思います。
さて、憲法より下位に位置する法律が「人権侵害」を禁じているのはおかしい…という印象を持たれることについては私も不当だとは思いません。ただ、この点は人権擁護法の趣旨を考えれば説明のつくことだと思います。
例えば刑法にしてもその相当部分は「人権侵害」を禁じるものです。ただ刑法の場合はさまざまな人権侵害のうち顕著な類型ごとに個別の条文をもうけ、通称として「殺人罪」とか「傷害罪」「有価証券偽造罪」などと呼ばれているために、どのような行為が禁じられているかが具体的であるように思えるわけです(しかし例えば「傷害致死」と「殺人」の境目はかなり曖昧で被告の供述次第だったりします)。
これに対して人権擁護法は、
・刑法上の犯罪を構成する行為であるが、DVや児童虐待に代表されるように司法による「強制力はあるが迅速性を欠く救済」では不十分なものに対して、「強制力は劣るが迅速な救済」を行うこと
・民法上の不法行為を構成し、それゆえ民事訴訟の対象となりうる行為であるが、訴訟に必要なコスト故に被害者が泣き寝入りを強いられているものに対して、法廷外の救済を行ったり、訴訟援助を行うこと
を目的としていると言えるでしょう。結果として、刑法の一つ一つの条項と比べれば非常に多様な行為類型を取り扱うことになります。「人権侵害」「差別」といった抽象的な文言が用いられているのはそのためだと考えることができます。すなわち厳密性・具体性と迅速性・柔軟性とのトレードオフですね。したがって「人権侵害」「差別」という文言だけを取り上げれば法律の表現として抽象的であるということは否定しませんが、この抽象性は以下の理由により十分容認可能だと私は考えます。
i) 人権擁護法それ自体はいかなる刑罰を科すものでもなく、また損害賠償等を命じるものでもないこと。
ii) 「人権侵害」「差別」の概念に対して「人種等を理由とする」「特定の者に対し、職務上の地位を利用し」「特定の者に対して有する優越的な立場においてその者に対してする」などの限定が付されており、無際限な拡大解釈は不可能である。
iii) 人権擁護法が禁じる「人権侵害」「不当な差別的言動/取り扱い」の外延は(第3条第2項をのぞけば)従来民法上の「不法行為」とされてきたものの範囲内に収まるものであり、安定性・予測可能性を備えている。

結局「その他の」という表現の解釈からは議論がずれてるような気がしますが、与太者さんの問題提起からは逸脱していないと思うのですがいかがでしょうか? もともと「刑法にだって“その他の”という表現はいくらでもある」という議論は、「その他の」が際限ない拡大解釈を許すという低レベルな議論を対象とする方便ですので。

Posted: 水 - 5 月 11, 2005 at 12:06 午前          

Comments



©