2002年10月14日に、新潟市で「朝の読書新潟交流会」が行われました。主催者の押木和子さんから報告書をご提供いただき、転載させていただくことを快諾していただきました。ここに、心よりの感謝を表します。
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はじめに
「朝の読書」新潟交流会実行事務局 押木和子
「朝の読書新潟交流会」も4回目を迎えた。第1回交流会は新潟東高校の会議室をお借りして、数人で話し合ったささやかな会だった。今年は90名の参加者が信濃川会館に集まり、1日の日程で交流しあうことができ嬉しく思う。
千葉県の林公氏が提唱し、大塚笑子氏が最初に行った「朝の読書」は「みんなでやる。毎日やる。好きな本でよい。ただ読むだけ」というシンプルな教育実践である。現在「朝の読書」を実施する学校は全国で一万校を越えている。(朝の読書推進協議会調べ)新潟県内も特に今年度に入って実施校が大変増えた。平成14年11月25日現在の朝の読書推進協議会の調査によると、新潟県内の小中高校の「朝の読書」実施校は453校だという。しかし、実施校同士が情報を交換しあったり、相談しあったりする場がなかなかない。小中高の教師や司書、そして「朝の読書」に関心のある市民が一堂に会し、共に考え、元気を得られる場にしようと交流会を続けてきた。
今年度のテーマは「朝の読書実践のために…公共図書館・学校図書館との連携を考える」とした。昨年度の交流会の意見交換の場やアンケートの回答の中に「朝の読書を成功させるには図書館との協力や連携を考える必要があるのではないか」という指摘があったからだ。そこで、午前中は、公共図書館の立場から栗村節子さん、学校図書館の立場から神田美和子さんよりご講演をいただいた。午後は、小中高それぞれの実践発表をおこなった後で分科会に別れて、子どもたちが本と出会う場としての図書館の可能性を探った。やや盛りだくさんの内容であったが、さまざまな立場の方の声を聞くことができ、図書館の側から「朝の読書」を見直すきっかけとなった。参加者同士が直接意見交換しあう時間がとれなかったのが残念であったが、来年はその点を改善し、参加型の交流会をめざしたい。
読書とはそもそも個人的な行為であり、それぞれが自分自身と向き合う時間である。しかしさまざまな要因から、大人も子どももその時間がとれなくなっている。私は、子どもたちも大人たちも本に向き合い、本来の学びの時間を共有するのが「朝の読書」だと考えている。小学生、中学生、高校生、そして教師、ひとりひとりにとって読書の意味や、あり方は異なるだろう。読みたい本も読み方も違ってくるだろう。ひとりひとりが自分の求める本に出会って読書する喜びを味わえるように、子どもたちも教師も生き生きと毎日が送れるように、交流会を通して具体的に考えていきたいと思っている。
9:00 受付開始
9:30 開会 「朝の読書」のこれからについて
朝の読書実践研究会 片桐史裕朝の読書推進協議会より
朝の読書推進協議会 押木和子10:00 講演 「公共図書館の立場から」
白根市立図書館長 栗村節子11:10 講演 「学校図書館の立場から」
新潟市立有明台小学校司書 神田美和子13:00 実践発表
新潟市立白山小学校 高橋博恵
富山県八尾町立八尾中学校 寺田奈緒子
柏崎常磐高等学校 和田忠篤14:40分科会
1「私の紹介する本」 2F万代の間 後方
講師 新潟北高校司書 小柴益子
2「子どもたちと物語を楽しむ」 3F八千代の間
講師 新潟市立青山小学校司書 田村あづさ
3「子どもたちの読書環境を整えるためには」 2F万代の間 前方
講師 新潟市立江南小学校司書 大矢美智子15:50閉会
1 「朝の読書」のこれからについて 朝の読書実践研究会 新潟県立高田商業高等学校 片桐史裕
1)アンケートより「朝の読書」の問題点
a)中学校における「朝学習」の時間に朝読を実施している学校が多い。そのため中学では全校一斉への導入はしやすい。
b)職員の共通理解
職員の「共通理解」は得られないというところからスタートしないといけない。
何のために「朝の読書」をするのか、という共通認識を持ちにくいのが現状。c)「朝の読書」の目的「4原則」とは?
