「Doronpaの独り言」コメント欄での質問にお答えする その2


前のエントリがかなり長くなってきたので、読みやすさを考えて別のエントリを起こします。

7月3日に頂戴したコメントへのお返事です。ゴシック文字部分が「う~ん、どうでしょう」氏のコメントからの引用。

>あなたが北朝鮮批判のビラを自宅で作成し街頭で配布したとします。そんな行為は明らかに人権擁護法の対象
>にはならないのですが ~中略~ どうです? 明確でしょう?
この例の場合、「曖昧である事」が問題になるのは北朝鮮批判のビラが「人権侵害、またはその疑いがある」と判断した理由ではないのですか?

その通りです。しかし

少なくとも「人権侵害の疑いがある」為に、ビラを撒いた私がそのビラを作成したのかどうか、立ち入り調査する必要があるのでしょうし。

立ち入り調査の主たる目的は「あなたがそのビラを作成したのかどうか」です。

ですが、Apemanさんが「曖昧なところ」として挙げた点はこの法案で、反対派がまさに危惧しているところです。「曖昧さを完全に免れる事は出来ない」からといって、「曖昧さ」を少しでも改善しようとする努力を放棄してよい理由にはならないでしょう(以下3月25日分から引用)
>>「批判と侮辱の境目はどこなのか?」とか「著しく不快にさせることとちょっとだけ不快にさせることの境目はどこなのか?」

だとすればまずは刑法230条をなんとかする方が先決でしょう。反対派が「人権侵害」の定義についてなるほど、と思わせるような(つまり明確かつ十分包括的な)代案をつくったというはなしは寡聞にして聞いたことがありません。具体的に第3条をどうせよとおっしゃるんですか?

>人権侵害の定義が「危険なほど曖昧」だとはどのような点を指しているのですか?
上の引用をご覧下さい。

これまたつまみ食いですね。
231条は「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する」とされており、「人種等を理由とする」という縛りのある人権擁護法第3条と比べても遥かに曖昧な規定です。この点はよろしいですね? しかし刑法230、231条についてはすでに判例の積み重ねがあります。これをふまえて私は次のように書いていたはずです。

文言としては曖昧な法律が(たいていの場合は)不当に拡大解釈されずにすんでいるのは、法律の解釈が立法の趣旨による制約や具体的な判断(判例など)の積み重ねによって制約されているからです。したがって、「曖昧だからダメだ」という批判が実質的に有意味なものとなるためには、これまで日本において運用されてきた法案と比較して人権擁護法案に不必要かつ危険な曖昧さがあることを具体的に指摘しなければなりません。それをせずにこの法案があたかも「北朝鮮に経済制裁を!」といった政治的主張を規制するかのような反対論を展開することは、不必要に危機感を煽り人々を誤らせるものだと言わざるを得ません。

つまり反対派の主張が説得力を持つためには、刑法230条や231条の判例に照らして(ググればたくさん出てきます)人権擁護法第3条の条文が「危険なほど曖昧」であることを示さねばなりません。さもなくば単なる言いがかりになってしまいます。

曖昧さをよい事に「批判を侮辱」と言い募って人権委員会に報告する、または報告するぞ、と脅す事も可能です。

そんな脅しはまったく実効性がないので放っておけばよいでしょう。もしあなたが実際に相手を侮辱したのであれば「民事訴訟を起こす」と脅されなかっただけましではありませんか?

先日の私の
>「お前、そんな事言ってると、人権擁護委員にちくるぞ?」って脅しも威力を持ってくると思います。
との書き込みに対して
>「いまだって「名誉毀損で刑事告発する」「損害賠償請求起こす」って「脅し」は存在してるでしょ?」
とお答えになっていますが、既に似たような弊害があるからといって、新たに同種の弊害を生み出してよいわけではない事はApemanさんにもご同意頂けると思います。

「同種の弊害」という点に同意できません。人権委員会は「加害者」に対してなに一つ強制できません。そんな「弊害」を懲役や損害賠償と同列に扱うのはナンセンスでしょう。

人権擁護法案の「曖昧」である点も同様です。「公共の福祉」と比較していましたが、「公共の福祉」が「判例などの積み重ね等」で曖昧な点が制約されているからといって、「人権擁護法案」もそうであらねばならない理由にはならないでしょう。

えっ、どういうことですか? 日本では「判例に従わねばならない」という明文の規定はありませんが、実務においては判例をふまえて法解釈が行なわれるのがふつうです。人権擁護法についてのみそうでないと考える理由は思い当たりません。

>まず第一に、そんな単なる可能性であれば人権委員のみならずあらゆる公務員(総理大臣を含む)についていうことができます。
これも他がそうだからよい、というものでは無いでしょう?わざわざパイを増やしてやる必要は無いのです。

「他の公務員だってそうだ」というのは、「人権委員会が特定の団体の乗っ取られる」という想定が非現実的だということを示すための主張です。人権委員を乗っ取るような実力があるなら、なぜもっと強制力を持つ機関を乗っ取らないのですか?

