『ドーキンス vs. グールド』、『ナベツネだもの』、『悩み多き哲学者の災難』


キム・ステルレルニー、『ドーキンス vs. グールド』、ちくま学芸文庫
石黒謙吾、『ナベツネだもの』、情報センター出版局
ジョージ・ハラ、『悩み多き哲学者の災難』、ハヤカワ文庫

『ドーキンス vs. グールド』
ドーキンスとグールドの学説の要点をコンパクトに解説し、両者の相違点を整理したもの。タイトルに反して両者の共通点(要するに両者ともダーウィンの思想的子孫である)も確認されている。簡潔にしてコンパクトなのが美点だが、その分内容はあまり濃くない。これからドーキンスやグールドの本を読もうという人がそれに先立って読んでおくにはいいかも。しかしわずか200ページ程度の文庫で価格が千円とは…そこそこ売れる可能性があるタイトルなのだし、もうちっと考えてもらいたい。ハヤカワ文庫から出ていたら半額だったろう。
素人なりにグールドとドーキンスの「対立」を考えるに、ステルレルニーの結論はまず妥当なのではないだろうか。純粋に進化についての理論としてみれば、どちらか一方が全面的に正しいということはまずありそうにない。また、両者の共通点を考えれば相違点は自然科学のどの分野にもふつうにみられる程度のものでしかない。両者の「対立」が実態以上にクローズアップされるのは進化論(生物学)の社会的影響力によるところが大である。筋金入りのリベラルであるグールドが(社会生物学への徹底的な批判に代表されるように)進化論の政治的含意に敏感である(あるいは過敏である)のに対し、ドーキンスの方は「社会の中の科学」についてもっと楽観的な見通しを持っている、ということである。この論点に関しては『社会生物学の勝利』を途中まで読んで中断してしまっているので、そろそろ続きを読まねば。
グールドに捧げるパンダの掌↓



ところでBBCだかCNNだかを観ていたら、英語ではパンダの赤ん坊も Cub と呼ぶことを知った。

『ナベツネだもの』
ナベツネの暴言・珍言集を集めて分類・コメントしたという、ネタ本。というわけで特にコメントすべきことはないが、あのナベツネが「君が代は好きじゃない」とか子ども時代に「天皇を『テンちゃん』とかいう呼び方をしていた」などと語っているのはやはり世代(天皇の名のもとに殴られた世代)を感じさせて興味深い。小熊英二の『〈民主〉と〈愛国〉』における分析を非常に単純化することになるが、やはり日中戦争〜太平洋戦争のあの時代、「人を殴る立場にあった人間」「殴られる立場にあった人間」「どちらでもなかった人間」の違いが戦争観に及ぼす違いはかなり大きいのではないか。

『悩み多き哲学者の災難』
ミステリのなかの「巻き込まれ」型とでもいった(多分マニアの間ではそれなりの分類名があるのだろう)ストーリー。ここでは主人公を哲学教師にすることによるユーモアを狙っている。その点ではまあそれなりに楽しめるが、特に濃いネタが含まれるわけではない。主人公と妻との関係をもうちょっといじくっていけばダークな感じになってそれはそれで面白かったのではないかと思うのだが、ちょっと中途半端。

Posted: 水 - 11 月 17, 2004 at 03:36 午後          

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