野良猫さんの「日中戦争と南京事件の責任論ほか」にお答えする


野良猫の備忘録――北国出張版、メモ58「日中戦争と南京事件の責任論ほか」について

これは「反復されるパターン」および「あの戦争がなかったら」という二つのエントリにトラックバックを頂戴したエントリへの反論です。前後の事情などについては bluefox014(青狐)さんの「クッキーと紅茶と」におけるエントリ、「ロケンロール愛好家同士(笑)の議論」およびそれ以降のエントリ、コメントをご参照ください。
以下、野良猫さんのエントリにおける小見出しにしたがって検討させていただきます。
・「南京」という地区の定義について・
なるほど、野良猫さんが「南京の人口は20万人」とおっしゃる時には安全区のそれを意味しているわけですね。これで無用な混乱を避けることができます。
さて、すると問題になるのは、事件当時城内に設けられた安全区において30万人が殺害された、と主張しているものなど一人たりとも存在しない、ということです。東京裁判はもとより、野良猫さんが言及している南京裁判(南京軍事法廷)での有罪判決においても、虐殺や略奪、放火、強姦などが行なわれたのは「南京市各地区」および「中華門外〔つまり城外。引用者〕の花神廟・宝塔橋・石観音・下関の草鞋峡などの箇所」などとされています。したがって、「30万人虐殺」が不可能であると主張したいのなら、安全区の人口を問題にしてもなんにもならないのです。南京事件の被害規模を推定する際にベースにすべきなのは、城内のうち安全区の外、および城外にどれくらいの中国人(軍民あわせて)がいたか、なのです。それゆえ、「人口が20万人しかいないところで30万人殺せるはずがない」という主張は、たとえ「虐殺の規模は30万人もなかった」という結論が正しいとしても、論証としてはまったくデタラメであり、デマゴギーとしかいいようがありません。
なるほど、日本軍が迫るにつれて南京城内から(および南京市から)脱出する市民が多数いたことは事実です。しかし安全区を除く南京市が無人地帯であったなどということはありません。避難できなかった多数の市民に加えて、逆に城内に避難してくる人々もいたからです。「マボロシ」派が「30万人虐殺などあり得ない」と主張したいのなら、南京軍事法廷が判決において言及している地域における人口について具体的な主張を行なわねばなりません。
また、次の部分を読むと、どうやら野良猫さんは南京事件をめぐる(日本での)議論の性格を根本的に誤解しておられるようです。

 終戦後の「南京裁判」で裁かれたのは、南京攻略戦に際しての「虐殺」であって、笠原十九司らが述べているように「南京周辺の地区も含めた範囲で、数ヶ月にわたって続けられた虐殺総数」という意味ではありません。
 たとえば「百人斬りは据えモノ斬りだったに違いない。だから事実だ」というように、日本側の知識人が辻褄合わせをするために作り出した、後付けの内容に過ぎない。

日本の研究者のなかに、南京軍事法廷の事実認定が正しいと考えているひとは(私の知る限り)ただの一人もいません。しかし裁判と歴史学とではそもそも(歴史的)事実に対するアプローチが異なるのです。裁判においては、被告の有罪・無罪を決するに必要な範囲で事実が認定されればたります。必ずしも事件の全体像や細部が完全に明らかにされる必要はありません(これはふつうの刑事裁判についても同じことです)。日本の研究者同様、私も南京軍事法廷の事実認定は正確ではないと考えていますが、四人の被告の有罪判決を覆すほどの誤りが見いだされない限り、これは二次的な問題でしかありません。他方、歴史学者の関心はもっと多様です。戦犯裁判の事実認定を検証することを主たる関心とする歴史学者もいるでしょうしそれはそれでよいのですが、南京攻防戦前後の日本軍の戦争犯罪をその全体像においてとらえることを目的とする歴史家もいます。後者のような歴史家が、戦犯裁判の判決によって自らの研究を制約されるいわれはありません。むろん、重慶爆撃の被害者までを「南京事件」のなかにひっくるめてしまうようなことがあれば「いくらなんでもそれは無茶」と反論することもできましょう。しかし「南京特別市」という名前のついた地域における事件を研究者が自らの考えで「南京事件」と称することは、他の研究者との関心の違いが明記されている限り、「後付けの内容」でもなんでもありません。
「百人斬り」については野良猫さんは jimusiosaka さんの「jimusiの昼寝」ですでに醜態を晒しておられるのに(http://d.hatena.ne.jp/jimusiosaka/comment?date=20050928#c)また蒸し返すとはちょっとびっくりしました。「百人斬り」は別に中国側が言い出したことではなく、日本の新聞が(戦争美談として)喧伝したものです。そしてその新聞報道が少なくともその骨格においては当事者たる二人の少尉の談話に基づいていたことは、遺族が行なった損害賠償訴訟の判決でも認定されています(青狐さんの http://d.hatena.ne.jp/bluefox014/20050825 などをご参照ください)。その実態が戦後の研究によって明らかにされたのはなんの不思議もなく、不当なことでもありません。

