『ハードワーク』
ポリー・トインビー、『ハードワーク 低賃金で働くということ』、東洋経済新聞社
イギリスの女性ジャーナリストが荒れた公営住宅に住み、身分を隠して低賃金の職場を渡り歩いた体験に基づくルポ。以前にとりあげた『ルポ 解雇』と同じく一方の側からみえる光景である。しかし興味深いのは、著者が30年ほど前にも同じようなレポートをしたことがあり、折にふれてその時の体験との比較が試みられること。いわばサッチャー以前とサッチャー以後で労働者の生活がどう変わったか、を知るよい手がかりになるわけである。
日本との比較で興味深い点は次の通り。公共サービス部門の業務が民営化された結果、「作業区分の線引きは逆に厳しくなり、契約会社の管理職は従業員に、契約内容以外のことをするなといいつづける」(193頁)ため、かえって「柔軟性」や効率が損なわれている、という事例である。例えば病院の運搬係は「小柄な看護師が巨体の患者を抱き上げようと苦労していても」(74頁)、ただただ傍観していなければならない。日本ではどちらかといえば本来契約にはない業務をこなすことを強要される…というトラブルが目立つように思う(派遣労働者など)。また病院清掃の仕事では、著者が初日に1時間で片付けた仕事に3時間もが割り当てられているが、これは病院が業者に業務を丸投げしているため、必要な労働時間がきちんと見積もられていないからだ。病院と労働者の間にはいる業者だけが丸儲け、というわけ。
以前にギュンター・ヴァルラフというドイツのジャーナリストがトルコ人労働者に変装して移民労働者の労働現場を暴露した『最底辺』というルポがあったが(岩波から邦訳が出版されていたが、品切れ重版未定)、本書の著者は意図的にそうした“最底辺”の職場を避けている。あくまで合法的な労働条件でどのような生活が営めるのか(合法的にどこまで搾取できるのか)を明らかにするのが目的だからだ、という。著者が渡り歩く職場にはもちろん移民もいるが、本書では(著者が女性ということもあって)白人を含む女性労働者のおかれた状況について学ぶべきことが多い。育児と両立させるために、細かなシフト割り以外にはなんのメリットもない職にとどまらざるを得ない、実は高い技能を必要とするのに“女性にとってはあたりまえの仕事”と見なされるために報酬が低い職(介護職など)、などなど。イギリスですらいまだに労働市場で女性性が搾取されているとするなら、日本の状況は推して知るべしである。
人々はなぜ劣悪な労働環境に甘んじるのか。経済学の教科書には載っていない様々な事情があることが指摘されている。上述の通り育児中の女性は細かなシフト割りがなされた職しか選べない。また、通勤時間や交通費も最低賃金すれすれで働いている人々にとっては無視できない要因だ。バスや地下鉄の運賃もバカにならず、また低い給与を補うために仕事の掛け持ちをするとなれば通勤可能な職場は自ずと限定されることになる。また、興味深いのは、労働条件の悪さそれ自体が同僚との間の強い絆をつくり出し、条件の悪い職場にとどまる心理的要因になっている、という指摘である。
Posted: 土
- 10月 1, 2005 at 12:21 午後
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