イランの米大使館占拠事件25周年
CNNをみているとイランのアメリカ大使館占拠事件から25年、とのことで小特集が。
番組ではこの事件をアメリカとイスラム原理主義との初めての対決、として位置付けていた。原理主義
fundamentalism
という用語は本来19世紀にアメリカで起こったキリスト教復興運動の自称なのだから、「イスラム原理主義」という呼称は不当であるという異議がイスラム研究者を中心に出されているが、ともあれ西側社会が「イスラム」と「原理主義」という二つの語を結びつけるようになったのはこの大使館占拠事件がきっかけである。しかし公正を期すならばアメリカの宗教右派についても「キリスト教原理主義」と呼ぶべきである。
さらに注目すべきことは、この事件の際在任中であったカーター米大統領こそが「福音派」の信者であることをアピールして当選した初めての大統領であった、ということである。つまり原理主義的な信仰が政治の表舞台に立ったという点でアメリカはイランに先んじていたのである。皮肉と言えばこれほどの皮肉はなかろう。しかもこのキリスト教右派の主張といえば性的役割分担の肯定、中絶への反対、公立学校での祈祷、進化論ではなく創造説の授業…などであるのだから、イスラム教徒キリスト教との違いを除けばアメリカこそがタリバーン時代のアフガンやイラクにもっとも近い国なのである。
さてCNNではパーレビ政権がアメリカの後押しによるクーデターでできたことに言及していたし(イラン・コントラ事件への言及はなし)、出演した元大使館員の「恨んではいないが、謝罪してほしい」という発言も元人質のそれとしては節度あるものである(ただし彼は民間人ではなく、アメリカの対中東政策に加担していた人間なのだから、無辜の被害者とは言いがたい)。しかしながら、他国でクーデターを画策し腐敗した政権を押し付けたことを謝罪、反省するという発想はないようである。やれやれ…。
Posted: 金 - 11 月 5, 2004 at 01:47 午後
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