さて、私が議論していたのは本来「人口が20万人しかいないところで30万人殺せるはずがない」という論法の妥当性、ついで「マボロシ」説の妥当性なのですが、なぜか野良猫さんは「責任論」へとはなしを広げてゆきます。議論の土俵を広げてゆくことは(それが生産的なら)歓迎すべきことではありますが、それならばまずは当初の論点についてきっちり答えていただきたいものです。繰り返しておきましょう。「30万人虐殺などあり得ない」と主張したいのなら、南京軍事法廷が判決において言及している地域における人口について具体的な主張を行なわねばなりません。
しかしせっかくですので、おつきあいしておくことにします。

日本側としては降伏勧告を送り、本来交渉すべき相手国政府ではない組織にも配慮した以上、ベストを尽くしたと言えるでしょう。
 前にも述べたことですが、この手順を踏まえている以上、南京戦で民間人に死傷者が出たとしても、市民に対する責任を放棄した南京政府に責任があると考えます(「南京事件」を南京攻略中に起きた事件と解釈した場合)。

ここには二つの論点が含まれています。市民の保護に関して南京政府(南京防衛軍)に大きな不手際があったのはこれまた全て(と言ってよい)の日本の研究者が認めていることです。しかしだからといって、捕虜や民間人の殺害を全て南京政府の責任に帰することができるかどうか。これが第一点。しかし野良猫さんの主張が成立するのは、虐殺の被害者が全て戦闘中に殺害され、かつ砲撃や銃撃の巻き添えなど偶発的に殺害された場合、に限られます。捕虜の殺害、戦闘が行なわれていない地区での民間人の殺害などはどう考えても南京政府のせいにすることはできません。保守派の歴史家、秦郁彦も「順序をつけるなら、やはり第一次責任は日本側が負うものと私は考える」としています(『現代史の争点』、文春文庫、20頁)。
もう一つの、より重要な論点は、“そもそもなぜ南京で戦争が起こったのか?”というものです。「歴史的経緯」にうるさい野良猫さんのことですから、南京攻略戦が上海事変後に現地軍の独断で行なわれたものであることはよくご存知でしょう。仮に「歴史的経緯」をとりあえず無視して上海事変における日本軍の軍事行動が正当なものだとしても、それが南京への攻撃を正当化するわけではないことはお分かりでしょう? 野良猫さんはこの点についてすでに青狐さんと議論しておられるのですから(http://d.hatena.ne.jp/bluefox014/20050414 に野良猫さんがつけたコメントに発する議論を参照)。
なるほど、南京政府の対応次第では民間人の犠牲はごくわずかであったかもしれません(もっとも、日本軍は南京城に至る過程でもすでに民間人を殺害していますから、疑問の余地なしとしませんが)。しかしそれを言うなら、そもそも日本軍が南京を攻撃しなければ犠牲者は出なかったわけです。こういう考え方こそ、「歴史的経緯」を重んじるものではないでしょうか?