「みんなで読む」「毎日読む」「好きな本でいい」「ただ読むだけ」が最初からできたら奇跡だろう。どれか欠けていたらそれを補う努力をするべきではないか。
d)マンネリ論
朝読の目的は学校の数、指導者の数だけあっていいはずだ。自分は「世界の平和のために読書してほしい」と生徒たちに言ってきた。マンネリに陥ることはないのではないか。
2)全国の動き
a)朝の読書推進協議会……「朝の読書」の顔。メディアへの発信が中心。
朝の読書実践研究会……「朝の読書」についての学習の場。
朝の読書連絡会…… 「朝の読書」の組織だった普及活動すべて、「4原則」をもとに「朝の読書」の活動を援助し、広める会である。
b)他の会との関係
「朝の読書ネットワーク福島」(現、「読書コミュニティネットワーク」)
1つ違うのは「4原則」をもとにしていないというところだろう。「百冊表彰」などがある。
4原則「みんなで」というところから、「全ての人が主役になるのが読書であるはず」というのが「朝の読書」の考え方であり「一部の真面目な子どもを主役にしよう。」という考え方ではない。
c)ブーム?
今年になり実施校1万校を超した。文部科学省の「学びのすすめ」に「朝の読書」という言葉が出たことも影響しているのだろう。しかし「朝の読書」は最も「学校的」ではない活動である。成果、効果にこだわってはいけない。今までの学校観にとらわれない認識が必要だと思う。
「子どもは有能であり、学びたがっている。学び合いたがっている」という認識を持っていたい。
全国で朝の読書を実施する学校が10000校を越えた。新潟県は全国で二番目に実施校の多い県である。ただ実施率は45%くらいなので、まだまだこれから広まっていくだろう。
しかしながら学校図書館で本が不足しているという深刻な問題になっている。図書の整備費を要求し、図書 環境の整備に取り組み、子どもたちの周りにいつも本があるようにして欲しい。議員に折に触れてお願いすることも大事なことである。
「朝の読書」が広がっていることで朝日新聞10月29日には河合隼雄さんと大塚笑子先生と吉田法子先生の鼎談が、「婦人公論」11月号に遠山文部科学大臣と大塚笑子先生との対談が掲載されるのでぜひご覧になってほしい。
1 「公共図書館の立場から」 白根市立図書館長 栗村節子
小さい頃から本が好きで、10歳のときから公立図書館を利用してきた。夫の転勤であちこちをまわったが図書館がいつも身近にあり、ラッキーな巡り会いをしてきた。ところが、大阪堺市に転居してみると人口80万都市なのに1館しか図書館がないことにショックを受けた。そこで、子どもたちはあの素晴らしい本にどこで巡り会うのだろうという思いで家庭文庫を始めた。文庫活動をしていて団体貸し出しをお願いするのを皮切りに、図書館整備のための住民運動をしてきた。日本では住民が声をあげないとなかなか変わっていかない。住民にとって衣・食・住に加えて、心が豊かになるものを整備するのが国の役目だと考えている国には、たくさんの図書館がある。堺市の姉妹都市であるバークレー市を訪れたとき、人口50万都市で、38館の図書館が当然必要なものとして整備してあった。その豊かさに驚き住民運動を続けてきた。住民運動は、行政を突きあげる方法は取らないで、共に話し合って「義務を果たしてもらう」という姿勢で、おだやかにやってきた。
平成11年に白根市に招かれ、図書館作りを手がけてきた。すでに建物は建設中だったが、2週間のうちに図書館計画を作った。市内全域サービスのためにブックバスを走らせることにした。、越谷市立図書館から中古バスを譲り受け、バスに載せる本を2万冊浦安図書館から譲り受け、バスを置く車庫を造ってもらった。ブックバスは暫定的な措置ではあるが、今は放課後や昼休みに、市内の小・中学校を回っている。図書館運動は単に建設運動にとどまっていてはいけない。図書館がこんなにも役に立つものだと気づいてもらうためにも必要なものである。
