先週読んだ本
山田昌弘、『パラサイト社会のゆくえ―データで読み解く日本の家族』、ちくま新書
宮台真司、宮崎哲弥、『エイリアンズ』、インフォバーン
金子勝、アンドリュー・デヴィット、藤原帰一、宮台真司、『不安の正体!』、筑摩書房
大西敏雅、菊池美升、和知徹、『モツ・キュイジーヌ』、柴田書店
新書というフォーマットが好きで、それというのもあのサイズとプロポーションがいい。文庫より少し背が高く、いかにもスマートという感じがする。ドイツには
Zurkamp から出ている Tasschenbuch
というほぼ同じ版型の(しかしたいていはもっと分厚い)シリーズがあり、こちらはほとんどが紺色のシンプルな装丁で統一されており、ドイツらしい(?)機能美にあふれている。ろくにドイツ語は読めないのに数冊手元にあるのはそのため。岩波書店にも新書判全集というのがあって、こちらもいくつか持っているのだが、ずいぶん前に京都の古書店で見かけた森鷗外の選集を買い損なったのと、石川淳の選集を売ってしまった(筑摩の全集を買ったので)のが今となっては残念。
また、新書は通勤途中に電車のなかで読むのにも便利なので新刊広告が出ると一通り目を通すのだが、なにぶんこの数年の新書創刊ラッシュもあいまって、平均レベルはずいぶんと下がってしまっている。先日岩波新書の『日本の思想』(丸山眞男)を読み直したのだが、今なら間違いなく編集者にダメだしをくらうであろう水準である(もちろん、水準が高過ぎて、である)。
『パラサイト社会の行方』は「玉石混淆」の「石」の部類には入らないにしても「玉」とはいいがたい。どうやら雑誌かなにかに連載したものをまとめたらしく、「小ネタ」集という感じ。内容的にもそれほど目新しい点はないが、「はじめに」にあるように大変な話題となった『パラサイト・シングルの時代』へのフォローアップとして書かれたのだとするとやむを得ないところかもしれない。著者は1998年を「日本の社会が不安定化したことがはっきりした節目の年」であるという。その論証のために援用されているデータのうち青少年の犯罪に関するものは『安全神話崩壊のパラドックス』が批判の対象としているような、ややずさんなものである。また、特定の年に「節目」を割り当てるのも学問的に意味のあることだとは思えないが、その前後に起きた日本社会の変化を「不安定化」に集約している点については他の多くの論者とも一致しているし、社会学にしては珍しく生活実感にも合致しているのではないだろうか。こうした「不安定化」を念頭に置くなら、日本における青少年の犯罪はむしろ少なすぎると考えるべきであろう。長谷川真理子は犯罪統計の国際比較を通して日本では若年層の犯罪が目立って少ないこと、諸外国では若年層が最も犯罪を引き起こすというのが普通であるが、日本ではむしろ40代の犯罪が目立つことを明らかにしている(また、厳密な統計に基づく報告ではないが、JR東日本の調べによれば駅員への暴力事件の加害者中、50代がトップだった。長谷川真理子の研究は少し前のものなので、当時の40代が今の50代にシフトしているとみることもできる)。あたりまえのことだが犯罪によって得るものを他の手段で得る可能性が高いほど、また犯罪によって失うものが大きいほど、ひとことで言えばシャバで真っ当に暮らすメリットが大きいほど、ひとは犯罪を犯さなくなる傾向を持つ(ただし「真っ当」に暮らしていると思われている人間のなかにも堤某や高塚某のように犯罪を犯している人間はいるのだが、このようなホワイトカラー犯罪は治安を問題にする際に人々の意識に上りにくい)。とすれば雇用の不安定化の影響を最も強く受ける若年層、(不法)移民、人種的マイノリティーから統計上犯罪者が多く出るというのはごく自然なことである。しかし日本の場合若年層のみならず定住外国人の犯罪率も低いことが知られており、少なくともこれまでの日本社会に関する限り問われるべきは「なぜ急増しているのか?」ではなく「なぜ少ないのか?」なのである。だからといって今後も楽観できるとは限らないのはもちろんである。しかし今後も若年層の犯罪率が諸外国のようには高くならないとすると、それは別の意味で危惧すべきことなのかもしれない。長谷川真理子と『安全神話崩壊のパラドックス』がそれぞれ別のしかたで仄めかしているように、日本の若者には「犯罪に走る気力もない」のだという解釈も可能だからである。
『エイリアンズ』と『不安の正体!』はどちらも対談・座談本。このジャンルは基本的に議論が散漫になりやすいので頁あたりの情報量という観点からすると「薄く」なりがちなのだが、うまくいけば議論がダイナミックな展開をみせるという楽しみもある。『エイリアンズ』はこのコンビによる3冊目ということで、かなり馴れあいムードが漂っているのは否みがたい。その点、『不安の正体!』は人数が多い分まとまりはないが、そうした馴れあいは少ない。
『デビルマン』を観に行った際に見つけた、新規開店の古書店で買った『モツ・キュイジーヌ』。内蔵料理のレシピと写真がいっぱいの楽しい一冊。残念ながら食材そのものが手に入りにくいものが多いのでレシピ本としての価値は半減だが、写真を見るだけでも元は取れた。
Posted: 日 - 10 月 31, 2004 at 04:48 午後
Comments