「熊本兵団戦史」などの攻略に参加した将兵の記録には、南京入城時に市街での人影は皆無と記されています(この時点で残った住民は安全区へ待避済み)。よって、市街制圧中に数千〜数万の民間人を殺害する必然性も存在しない。

当事者の、しかも当事者に都合の良い証言をそのまま受け入れてよいかどうかを別にしても、「市街での人影は皆無」は家のなかなどに隠れていた人々の存在を否定しません。それゆえ、民間人の殺害があったことへの十分な反証にはなりません。「選り好み」せずに文献を読まれた野良猫さんなら、城内のうち安全区の外にも相当数の人数が残っていたとする証言があることをご存知のはずです。また、虐殺の多くは城内ではなく城外で行なわれたとされていることもご存知でしょう。

最大限に想像しても、脱出しそこねて潜伏した国民党将兵の摘発(これはラーベ日記にも記されている)であり、これは合法。

「摘発」と「殺害」は異なる。改めて言うまでもありませんね。

戦犯裁判の「南京裁判」として調べないと、全体像は理解しにくいでしょう。

まるで南京裁判が「南京事件」の唯一の出所であるかのようなおっしゃりようですね。繰り返しますが、南京軍事法廷の事実認定に問題があることは日本の歴史が全てが認めるところです。しかしそれでも職業的な歴史家のほとんどが事件の存在そのものは否定していません。なぜだと思いますか? ことに秦郁彦のような歴史家の場合、「自虐史観」やマルクス主義のせいで事件の存在を認めているわけではないことは明白ですよね?

・南京事件の責任論とか・

野良猫さんの小見出しにしたがっていますが、実際にはすでに「責任論」に立ち入っておられましたね。さて

 仮に「数百人、いや一人でも犠牲者がいたら虐殺だ。南京大虐殺だ!!」という反論があるとしましょう。

だれもそんな反論はしていない(私にしても、万のオーダーで犠牲者がいたことを前提にして、数は二次的な問題だとしています)でしょう。問われてもいないことに反論する前に、問われていることにきちんと答えていただきたいものです。国民党の責任云々についてはすでにお答えしました。「歴史的経緯」を恣意的に選択するのはいかがなものか、としか言いようがありません。

 このように「事件は政治的に作り出されたもの」とする考えと、Apemanさんのように「事件は起きていたが日本軍が調査してなかった」という間には大きな隔たりがある。

そうでしょうか? 野良猫さんにしても「伝聞で誇張」されていく元となった、民間人の犠牲者がいたこと自体は否定していないのでしょう? だとすればやはり日本軍がちゃんと調査しておけばよかったのです。なにしろ事件以後約7年、日本は南京を支配していたのですから。

こちらからですと「日本には戦争責任を否定している人間が居ます」と「善意」からご注進している方々こそが、事態を混乱させて中国側の「反日政策」を促進させているように見えてなりません。

別に「ご注進」に及ばなくても、中国政府は南京事件否定論の存在をちゃんと把握しますよ。

 基本的に、歴史観は民族や国家ごとにあるべきもの。むしろ、戦争した当事国同士が違う見解を持つのが当たり前であって、負けたから価値観を全否定する必要もない

なんで「あるべきもの」と断定されるのかさっぱり分かりませんな。むしろ歴史観は「民族」や「国家」が勝手にでっち上げてかまわないものではない、というのが私の考えです。「価値観を全否定」って一体何のことです? いま問題になっているのは不当な虐殺があったかどうかという「事実」なのですが。

国際政治上の「現実主義」としても、反日記念館などの過剰な反日政策を続ける中国に対抗して、日本政府は積極的に意見表明していく必要があります。

私が書いたことをちゃんとお読みになっていただいたのでしょうか。なにもそんなことに反対しているわけじゃありません。むしろ「マボロシ」派の存在が「日本政府は積極的に意見表明」することの妨げになっている、と主張しているのですよ。