読書というのは、自分独自で行うものだと考えていたので、初め「朝の読書」を知り教室で一斉に読書すると聞いたときは、多分家の子どもたちだったら「なんで一斉に読まなあかんねん」て言いそうだと思った。しかし最近の子どもたちの状況を考えてみると、画塾で不登校生や非行をする子どもたちとつきあううちに、これは先生たちがやむにやまれない気持ちで始めたものだということに気づいた。そして「朝の10分間読書」が「朝」に行われることが偶然にも自分が長年PRしてきたことと重なる部分があって感動した。我が家の例を話すと、子どもたちは2人とも本をよく読む子だったが、私が子どもと共通の時間を持ちたいという思いから始めたことだが、朝30分早く起きて、学校に行く前に2人の子どもと一緒に本を読んだ。子どもたちが6年生になるまで続けた。それによって子どもに感想を求めたこともないし、本を押しつけたこともない。ただ日常生活の中で、今でもふっと本の題名が出てきたり、主人公の名前が飛び出してくることがある。おかげで子どもたちに反抗期はあったが、「魔の中学2年」も無事クリアすることができた。一緒にやってみてよかったし、親子の絆をつくれたと思う。
私は本のススメ魔である。読んでおもしろかった本と出会うと人に薦めずにいられなかった。子ども時代は手当たりしだいいろいろな本を読んできた。4年生のとき石井桃子の『ノンちゃん雲にのる』を読んだときにストーリーだけでなくノンちゃんの目線を通して、日常的な物に目を向ける楽しさを発見した。こういう発見が本を読むことの楽しみの一つではないかと思う。これをきっかけにクラス中が「ノンちゃん」ブームとなった。ちょうどこの頃私の通っていた学校に学校図書館ができた。本との出会いは心をときめかすものであり、それから級友たちと次から次へと読み進めていき、楽しかった。
白根学習館で開かれる市民大学子ども講座「子どもと読書」の講師を図書館が引き受けているが、本好きの子どもたちが集まった。そこで「最近読んでおもしろかった本を教えて!」と言うと4年生の女の子がある本の荒筋と、どこに感動したかを語ってくれた。すばらしいブックトークであった。ところがその本は白根図書館では開架せず書庫入れしたシリーズものの本であり、残念ながら、自分も図書館員も感動できるものではなかった。けれども私はその少女がその本に出会って感動したことがすばらしいと思う。それをきっかけに次の読書に繋げていってほしいと思う。
個人的には良書主義ではないが、今は公立図書館の立場に立たされている。個人の立場との狭間にいて苦しい部分もある。魅力ある本をまず読んでほしいと思う。しかし利用者のニーズに合った本も用意しなければならない。資料費が少ない中出来る限りのことをしなければならない。公立図書館にも良書主義のところもあれば、すべてなんでも置くというところもある。選書というところでは迷いながら行っている。そして本の並べ方と薦め方に工夫が必要だと考えている。
「朝の10分間読書」に対して、公立図書館として支援できることは何かを人から人へ、「熱い思い」で職員と一緒に伝えている。「朝の読書」に活用してもらえるように、小・中学校にクラス毎に1ヶ月100冊の団体貸し出しを行っている。また今2週間に1回すべての小・中学校にブックバスを走らせている。そして学校に「おはなし会」や「ブックトーク」の出前に出かけている。ただ出前に行くと後で、小学生たちが丁寧に感想文などを送ってくることが気にかかる。子どもたちの身になって考えてほしい。先生方に気づいてほしい。感想を書くことが好きな子どもたちにとってはいいが、強制され、書かされるのはつらい。これは読書感想文なども同じである。先生方は読んだ後の成果を求めたがるが、それによって読書嫌いにさせてしまうことがある。人から人へ本が手渡されなくては本の楽しさはつたえられない。読書が苦しみになってはいけない。「朝の読書」もトップダウンで始めてうまくいくことが多いようだが、一斉にやらねばならなくて苦痛に感じている先生もいるかもしれない。「自分は本を読まない」と正直に言われる先生もいるが、そういう先生方にも本やお話の楽しさを伝えたくて学校に出前をしている。