別に人権委員1人と限定されるわけではありませんし、事務局員にある団体の意を受けた人(別に正式な構成員である必要は無いですよね。シンパであればいい)が入る事もあるでしょう。人の入れ替わりなんて珍しくないでしょう。

だからその「団体」にそれだけの実力があるという根拠はなになのですか? 私は繰り返し「そんな実力があるのなら、すでにその団体が日本を牛耳っていないとおかしい」と主張してきましたが、これに対して納得のいく返答をもらったことはありません。

>第三に、法律に反して特定団体の「意に沿う働き」を公務員が行うことはできません。
公言して「意に沿う働き」をする馬鹿はいませんよね。今話題の道路公団も、談合を見て見ぬ振りをする事によって、特定の企業集団に利益を図っていましたよ。

「見て見ぬ振り」よりもはるかに積極的に関わっていましたが。で、結果として道路公団に強制捜査が入ることになりましたね。
新しい行政機関をつくればそこに「利権」の可能性が発生するのはたしかです。しかしそんなことはどの行政機関でも同じなのだから、単に「利権の可能性がある」とするだけでは反対する理由になりません。利権の可能性があればだめだというなら、すべての行政機関を廃止する以外にないからです。肝心なのは不当な利権を摘発できるかどうかです。

>ええ、大いに問題です。人権委員を任命するのは選挙で選ばれた国会議員が選ぶ首相だからです。
公明党支持者は日本の全人口からすれば少数ですが、自民党と共に与党を構成する事で国政に影響を及ぼしています。
たとえ100万に満たない人数であっても、今の選挙制度では比例区もありますし、その団体構成員が多く住む地域の議員にとっては決して無視する事ができない場合もあります。
だから、政治家は地元の宗教団体や労働組合との関係を良好に保とうと腐心しているのです。

政治家に影響力を及ぼす各種団体には部落解放同盟と利害を異にする団体もいっぱいあるわけです。社民党(旧社会党)が単独政権をとったことなどないことを考えれば、自ずから部落解放同盟の影響力に限界があることは明白です。

>そんなことをしようとすれば他の4人の委員や法律のプロである事務局員は当然反対しますし
人権委員にしろ事務局員にしろ胸に「某団体シンパ」とゼッケンをしている訳ではありません。別に自己の信条を正直に告げる必要もないのだし、事務局員の構成がどうなるかなんて、判りませんよ?

ゼッケンなんてつけてなくても法を恣意的に解釈すれば「おかしい」というのはすぐにわかるでしょう。
それから事務局員は基本的に法務省人権擁護局の職員から選ばれることになっています。部落解放同盟より人権擁護局の過去の活動をチェックした方が人権擁護法の運用を占うには役立つでしょう。

それに「某団体を批判しているから、人権侵害にあたる」なんて馬鹿正直に訴えないでしょうしね。「曖昧な」範囲で人権侵害を立証しようとするでしょう。

?? 誰に対するなにを理由とする侮辱なのか、をはっきりさせない限り第3条1項2号に該当する「人権侵害」とは認定できませんが?

>繰り返しますが、人権擁護法には刑法、刑事訴訟法などと比べて特に曖昧なところはありません。
>したがってこのご質問は意味をなしません。
本日の書き込みのように「曖昧なところがある」事は疑いえません。他がどうだからといって、「曖昧なところ」のある法案に反対できない理由にはなりません。

なぜ他の法律ならよくて人権擁護法だけがだめなんですか? 一つでいいからいかなる曖昧さもない法律の例を挙げてくださいと御願いしたはずですが、見つかりましたか?
曖昧なところの「ない」法律なんて不可能なんですよ。だからただただ「曖昧だ」と言いつのるだけでは反対論として意味をなしません。

>いいえ、ありません。なぜなら、令状の発行は当事者の一方 ~中略~ と、信頼できる・できない度合いにもさまざまな
>段階があります。
で、どの程度信頼している(あるいは信頼していない)のでしょうか?先日の礼状の件では警察のいいなりで礼状をだしている、とかなり不信感をもたれていたように私には見えました。
そんな警察とズブズブの裁判官なんて、たとえ弁護士がいたところで最初からマイナス地点からスタートするような恐怖感もしくは不安感は否めませんけど。

実際、刑事裁判の有罪率は99%を越えていて、問題視する人は(私も含めて)たくさんいますよ。まあ全体としては「そこそこ信頼できるけどチェックは怠ってはいけない」より少し下、というレベルですかね。すでに述べたように令状の審査という場面と公判という場面とでは事情が違うし、下級審と上級審とで傾向が違うといったこともあるし。人権委員会についても似たようなものです。
反対派は「人権委員会は信頼できないが裁判所は信頼できる」という立場ですよね? だったら、最終的な決着は裁判所でつくんだからそれでいいじゃありませんか。私がどの程度裁判所を信頼しているかなんて関係ないでしょう。

