相変わらずデタラメばかりの人権擁護法批判論



去年はまったく更新しなかったこのカテゴリですが、とっておいた甲斐はあったと喜ぶべきなんでしょうか。

まずは『世界日報』の社説から。まあ「おまえが言うな」で済ませてもよいところですが…。

人権擁護法案/「国旗国歌」も危うくなる

見出しだけでも反対論のパラノイアぶりが明らかになる、という素晴らしい社説です。以下、過去の議論のくり返しにしかならないので細かなところは端折って目立つところだけ。また現段階では人権擁護法案は国会に提出されていませんので、平成14年(2002年)の第154回国会で提出された法案を前提にはなしを進めます。

あいまいな委員選出基準
(…)
 また人権委に令状なしでの関係資料の押収や立ち入り権限を与え、それを拒否すれば罰金(三十万円以下)も科せられる。これは警察も持たない強制権力で、現行の司法体制を逸脱している。

 しかも、人権委のメンバーは弁護士会や「人権団体」の構成員などから選ぶとしており、選出基準があいまい極まりなく、国籍条項すらない。これでは北朝鮮の拉致事件に関与した外国人でも委員になることが可能で、外国勢力が公権力を行使しかねない。

人権擁護法案が「罰金」を科しているのは第87条「第十三条第一項の規定に違反して秘密を漏らした者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する」です。人権委員会の調査を「正当な理由なく」拒否しても「三十万円以下の過料」に処されるだけです。「過料」は「罰金」や「科料」と違って「刑罰」ではないので、社説の記述は端的にいって間違いです。人権委員会の調査、出頭要請を拒否しても過料しか科されないということは、言い換えれば抵抗を排除してまで家宅捜索を行ったり強制的に出頭させる権限が人権委員会にはない、ということです。逮捕により身柄を拘束したり公務執行妨害の現行犯逮捕で抵抗を排除できる警察の権限とは比較になりません。
「選出基準」についてですが、いま話題になっている日銀総裁の人事(人権委のメンバーと同じく国会承認人事)と比べてどこが「あいまい」だというのでしょうか? 「外国勢力が公権力を行使しかねない」なんてことを『世界日報』が心配するのはそれこそ片腹痛いという感じですが、「両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命」する委員を信用できないとは、なんたる反日! なんたる自虐でしょうか!(笑)

 このまま人権擁護法案が成立すれば、公立学校での「国旗国歌」も危うくなる。東京弁護士会は「人権侵害」の例として、公立小学校の音楽教諭に国歌の伴奏を「強制」することや、公立中学校長が卒業式で国歌斉唱を「強制しない」と事前に生徒に説明しなかった行為などを挙げているからだ。

私なんかに言わせれば「両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命」する委員が国家伴奏の「強制」に対して東京弁護士会と同様の対応をしてくれるかどうか疑問であるわけですが、いずれにしても東京弁護士会が「人権侵害」だとしたのは国家伴奏の「強制」や国歌斉唱が「強制」でないことを説明しなかった不作為であって、歌いたい人間が歌い伴奏したい人間が伴奏することではありません。教育現場での国歌・国旗が「強制でないこと」が望ましいというのは今上天皇の大御心でもあるわけですが、私ならともかく『世界日報』は陛下の大御心に逆らうつもりなのでしょうか(笑)

もう一つは産経新聞から。

人権擁護法案の「お手本」韓国、お寒い実態(2008.3.10 20:05)

「お寒い」のはむしろ産経の報道なのですが。

 もし人権擁護法が成立し「人権委員会」が設立されるとどうなるか。その好例を隣国・韓国に見ることができる。韓国の国家人権委員会は2001年11月に設立され、さまざまな人権侵害に勧告や意見表明を行ってきたが、その「偏向性」が大きな社会問題となっている。日本の法案をめぐる論議にも一石を投じるのではないか。(原川貴郎)

 国家人権委員会は、国連総会で1993年に採択された「国内機構(国内人権機関)の地位に関する原則」(パリ原則)に基づき、金大中政権下で設置された。
 国家人権委の基本的な法的枠組みは日本の人権擁護法案と同じだ。高度な「独立性」を保障され国や地方自治体の人権侵害などに救済勧告や意見表明を行うことができる。