学校図書館は公立図書館と違って、まずは授業と連結した資料提供をしなければならないだろう。公立図書館としては、学校で間に合わない、調べ学習の資料を提供するお手伝いができる。また読み物も団体貸し出しできる。学校図書館との連携プレーで「朝の読書」を応援していきたい。
私は、「朝の読書」は、小学校、特に低学年においてはなじまないと考えている。まだ字の読めない子を巻き込んで、時には担任不在の状態で全校一斉に行われる「朝の読書」には無理があるのではないか。字の読めない子たちには、担任の先生がたくさん本を読んでやってほしい。そして字の読める子たちの担任もいっしょに読書してほしい。前任校や現任校では毎日の「朝の読書」を行っていない。期間を決めて行っている。私は嘱託なので「朝の読書」の時間帯が勤務時間ではない。早めに出勤して様子をみたが、時には先生方は授業の準備や打ち合わせで忙しくて、なかなか教室で子どもたちと一緒に本を読めない様子だった。
「朝の読書」を行う際には数字のマジックにおどらされないことが重要だと思う。アンケートの実施校集計も然り、効果についても然りである。
私自身は、本を読むことが息をすることと同義だった。しかし本を読むことだけがいいことだとは考えていない。はたして本を読むことはいいことだろうか。いいことだという前提にたって考えると、読書はおもしろい、そして想像力を刺激する。人は、同時に二つの人生を生きることができない。しかし読書によっていろいろな人生を知ることができるし、本を読むことは究極の一人遊びだと私は考えている。本を読めない子もいる。そういう子にむりやり読ませるのは苦痛だろう。私は運動が好きでない。身体によいからとむりやりやれと言われても苦痛である。それと同じだ。「本を読まない」自由を認めてあげてもいいのではないか。
個人的には疑問を感じながらも、「朝の読書」をやるとなったら学校司書としてやれることは何か。それは子どもたちに「お気に入りの一冊」「その子にとっての一冊」を手渡してやることだろう。一人一人におもしろい本を紹介してあげたい。それには、子どもをよく見ていることと、自分の引き出しをたくさん持っていることが必要だ。読むことだけではない。たくさんの楽しみを持ち、人生を楽しんでいることが大切だと考える。自分を楽しませる事ができなくては、他人の楽しみに手を出すことはできないだろう。
図書館の時間に私は「読み聞かせ」をしたり「お話」を語ったりすることもある。先日リンドレーンの『赤い目のドラゴン』をあるクラスの子どもたちに語った。するとこちらがひとことひとこと語るたびに「そんなことあるわけない」「そんなはずない」と口を挟む男の子がいた。こちらもひるまず読み終えたが、そういうこともある。
「朝の読書」は子どもたちが本と出会うひとつのきっかけになると思う。こういうきっかけはほかにもブックスタート、パネルシアター、アニマシオンその他いろいろあろう。そして好むと好まざるに関わらず「朝の読書」の場に立たざるを得ない子どもたちへ、まずは「お気に入りの1冊」を差し出すという単純で難しいサービスをしていきたい。
最後に『おはなしおばさんの小道具』藤田浩子編著(一声社)より「おはなし」の実演
1)小学校での実践 新潟市立白山小学校 高橋博恵
前任校の五泉市立五泉小学校のときの実践発表である。図書室の他に絵本ルームがあり、学級文庫が設置され、廊下にも学年で使うことの多い図書を常備配架している。いつも身近に本があるという環境を心がけて作っていた。