その際に「歴史認識」で衝突したとしても、それは外交交渉では当たり前の事であり、気にする必要はありません。

外交交渉は子どもの喧嘩じゃないんですから、対立点を「気にする必要がない」では済まないでしょう。どうも野良猫さんは外交交渉を「相手の言うことを全てはねのける/相手の言うことを全て受けいれる」の二者択一でお考えのようです。私は「相手が受け入れ可能なこととそうでないこととを区別しつつ、こちらの主張を最大限受け入れさせる」ことが外交交渉だと思っていますので、「気にする必要」は大いにある、と言わざるを得ません。

ふむ……、当時5歳の子供に「特権階級」という自覚や意味なんて解るものだろうか……?
 その根拠が「使用人が居た・自分に現地人の態度が丁寧だった」というようなレベルなら、中国に住んでいた外国人家族の平均像に過ぎない(インフラが貧弱なので、人を使わないと家事をこなしきれなかった為。人件費も安かった)。

まさに立花隆が危惧した通りの反応で、彼の問題意識が正当なものだったことが確認できました。ありがとうございます。「当時5歳の子ども」への「現地人の態度が丁寧だった」、しかもそれが「平均像」に過ぎなかった、という事態がどのようにして引き起こされたのか、「歴史的経緯」を想像してみられてはいかがですか。
いいですか、洟垂れ小僧に対して「現地人」の大人が丁寧に接してくれる、これこそが「支配民族であること」なのです。他所からやって来た洟垂れ小僧に対して大のおとなが丁寧に接しなければならない、これこそが「異民族に支配されること」なのです。私が不思議でならないのは、ロシアの脅威を散々に強調される野良猫さんが「被支配民族」の立場にかくも無関心であることです。あなたの主張は「日本も列強に支配されていたかもしれない」という考えに大きく依存しているのではないのですか? だとすれば、「異民族に支配されることは受け容れ難い」ことだ、というのがあなたの思考の出発点になければおかしいのではないですか?

この世代は、終戦後にGHQの教育を受けた第一世代といえる立場で、彼自身が実生活での体験や思索の末に「日本は間違っていた」と悟ったわけではない。

なんの検証もなく他人の人生をこう総括できるとは恐れ入りました。だったら立花隆の世代(つまりいま現在60代半ば)で彼とはまったく異なる歴史観を持つ人間の存在はどう説明するのですか? あなたにとって心地よい歴史観は「体験や思索の末」にたどり着いたもので、あなたにとって不愉快な歴史観はそうではない、という決め付けだとしか思えません。

 本当に「戦前」と「戦後」を比較したいなら、戦前に朝鮮半島や満州・租界などで働いていた経験のある、もっと上の世代から聞くべき。そういう本もたくさんある。

なるほど、「たくさん」ありますね。しかし「選り好み」せずに読まれましたか? こんなのはいかがですか? ちなみに私の祖父も「朝鮮半島(…)で働いていた経験」がありますが、間違いなく野良猫さんではなく私を支持してくれるでしょう。時折はなしを聞かされましたから。念のため、祖母は「日本はいいこともした」が口癖でしたから、「偏向教育」は受けていませんよ(笑)

 それならば「合理的な振る舞い」とはどのような選択だったのでしょう?
 Apemanさんは「人間には無限の可能性と選択肢がある」と信じる若者なのかもしれませんが、現実に生きる私たちの力はたかの知れたもので、選択肢も限られている。
 ある時点での状況のなかで、持ち合わせている力量を越えた選択肢を選ぶことは出来ないのです。

念のために言っておきますが、私がここで言った「合理」性とは目的合理性のことであって価値合理性ではないので。それにしても目一杯シニカルに書いてみせたエントリについて「「人間には無限の可能性と選択肢がある」と信じる若者なのかも」と評されるとは…(笑) 端的に言えば、中国とアメリカを同時に敵にまわして戦争をすることこそ、当時の日本にとって「持ち合わせている力量を越えた選択肢」だったのではありませんか? それが証拠に惨憺たる敗戦を迎えたではないですか。あれほどの敗戦を被るくらいなら、中国における権益に関して他の列強と妥協するくらいどうということはないでしょう。