「基本的な法的枠組みは日本の人権擁護法案と同じ」という言い方が妥当するとしても、実際に人権擁護委員会がどのような類型の行為に対してどのように「韓国」その他の措置をとることができるかは、もちろん日本の人権擁護法によって決まっているわけで、以下で列挙されるような事例がすべて日本でも可能になるかのような報道は「為にする」ものとしか言いようがありません。

 これまでに、政府に対し、死刑廃止や女性警察官増員などを勧告したほか、「教師が生徒に日記を提出させるのは人権侵害」「女性職員に対して『胸が見える』と発言したのはセクハラ」などと細かい事案にも次々に勧告を出し、訴訟になったケースも少なくない。

日本の人権擁護法案では「死刑廃止や女性警察官増員」などを人権委員会が勧告することはできませんし、「教師が生徒に日記を提出させる」ことも人権擁護法案が想定する「人権侵害」の類型には該当しません(第3条参照)。他方、日本の人権擁護法(案)を離れて、一般論として独立性をもった機関がこれらの事柄について「勧告」を行うこと自体は、人権についての国際社会のとりくみに照らして判断する限り特に奇異なこととは思えません。人権委員会が勝手に死刑を廃止できる、というならはなしは別ですが。人権が十分に擁護されているとは言いがたい社会で、単に多数決でのみ事を決めるならば事態はいつまでたっても変わらないおそれがある。そのような場合に、多数決とは別の原理で動く組織(とは言っても人権委のメンバーの選定が国会承認人事である以上、現実には多数決の縛りがかかるわけですが)が啓発的な勧告を行うことは民主主義に反しないし、むしろその欠点をおぎなう効果を期待できるわけです。なお「女性職員に対して『胸が見える』と発言」することは、その具体的な文脈にもよりますが、セクシャル・ハラスメントであることが十分予想される行為であって、人権擁護法がカヴァーして然るべき人権侵害類型でしょう。

 イラク戦争が開戦した03年3月には、韓国政府が米国を支持したのに対し、国家人権委はイラク戦争に反対する意見を採択。「政府機関が大統領の意に反する立場を示したのは、国論分裂扇動行為だ」(ハンナラ党スポークスマン)などと波紋を呼んだ。

日本の人権擁護法案は、イラク戦争に対する政府の方針のような事案に対して人権委員会がいかなる勧告も出せるようにはなっていないので、「それがなにか?」で済ませてもよいわけですが、大統領(総理大臣)の意に添う勧告しか出せないのだとすると独立機関としての存在意義はゼロになってしまいます。いうまでもなく、勧告が不当だと大統領が(最終的には有権者が)判断すればその勧告をスルーすればよいだけのはなしでもあります(もちろん、後になってやはり勧告は正しかった…とみなが思うようであれば、大統領が政治的責任を問われることになるわけですが)。

 05年末に国家人権委が作成した「国家人権政策基本計画」案は「良心的兵役拒否」の認定▽公務員と教師の政治活動の許可▽集会・デモに対する場所と時間制限の廃止-などを明記。政界だけでなく財界も反発し、経済5団体は連名で「韓国社会の一部進歩勢力の主張のみを反映してバランスを欠く」と反対声明を発表した。

これも日本の人権擁護法案とは関係がないなぁ…。

もういっちょ産経から。またまた稲田か、と。

人権擁護法案はポストモダン?推進役の東大教授に異論噴出(2008.3.12 00:21)

人権擁護法案の提出を目指す自民党人権問題調査会(会長・太田誠一元総務庁長官)は11日、党本部で4回目の会合を開いた。平成13年に法案の必要性を答申した「人権擁護推進審議会」(法務、文科など3相の諮問機関)の元会長、塩野宏東京大名誉教授が経緯などを説明したが、出席議員から異論が相次いだ。
 塩野氏は「法案はポストモダン的なもの」で、人権委員会を「救済制度の至らないところにどこへでも足を伸ばすアメーバ的存在」とたとえ、法案の必要性を強調した。
 これに対し、出席議員からは「個別法で解決できないアメーバ的な人権侵害事案とは何か。法理論だけで済む問題ではない」(西田昌司参院議員)、「裁判所に匹敵する権限を持たせた委員会から、表現の自由への脅威をどう排除するのか」(稲田朋美衆院議員)など異論が相次いだ。
(…)

為にする議論ならともかく、ガチで「裁判所に匹敵する権限」なんて言ってるんだとしたら、弁護士としての能力に疑問を抱かざるを得ないですなぁ。

Posted: 水 - 3 月 12, 2008 at 10:56 午前          

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