平成13年4月より全校一斉朝読書を実施した。毎朝15分間行った。ねらいは問題解決的な学習を支える基礎基本の定着を図ることである。そして個人でじっくり読むことに重点を置いた。児童が本に親しめるように、読み聞かせ、お話タイム、感想発表等に活動を学年学級裁量で行っている。教師も児童と一緒に読む。職員朝会はなく職員終礼を行っている。
実施にあたって、朝学習の時間がなくなり、漢字練習や、計算練習ができないことが問題になった。職員間での共通理解を得ることが難しかったがとにかく始めた。1年生の1学期は紙芝居や絵本の読みきかせから始めている。読書に親しむことで集中して取り組む態度が育ち、読解力も伸び、落ち着いた気持ちで1日をスタートさせることができるようになった。また朝読書以外の時間でも読書する姿がみられるようになった。高学年では読書が教科の学習に反映するようになったこともよかったと思う。 現任校の白山小学校でも朝の読書を実施している。自分も積極的に関わっていきたい。
質問 「朝読書のおかげで、文章を読みとる力がかなりついてきたと言われたが、どういう点から、それがわかるのか」
答え 「朝読書だけが文章読解力向上の原因とは言えないし、因果関係を証明することはできないが、学習の場面で、よくなったという先生方の声が集まったのは事実である。」
意見 「朝学習」「朝読書」の両立が問題になっていると言うが、よければどちらもやればいいし、よくなければどちらもやめればよい。工夫次第で時間を変えて両方行うことは可能だと思う。また、管理職から成果が何か、どういう点からよくなったのかと尋ねられるようなことがあるのなら、校長自身から校内を回って子どもたちの様子を見て、みずから成果を確認してもらったらいいと思う。
2)中学校での実践 富山県八尾町立八尾中学校 寺田奈緒子
朝の読書導入のきっかけは、「朝学習の時間」がうまくいないことであった。生徒側の意欲は低く、教師は打ち合わせ時間の延長のために、なかなか監督ができなかった。そこである同僚が平成12年度に自分のクラスだけ「朝読書」にかえて実践を行ってみた。しかし、1日おきの朝読書であったり、学級文庫がバラバラであったり、無監督状態が改善できないことが原因で結局うまくいかなかった。
そこで職員会議で提案し、平成13年度は全校体制で、どのクラスも同じ意識で毎日、担任も一緒に朝読書を実施するように決まった。自分のクラスで実施してみたが、最初はしらけた暗い感じがして、教室にはぎくしゃくした空気が流れた。担任の自分と生徒たちとの関係がしっくりいかない上に、生徒たちが本をうまく選べないからではないかと考えた。自分が読んだ本の紹介をしたり、新聞記事を印刷して読ませたりしたがあまり効果はなかった。
他のクラスを見ると厳しい先生のクラスは静かに読んでいる。しかし自分は生徒を叱りつけて読ませるのは嫌だった。、ゆっくりと生徒たちが読む気になるまで待っていた。するとおしゃべりが広がった。校内で「朝読」のアンケートをとるたび、自分に指導力がないとレッテルを貼られるようでつらかった。もっと子どもの意見を聞きとればよかったと思う。それで次のような試みを行った。
- 子どもたちが今読んでいる本の紹介をしてもらい、子どもたちの横の関係を作った。
- 学級文庫を充実させ、自分の好きな本を入れた。さくらももこのエッセイや、伊藤守のコミュニケーション論、相田みつをの作品集などである。
- 自分が読んでおもしろかった『ダレン・シャン』を紹介し、作品の一部をコピーして配ったりした。すると「ダレン・シャン」ブームがおきた。
- 自分も一生懸命本を読み、読まない生徒がいても気にしないようにした。注意もしなくなった。
やっていくうちに、スポーツ好きの子がスポーツに関する本を読んでいたり、漢字が好きになる生徒がいたりして多少生徒たちが変容してきた。ようやく朝読書をやってよかったと思った。しかし残念ながらその後自分は内地留学で新潟に来てしまい、その後の様子がわからない。