 アマ初段の将棋指しが、プロの四段と戦わねばならないような事が起こるのが「現実」であり、負けた理由の「分析」は必要ですが、その当時に「勝てる手」を選べなかった人間を断罪して悦に浸るような気にはなれません。

この譬えを借りるなら、「アマ初段の将棋指しが、プロの四段と戦わねばならない」ような事態をわざわざ自分で招いたのが非合理的だ、と言っているのです。

 これが「だらしのない思考」であり、周囲の状況に関係なく、日本側の努力だけで当時の状況が全て打破出来たはずとお考えならば、それこそが「独善的」な観念論そのものでしょう。

いったい誰が「周囲の状況に関係なく」などと言いましたか? そもそも日中戦争(さらには満州国の建国にしても)は確固とした国家戦略に基づいてはじめられたわけではなく、現地の独走だったことはご存知ですよね? それが「運命的」ですか? あなたのような方が好んで語るように、朝鮮半島と台湾の植民地支配については欧米列強から追認されていました。欧米列強の利害だって一枚岩ではないのですよ。例えばロシアが中国における権益を独占しようとしたとすれば、他の欧米列強もそれに反対したことでしょう。列強間の利害対立を利用しつつ、軍部の独走を抑え、日本の国益を追求する…ことができないほど、当時の日本人はバカばっかりだったと野良猫さんはおっしゃるのでしょうか?

最近の事例でいうなら「イラク戦争は、イラク側の努力のみで戦争を回避できたはずである」と述べているようなものです。

これはそもそも例えとしてまったく不適切です。当時の世界には、現在のアメリカに匹敵するような突出した超大国は存在しませんでした。

・日中戦争とか・
>「日中戦争を「自衛戦争」とする見地にしがみついておられるのでしょうが、
>そのために「歴史的経緯」を恣意的に構成していることはすでに指摘した通りです。

 すみませんが、まだ具体的な指摘を頂いていません。

青狐さんのところでの議論でご自分がおっしゃったことをお忘れですか?

 いいえ、戦争終結後も一定の友好関係を維持したいという、政府関係者のリップサービスに過ぎません。支那事変よりずっと以前から、国民党上層部と日本軍高官の交流は続いていましたし、政治を抜きにすれば友好関係は悪くなかったのです(辛亥革命も日本が支援している)。

これがどのような意味で私への反論になっているのか、さっぱり分かりません。

 日本が得ていた権益は、他国と同様に国際条約によって結ばれたものであり、それ自体は「侵略」でも何でもありません。

逆の立場だったらどうおっしゃるかうかがいたいところですが。それにその「国際条約」なり中国の「条約破り」が南京攻略を正当化する、という論証に野良猫さんはすでに失敗しておられるはずですが。

 ……? すみませんが、意味がよくわかりません。日本企業が日本軍の助けを借りて工場の工員を強制連行したとか、農地を奪い取ったようなイメージでもお持ちでしょうか。もう少し具体的にお願いします。
(中略)
「侵略戦争」と言うならば、戦争目的や占領計画というものが日本側に必要です。南京政府を打倒して中国全土を領土化するような、具体的なプランが無ければならない。

そういう「オレ様定義」で侵略戦争を語っても意味がない、と申し上げたはずですが?

 国民党側から軍事的挑発を繰り返した末に、国民党軍の攻撃から始まった支那事変ですが、それがいつの間にか「日本軍=侵略者」という結論になるのが不思議でなりません。

「歴史的経緯」をよく振り返ってください。あなたの言う「国際条約」締結のプロセスまで含めてです。また、被害者/加害者という「固定化」した図式に囚われているのは野良猫さんの方でしょう(「南京事件=中国の謀略」説にみられるように)。日本も中国も、与えられた条件のなかでその条件を変更しようと努力していた政治的主体でした。あらゆる政治的主体がそうであるように、日本にしても中国にしても、完全に能動的(=思ったことはなんでもできる)でもなければ完全に受動的でもなかったのであり、そのような前提のうえで私はあの戦争を考えているのです。そして、私がもっぱら「当時の日本になにができたか・なにをすべきだったか」という観点からあの戦争を考えるのは、私が日本という政治的共同体の一員だからであって、それ以外の理由はありません。

・ロシアと植民地支配とか・
これについては野良猫さんのブログのコメント欄で質問させていただいてますので、そのお返事を待ってお答えすることにしましょう。

・歴史観とか・

 その「多くの」とは、誰の事なのでしょうか? 

