"Un"united States of America
アメリカ大統領選挙の結果が確定
どちらの候補が勝つと予想したかに関わりなく、大方の予想通りだったのは両候補の勝敗の地理的分布が極めて明確だったことだ(逆に大方の予想を裏切ったのは、開票結果をめぐってさしたる紛糾が起きなかったことだ)。もちろん「都市部」対「地方」という色分けは日本の場合にも相当程度あてはまるが、両国の事情はずいぶん異なる。日本の場合、都市部と痴呆の対立は基本的には経済的なリソースの分配をめぐるものなので、例えば「自民党はもはや地方に金を持ってくる力がない」といった認識が一般的になれば大掛かりな政界再編成が生じる可能性はある。ところがアメリカの大統領選挙の結果は、こうした視角からだけでは到底説明不可能である。もちろん日本にも「天皇制」「戦争責任」「憲法9条」といった非経済的な、宗教的といってよい側面を持つアジェンダはあるが、自民党にしても民主党にしてもこれらの争点について一枚岩というわけではないので、アメリカほど宗教的な要因が党派的対立の軸になることがない。昭和天皇に戦争責任があるかどうかという対立は、アメリカにおける人工妊娠中絶をめぐる対立に負けず劣らず根深いものだが、少なくとも日本の場合両陣営は「責任」という同じ語をめぐって対立しているのである(それぞれがこの語に代表させている概念には食い違いがあるだろうが)。しかしアメリカの場合、最も重要な対立軸が「近代的な政教分離、政治と道徳の分離の原則に忠実な側」と「政教分離に消極的で、政治と道徳の一体性を主張する側」という、極めて基本的な政治原則に関するものになりつつある。両者の間に共通のことばはあるのだろうか…。
また、アメリカの州がもつ独立性は日本の都道府県のそれとは桁違いに大きいので(なにしろ死刑の有無といった違いまである)、今後「民主党支持者は民主党の強い州へ」「共和党支持者は共和党の強い州へ」と人口が移動する可能性もあり、そうなれば前回・今回の選挙で明確になった党派性の地理的分布はいっそう強化されるかもしれない…。先日映画『クライモリ』に言及した際にも書いたことだが、『イージーライダー』や『悪魔のいけにえ』を初めとして「都会の若者が田舎で理不尽に殺される」というプロットが繰り返し描かれてきたことは、都市部と地方との文化的対立が必ずしも昨日今日はじまったものではないことを示しているが、ブッシュ陣営がキリスト教原理主義者の票を積極的に掘り起こしたために、文化的対立が政治的対立としても現れるようになったということだろう。
Posted: 木 - 11 月 4, 2004 at 07:03 午後
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