「朝の読書」は担任と生徒が成績評価を関係なく一緒にすごせる貴重な時間だと思う。またクラスの横の関係が結べる時間でもある。今度学校に戻った場合はその点を意識して実施していきたい。
3)高等学校での実践 新潟県立柏崎常磐高等学校 和田忠篤
自分は登山部の顧問だが、登山と「朝の読書」は似ていると思う。自分の世界に入って、自分を成長させるからである。本を嫌いだという子にも何かが偶然して本と出会い、本を読むようになる場合がある。
「朝の読書」を全校で行うには仲間作りが大事である。私が「朝の読書」を職員会議に提案する際には、事前に十分理解してもらうよう努力した。若い先生たちと飲んだり食べたりして語り合い、年配の先生方にお酒をつぎまわり、みんなに賛成してもらえる状況で臨んだ。校長が積極的であったこともありスムーズに導入することができた。生徒たちにも比較的スムーズに受け入れられた。
現在3年目を迎えた。人事異動で同僚は変わり、緊張感がなくなって、教師の側のマンネリも出てきているのも事実だ。なかなか金八先生のような感動的な実践はできない。しかし理想を持って取り組み続けたいと思っている。
自分は読書することを意識化したいと考えている。生徒たちにはどんどん本の宣伝をしている。教科では政治経済の担当だが特に授業に関係のない本も、私が読んでよかった本ならば生徒に紹介する。以前保育科の生徒を受け持っていたときに『淳』という本をせひ読んでほしいと思ってを宣伝した。そのときはたまたま通じたのか、どんどん本が教室内を回り、本を通じて生徒たちとコミュニケーションをとることができた。このように、教師が個人として本を勧めることが大事なことのように思う。生徒たちに勧めるために自分もいい本はないかと探し、読んでいる。今日『元気です、17歳』を持ってきたが、さっそく生徒たちに勧めようと考えている。
質問 高校で「朝の読書」を導入するのはむずかしいが、柏崎常磐高校では、総合学習として取り入れていると聞いた。その経緯について教えてほしい。
答え 毎日10分×5日=50分で総合的な学習の時間に換算しようと考えたが、県教委からは「朝の読書」を総合学習の時間にふりかえてはならないという指導を受けた。今は「朝の読書」をキャリアガイダンスにリンクした形で行えないか模索中である。
質問 「朝の読書」をやった後に7限授業をやることは生徒たちにとってつらくないか。
答え 授業時間確保のために7限授業の日はあるが、生徒たちは素直に受け入れて「朝の読書」を行っている。
質問 「朝の読書」を「読解力の向上」や「落ち着き」などで評価をしがちだが、自分としては心の豊かさを求めたい。心が豊かになったことはどういうような点から判断したらよいのか。
答え 生徒に対していて、言葉が心にしみ込まないということを感じることがある。ただ生徒とチャンネルを合わせることで通じることもある。心が豊かになったかどうか判断するのは難しいが、本を読んで生徒たちが引き出しをたくさん持つようになれば、互いに話をすることができるようになると思う。
質問 本と出会わせたいと思うが、読んだ本がおもしろくないとマイナスの出会いになるのではないか。また10分では読書の時間としては短いのではないかと思う。生徒たちが欲求不満になるのではないか。
答え 自分としては楽しい本と出会わせる工夫をしている。10分では時間が短いというのは確かだが読みたい生徒はその後、休み時間などにも続けて読んでいるし、昼休みにも本を読んでいる姿が見られるようになった。「朝の読書」にはもちろん問題がないわけではないが、 本を読む時間がないよりはあった方がいいと思う。
第1分科会「私の紹介する本」 講師 新潟県立新潟北高校 小柴益子
1)読書について
「本を読む」=「心が豊かになる」?