私はちゃんと「多くの歴史家」と書きましたが? 庶民が語り継ぐ歴史/国家や一部の知識人が押しつける歴史、という単純きわまりない二元論への批判だということがお分かりになりませんか?

 家族や親戚・生まれ育った地域などの「土着感覚」をベースにしてから、歴史教科書などで国レベルの範囲を学び取る。そして、その過程で「理論と実際」の差を補完し合いながら自分なりの歴史観を作っていくのです。

近代社会において「土着感覚」なるものがどれだけ確かに存在しうるものか、また「範囲」がなぜ「国レベル」で終わるのか、この二点を除けば異論はありませんよ。問題は野良猫さんの「歴史観」観には「他者」が存在していないことです。どの国でも「国民の歴史」が「他者」という「視点」を欠きがちであるのは確かですが、多くの歴史家はそれをよしとしていません。

・歴史修正主義とか・

 ホロコーストと南京を比較することは、ユダヤ人に対する侮辱になります。民族浄化と戦争犯罪という違いを理解していないと受け止められるからです。

南京事件否定論を「歴史修正主義」と呼ぶことは、別にホロコーストと南京事件の相違を無視することではありません。ナショナル・ヒストリーにとって瑕となる出来事の否認、という「ホロコースト否定論」と「南京事件否定論」との共通点に着目しているだけです。南京事件否定論を歴史修正主義と呼ぶことに対して、ユダヤ人団体などから抗議があったという事実でもあるのですか?

 分析が間違っていれば、普通にそれを指摘すればいいのであって「歴史修正主義」という確信犯のような例え方はよくありません。

「間違い」というより「欺瞞」だと思いますが、それはさておき間違い方に一定のパターンがあるのなら、そのパターンに名前がつくことにはなんの不思議もないでしょう。

 どうしても使いたいならば、「あなたは日本を肯定するために、私情を分析に優先させていませんか? それは歴史修正主義ですよ」と付け加えればいいでしょう。

ええ、だから申し上げたでしょう。「修正主義だから駄目」は「方法論的に間違ってるから駄目」ということを意味します。そしてどう間違っているかについてはあちこちでいやというほど指摘されていますので、「選り好み」せずに文献を読んでみてください、と。

 そもそも、そういう言葉を使う事自体「私はあなたに比べれば『真の歴史』を知っている」という前提になるわけですから、あまり気分のよいものでもありません。
 こういう指摘をするのは心苦しいのですが、全く気づかないというのも議論以前にどうかと思います。「歴史修正主義」という言葉を誰かに使う事自体が、自らの観念論を正当化させるレッテル貼り行為ではないでしょうか。

ご自分の主張がアカデミックな世界でどう扱われているかご存じないわけでもないでしょうに…。どんなものでも誰かが主張すればひとしく「真理の候補」としての地位が与えられるほど、学問の世界は甘くないと思いますよ。安全区の人口が20万人だったからといって、主として城外で30万人殺害されたという主張を反駁できると考えるような人々に対して、学問としての歴史学は寛容ではないのです。
それに、私の方がずいぶんと「真理」に対して謙虚な態度をとっていると私は自認していますが(職業的歴史家への敬意も含めて)。野良猫さんがあれほどの自信を持って「南京事件はマボロシだ」と主張できることが、私にとっては驚きです。

 Apemanさんがここまでの歴史観を培ってきた、参考資料などを紹介していただけると助かります。

と言われても意識している影響と無意識的な影響との両方がありますから、難しいですが。学校教育とは別のかたちで改めて歴史に興味を持つようになったきっかけ…という意味では、日本なら網野善彦、それ以外ならアラン・コルバンなどの著作でしょうか。

Posted: 日 - 11月 27, 2005 at 03:54 午後          

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