ところが、私や反対派の人達はこの法案の「人権侵害」の定義が曖昧だと思っています(どの点が?というのは先の書き込みを見て下さい)。肝心な点が曖昧であれば、不安を感じるのも不思議は無いでしょう。どう判断されるか、判ったものではないのです。
もし反北朝鮮ビラを配った人が立ち入り調査を喰らったりしたら、そしてこの法案を知らなかった人がこの事を知ったら、やはり不安に思い北朝鮮関係の発言などを控えるようになっても無理からぬところです。

だから「反北朝鮮ビラ」がどうやったら人権擁護法に引っかかるというのですか? 具体的にシミュレートしてみてくださいな。どうやったら「特定の者に対し、その者の有する人種等の属性を理由としてする侮辱、嫌がらせその他の不当な差別的言動」として解釈できるのですか?
効果的に反対運動をしたいのなら、賛成派・中立派にとっても「なるほど、こりゃ微妙だな」という例を出さないと無視されるだけですよ。

>それに、より強力な「恐喝のネタ」を放置して人権擁護法にだけけちをつけるのはなぜなんでしょうか?
あいにく私は全知全能でもありませんし、不眠不休でも平気という超人ではありません。世の中のあらゆる問題を知る事も出来ません。
ですが人権擁護法案の議論中の問題はたまたま今年3月に知りました。そして、改善の余地アリと思うから、こうして反対しているのです。
どうもApemanさんは「他にも似たようなものがあるのに」という論調が多いようですが、同じ様な問題が既にあるからといって、新しい問題を放置してよいわけではありませんよ?無論既存の問題を放置してよいわけでもありませんが、私の手も頭も1人分しか無いのです。

私は「同じような問題」ではなく、反対派の論理に従うならはるかに大きな問題が現に存在してることになるじゃないか、と言っているのです。人権擁護法なんて弱い法律を問題にする前にやるべきことがあるんじゃないか、と。

>反対派の中には刑法や民法で対応すればよい、と言う人がいるのですが、そうすると裁判官や警察官の仕事は増えて
>しまいますよねということは、ようするにあなたは現状を変える必要はまったくない、と言う
>ご意見なのでしょうか?
現行法で対処できるなら、これまでどおりで問題無いのではありませんか?別に現行法では警官や裁判官が対応できないから、この法案が作成されたわけではないでしょう?

私の質問への答えになっていません。あなたは「恐喝」が増えて警察官が忙しくなるという(私からみれば現実性のない)ことを理由に人権擁護法に反対しているのに、人権侵害事件のためにこれまで以上に警察官が動員されることになるのはおかしいと思わないのか、とお尋ねしたのです。
それから「現行法で対処できるか/できないか」を二者択一で考えるのも間違いです。原理的な問題として「対処できるかどうか?」ということであれば、たしかに人権擁護法が対象とする殆どの人権侵害類型には現行法で対処できます。しかしそれは「現実問題として対処できる」ということを意味するわけでもなく、また「現行法で対処した方がよい」ことを意味するわけでもありません。
仮に現在人権擁護委員、人権擁護局が扱っている事件をすべて刑事訴訟や民事訴訟で扱うとなると、司法機関の処理能力をはるかに超えてしまうのは明白です。また、差別的言動を積極的に刑事立件するとすれば、拒否可能な立ち入り調査ではなく強制捜査が行なわれることになるのですが、その方が好ましいですか? 市民の私生活にむやみに公権力が介入するのはよくない、という観点から考えれば権限の弱い人権委員会を活用する方が、これまで以上に警察や裁判所の介入を増やすよりも好ましいはずです。

追記:
言論を直接対象とする法律で公権力が言論弾圧をする…ってのは少なくとも今の日本では基本的に現実性のないはなしだと思う。言論弾圧は言論弾圧だと思わせないことがなにより肝心なのであって、刑法230条や人権擁護法なんかを使ってしまえばどうしてもその動機について詮索されてしまう。つまり言論弾圧が目的なのであれば、「言論」以外のところでひっかけて罪を被せるのがベスト、ということ。まして人権擁護法では「懲役もなし、罰金もなし、たかだか勧告」だというのに、まったく的外れな心配ですわ。
的外れと言えば、ここなんかをみればわかるように人権擁護局はすでに人権委員会と同じような活動してるわけですよ。人権委員会のような直接の法的根拠もなく。で、それでなにか不都合が起こってますか? 人権擁護局の活動に明文の根拠を持たせかつ民主的なコントロールをかけようというのだから、かえって濫用の心配はなくなると考えるのがふつうだと思うがなぁ…。

Posted: 日 - 7 月 3, 2005 at 04:25 午後          

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