『トンデモ本の世界S』『トンデモ本の世界T』(と学会、太田出版)
窪塚洋介、副島隆彦、桂小米朝、さてこの3人の共通点は?
2冊同時の刊行で、まさに「トンデモ本の種は尽きまじ」というところである。
このシリーズは第一弾から読んでいて、番外編的なものも含め結構な数を目にしたことになる。となると同じようなネタが繰り返しでてくるのだが、これはまあしかたないのであろう。妄想にせよ陰謀説にせよ煎じ詰めればそれほどのヴァリエーションがあるわけではないということか。
『S』の冒頭を飾っているのは「アポロは月に行っていなかった」説ネタ。要するに『ギャラクシー・クエスト』のサーミアンみたいに『カプリコン・ワン』を「歴史ドキュメント」と思っちゃった人々である。ちょっとショックだったのは、有名人のなかに現れた「ビリーバー」のなかに、窪塚洋介や副島隆彦とならんで桂小米朝の名が挙がっていること。米朝師匠、なんとかしてくださいな…。このところご無沙汰だが一時はよく落語を観に行ったもので、小米朝の落語もたびたび生で聞いていたのだが、まさか陰謀論にはまっているとは。こんなコラムを載せる産經新聞も産經新聞である。もっとも、朝日も書評欄に天外伺郎を起用しちゃってるからなぁ…。書店のビジネス書コーナーがトンデモ本の宝庫であることといい、この社会はちょっとこの手のはなしに対して脇が甘すぎるのではないか。
アポロ計画が欺瞞だという証拠として決まってあげられるものの一つに、「空気がないはずなのに風でたなびいている」というやつがあって、これはかなり歴史が古いようだ。私も小学生のときに子ども向け科学雑誌で「なぜたなびいているように見えるのか」という解説を読んだ記憶がある。どう考えても「NASAの陰謀」より「針金が通してある」の方が説明としてシンプルかつ合理的なのに。
気になるのは、昨日(日付は今日かも)ロ事件について書いた「情報遮断」がここでも起きている、ということだ。アポロ欺瞞説はいわばFAQなので『S』でも紹介されているような反駁サイトがちゃんと存在している。このトピックについて検索していればたいてい出くわすはずなのだが、ビリーバーの方々はやはり見ないのだろうか? もっとも単なる妄想ではなく陰謀説にはまってしまうと、たとえ見たところで目は覚めないのかもしれない。なにしろ陰謀説は反駁不可能な(ポパー流にいえば反証不可能な)議論だから、反駁サイトの存在も陰謀ということになってしまうのだろう。
もう一つ、『S』が問題にしているのは人々の「記憶の悪さ」である。これは他の事例でも大きな要因になっている。小熊英二に言わせれば「新しい教科書を作る会」的主張を巡る混乱も人々が「左翼ナショナリズム」を忘却していることにその一因があるわけだし、日教組が自虐史観を教え込んだなどという主張も、自分の子ども時代をきっちり思い出してみればたいていの人間はアジアの近代史について(そして戦争について)ろくな教育など受けていないことに気づくはずだ。この調子ではロッキード事件でも同じようなことが起きかねない。というよりネットの世界ではすでに起きていると言ってよいのかもしれない。すでにロッキード裁判についての記録も参照しづらくなっており、たとえ検証しようと思ってもかなり骨が折れる作業になってしまうからである。デタラメをいうのは簡単だが、それを検証して批判するのはその何倍も手間がかかると立花隆もこぼしていた通りである。
さて『S』で明示的に語られてはいないが感じたこととして、やはりギャグセンスの欠如は陰謀説と親和性が高いのだろうか、ということ。陰謀説の一つに、アメリカ政府がキューブリックに捏造映像を撮るよう依頼したというものがあるらしい。それについて証言している人間の1人に映画プロデューサーの「ジャック・トランス」がいる…となれば映画ファンなら「ぷっ」と吹き出すはずだ。たとえ映画ファンでなくても、この問題をまじめに検証しようとしてキューブリックや「ジャック・トランス」氏のフィルモグラフィーを調べてみれば、キューブリックが捏造映像を依頼されたというはなしがギャグであることは明白だ。キューブリックの映画『シャイニング』の主人公の名前が「ジャック・トランス」なのである。
これに関連して考えさせられたのは、この手の批判作業の戦略についてである。The
Skeptics Society
に代表されるように、いろいろな団体や個人が「トンデモ」理論への批判作業を行っている。ロ裁判に関する立花隆の仕事もこのカテゴリーに入れることができるだろう(もっとも、最近では立花隆自身がこの手の作業の対象にされてしまっているが)。と学会はこうした作業をエンターティンメント化したということができる。だが批判作業をする際に、トンデモ説の信奉者自身に反論してゆくことを目指す場合と新たな同調者が増えるのを防ぐことを目指す場合とでは自ずから戦略も違ってくるだろう。と学会のような「笑い」による批判は後者には非常に有効だと思われる。だが信奉者にとっては要するに「笑われている」わけであるから、たいていはかえって意固地になるだけだろう。前者の目的にとっては地道に反証してゆくのが筋ということになるわけだが、デタラメを言うよりデタラメを批判する方が手間もかかるし、なにより第三者の興味をひけずに終わるか下手をすれば対等に議論しているように勘違いされてしまいかねない。難しいところである。
さてこれ以外に気になったネタは以下の通り…。
・『帝都東京・隠された地下網の秘密』や『1421』のように平積みで売られていた本がとりあげられていること。
・東浩紀がとりあげられていること。ポストモダン系思想は例のサイエンス・ウォーズで手痛い打撃を被ったばかりなのに。しかし自然科学ならともかくサブカルチャー関係で粗があるとなるとかなりきついはなしになるはず。
・そうそう、朝日新聞の書評メンバー、天外伺郎は『T』でとりあげられている。これで小米朝を起用した産經新聞とはタイということになる。トンデモはイデオロギーを越える…!
・トンデモ本ではなくトンデモな議論を批判した本が目次に並んでおり(ロフタスらの『抑圧された記憶の神話』など)、立ち読みした人間には誤解を与えかねない。
Posted: 月 - 7 月 26, 2004 at 11:23 午前
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