本を読むことが心が豊かになることなのだろうか?ちょっと疑問が残る。以前は図書館に関心がなかった人の口から、急に本の話を聞くようになった。しかし心を豊かにするために本を読むのだろうか?ちょっと違う気がする。
清水真砂子さんの講演を聴いて共感したが、特に「もし本にできることがあるとすれば、(略)それは世界というのはそんなに狭くないし、狭量じゃないということを伝えることだと私は思います」(『びぶりお 39号』新潟県学校司書の会発行2003・3より)という言葉が心に残っている。
2)本を紹介する
・「私が好きな本」を紹介する
どんな本を紹介するのか、と考える時に参考にしていることがある。赤木かん子さんの講演で聴いたことだが、「私が好きでこどもも好きな本、私が好きでこどもが嫌いな本、私が嫌いでこどもが好きな本、私もこどもも嫌いな本、わかりやすいでしょう。最後のひとつ以外は全部受け入れます」(『びぶりお 35号』新潟県学校司書の会発行1983.3より)というものだ。
私もこのように図書館で本を選び、受け入れている。しかし紹介するのは「私の好きな本」になる。
「こどもが嫌いな本」というのは、子どもが読んでいないだけということもある。子どもは書店、あるいは、テレビなどの影響で本を知る。おおかたの書店には売れる本と売りたい本しかおいていない。
「私が好きでこどもが嫌いな本」は図書館においておかねばならない。
・本を置いておく
「私達にできるのは、子どもたちのそばに、本をそっとおいておくことだけです。」齋藤惇夫さんの講演録で知った言葉だが、これを忘れないようにしている。
3)本の紹介
『今年読んでよかった本』(新潟県学校司書の会新潟地区発行)は、新潟地区の小・中・高の司書が1年間で読んだ本からおすすめのものを紹介している冊子だが、私も1996年から書いている。
2001年までに書いたものと、今年書こうと思っているものを紹介する。これが「よい本」「おすすめの本」ということではないが、これらをきっかけに本について話をしたい。
紹介された本
実演 ブックトーク 「子どもたちと楽しんだ行きて帰りし物語」
1) わらべ唄 ちゃちゃつぼ ちゃつぼ
『にほんのわらべうた2 すずめすずめ』(近藤信子 柳生弦一郎著)より 福音館書店
2) こすずめのぼうけん
ルース・エインワーズ作 石井桃子訳 堀内誠一画 福音館書店
3) がんばれヘンリーくん
クリアリー作 松岡享子訳 学研
4) あくびが出るほどおもしろい話
松岡享子作『愛蔵版おはなしのろうそく3 ついでにペロリ』より 東京子ども図書館
5) コーンウォールの聖杯
スーザン・クーパー作 武内孝夫訳 学研
6) ラプンツェル
『子どもに語るグリムの昔話3』より 佐々木梨代子・野村げん 訳 こぐま社
7) アラビアン・ナイト
ウィギン・スミス編 坂井晴彦訳 福音館書店
シンドバッドの冒険
ルドミラ・ゼーマン文 絵 脇 明子訳 岩波書店
子どもたちと物語を楽しむためには、まず子どものまわりに、ゆったりした時間があること、子どものために注意深く選ばれた本があること、本を読む喜びを伝える人がいることがいることが大事だろう。
なぜ「おはなし」や「ブックトーク」をするのかというと、本の楽しさや面白さ、言葉や絵の楽しさを子どもたちに伝えたい、子どもたちと共有したいからである。そして耳からの読書を楽しんでほしいからだ。やる際にはすぐ出る結果や、目に見える成果を求めない。本への愛着や、信頼感を感じ取ってほしいと願っている。ブックトークは種まきだと考えている。
心身ともに成長期にある子ども、青少年に対して、大人は何を提供できるのか。本を選ぶ際には子どもの成長の糧となるもの、生きていくエネルギーとなるもの、楽しいもの、美しいもの、人としての内面世界を豊かにするものを選びたい。
質問 大人があらすじを語るのはいいのか。
答え 私はやっている。あらすじを全部言うと子どもが読む気をなくすので、この本が好きという気持ちを伝えればいいと思っている。
質問 おはなし覚える学習はどのようにしたか。
答え お話をする会に参加した。何人かと一緒に行い、意見を出し合って子どもの前でやった方がいい。そしていっぱい聞くことが大事である。
質問 作品が自分に合うかどうかどうやって知るのか。
答え 自分の好きな話であること。やってみると他人から「そのお話はあなたに合っている」と言われる。また訳者で決めることもある。
新潟市の小学校では、週1回の図書館の時間が設定されている。この時間をなくさないようにしたいと考えている。小学校1年生から6年生まででは、発達段階が異なり全校で同じことをするのは無理である。無理をしてやるのでは「朝の読書」がマイナス体験になってしまう。それで図書館部としては、3年生以上に1回15分で実施し担任も一緒に読むことを提案した。1年生2年生は1人読みをさせたくないと考えている。また読んだ本が楽しくないとマイナスの体験になってしまう。そこで1,2年生には司書として「読みきかせ」を計画的に実施し、担任の先生にもお願いしている。
また、多忙や不安、体調によって本が読めない状態の子どもには無理をして読ませない。「眠っていてもいいですよ。他の人の邪魔にならないように」と言っている。本を読むことは楽しいことである。また場合によっては苦痛なこともあるのではないだろうか。
図書館司書として子どもたちが楽しい本と出会えるように次のような工夫をしている。自分たちでいい読書環境を作っている。司書は図書館の黒子である。図書館の場作りの名人でありたい。
- 施設面
本と出会える場として、本と棚が命である。本が傷まないように本が斜めになるような本棚は避ける。用務員の力を借りて間仕切りを増やしてもらったり、背の高い本もそのまま入るようにしてもらったりしている。人のお世話になることも大切で、多くの方に図書館に関わって貰った方がいい。またおはなしのベンチを置いている。卒業記念品に買ってもらった。また子どもたちが使いやすい分類にして配架している。- 選書
子どもたちがワクワクする本、出会ってよかった本など資料を充実させたい。自分一人の目で選ぶと、いい本が抜けてしまうことがあるので、自分だけで選ばないで、東京子ども図書館編の『私の選んだ子どもの本』などを参考にしている。大人が「はずれ」と思っても子どもが喜ぶことがある。「こどものとも」「かがくのとも」などの定期購読も有効である。- 本と出会わせるための小道具
子どもたちにとっては図書館の雰囲気が大事。絵本の中のキャラクターにちなんだ手作りのぬいぐるみ、木の実などで楽しい空間を心がけている。- 図書館にはいつも地球儀を置いておく。日本地図のパズルなども用意し、遊べるようにしている。
- 「今月の詩」を選んで大きな紙に書いて貼っておく。貼っただけでは読まないので、お昼の校内放送の時間帯に図書委員やいろいろな学年の子どもに読んでもらっている。掲示板の前で多くの子どもが声を出して詩を楽しんでいる。また図書委員が昼の放送に「お話プレゼント」を行っている。
- 「本とともだち」
各学年に10冊ずつお薦めの本を印刷したカードを配布している。全部読んだら、おもしろかったかどうかを5段階で教えてもらい、司書のところに持ってこさせる。全部読んだ時点で子どもに修了証とともにそのカードを渡している。- シリーズもの博士号
読書って楽しい、おもしろいと考える前に、もろに楽しい読書を体験させてしまいたい。『ぐりとぐら』『エルマーの冒険』などシリーズで出ている本を全部読んだ子どもに「博士論文」か「博士号絵画」を描いて提出してもらう。合格したら○○博士の認定証を渡す。- ペープサート劇
ペープサートは本の中の登場人物の絵を画用紙に2枚ずつ描き、切って割り箸をはさんで作った人形である。最近『おだんごぱん』(ロシア民話 せた・ていじ訳 福音館書店)でペープサート劇をした。子どもたちが放課後熱心に練習をして大成功であった。これは小学校だけでなく、高校生 でも楽しめる試みである。図書館が楽しい場になるために、何よりも子どもの話に耳を傾ける大人がいることがいること、一緒に活動を楽しむ大人がいることが大事なことではないかと思う。
文責 押木和子
朝の読書新潟交流会実行委員 峰本義明
片桐史裕
押木和子
写真撮影 熊木寛子