豊かに生き抜く心(2)
熊本中高年齢労働者福祉センター サンライフ熊本 「生き生きふれあいセミナー」講演 1998.11.17
2.「貧しい」とは本質的にどういう状態をいうか
では、「豊かである」ということの本質は何か、どんな状態を豊かであるというのか。実は、私たち人間は、どうもそういう豊かさというものを実際には知らないのではないか、私にはそう思えてならないのです。
今まで人間は豊かさを求めてきたけれども、実際にそれがどんな状態なのか経験したことはなかったのではないか、人間の歴史をずっと振り返ってみますとそんな気がするのです。
しかし、逆に、「貧しい」ということはたくさん経験してきました。私たちは貧困や悲惨な状態はつぶさに経験しています。ですから、今日は、その貧しさの経験を考えることで、豊かであることがどういうことであるのかを考えてみたいともいます。
(1)間引きと姥捨て、娘売り
人間が経験してきた貧しさの状態を報告するものは、それこそ無限にありますが、今日は明治維新以後の東北地方の状態を少しみてみたいと思います。
日本の東北地方は、ご存知のように、明治維新の際に大方が江戸幕府側につきましたので、維新以後はほとんど捨てられたような状態におかれました。加えて、冷害と干ばつによる飢饉が次々と襲いました。
人々は明日食べるものがないという状態におかれました。こういう中で、行われていたことのひとつに「間引き」というのがあります。
「間引き」というのは、元々は農業用語で、種を蒔き、芽が出た後に、生い茂った苗の数を減らして一本の苗に十分に養分が行き渡ったり成長する空間を広げることですが、これが人間の子どもに適用されたのです。
つまり、たとえば、今、子どもが二人の4人家族だったとします。この4人で食べていくのに精一杯だったとします。ここにもう一人子どもが生まれます。もはや食べていける状態ではなくなります。そこで、生まれた赤ん坊を子どもの数を減らす為に殺すわけです。
こんな状態で子供を作らなければ良かろうと思われるかもしれませんが、そうもいかないのが人間ですし、避妊の知識もありませんでした。
大体が生まれた赤ん坊の顔に濡れた和紙をかぶせて窒息させたと言われますが、首をひねったことも多かったそうです。
「こけし人形」というのがありますが、「こけし」は「子消し」だったとも言われます。間引いて殺した子どもの魂を慰めるために、あるいはその子の変わりに木で人形を作ったと言われています。
あるいは「姥捨て」ということも行われました。深沢七郎さんの『楢山節考』という作品にも描かれて、この重いテーマが取り上げられていますが、年をとって働くことができなくなった老人を「食い扶持を減らす」ために山に捨てたのです。
捨てられた老人たちは、自分が山を下りて帰れば家族に迷惑をかけることをよく知っていましたので、一度捨てられれば、もう二度と帰らず、飢えと寒さの中で死んでいったと言われます。
中には生き延びた老人もいたでしょう。こういう生き延びた老人を里の村では「鬼」と呼びました。「鬼婆」というのはその典型です。
あるいはまた、「娘売り」というのが日常のように行われました。村のあちらこちらには「娘買います」という看板が掛けられていたそうです。女の子が少女になる頃、親はその子を売りました。関東、あるいは京阪神に売られ、下女や娼婦として働かされました。
大体、たとえば京阪神に娼婦として売られた子は、20歳前後で病気や過労で生命を落としたといわれていますが、親はそういうことを承知の上で、その子を売りましたし、また売らなければならないほど生活が逼迫していたのです。
貧しい、というのはこういう状態を生んでいきます。しかし、これは何も日本だけのことではありませんでした。
(2)グリム童話『ヘンデルとグレーテル』
みなさんは、グリム童話の『ヘンデルとグレーテル』のお話をご存じだろうと思いますが、両親をなくした兄妹が叔母さんに引き取られ、その叔母さんが二人を森にキノコか何かを探しに行かせ、お兄さんの機転で何度かは帰ることができたけれども、ついには道に迷った。
そして、迷った二人の兄妹は、互いに励まし合いながら森の中を進んでいくと、そこに魔法使いのお菓子の家があり、智恵を使い魔法使いをやっつけて、そのお菓子の家で幸せに暮らした、というお話です。
しかしこれは、17世紀頃のドイツの貧しい家庭で実際に行われていたことだったと言われます。食べさせることができないので、子どもを森に捨てる。捨てられた子どもは、もちろん、飢えと寒さ、あるいは獣に喰い殺されていきました。
グリム童話は、こうして捨てられた子どもたちがお菓子の家で幸せに暮らしていると、だから、あえて、物語るのです。
本当に悲しい出来事です。しかし、「貧しい」と、こうした状態を生まざるを得なくなっていくのです。飢饉に襲われた村に救援物質が届けられます。しかし、その救援物質を手に入れることができるのは食料を奪い合って勝つことができる屈強な大人だけで、老人と子どもはたいていが捨て置かれます。
最も弱いもの、それが捨てられ、殺されていく。それが貧しいということなのです。
社会が貧しいか豊かであるかは、その社会の中で老人と子どもがどのように扱われているのかを見れば分かるのです。これは、その人の人間性でも同じでしょう。人間性が豊かであるかどうかは最も弱いものをどのように扱っているかによるのではないでしょうか。
それはさておき、こういう貧しい状態をずっと見てきますと、私たちは大体「貧しさの本質」というのがわかってきます。
(3)貧しいという状態の本質と豊かさ
いったい何故、子どもや老人を殺したのか、いや、殺さなければならなかったのか。そのことを考えてみると、貧しいということの状態の本質が少し見えてくるのではないでしょうか。
何故か。それは、自分たちが生き残るためですね。自分が生き残るために、殺すことができるものを殺していかなければならない状態。それが、貧しいということの本質のような気がします。
これを少し普遍化して言い換えれば、貧しいということは自分のことしか考えられなくなる状態、と言えるのではないでしょうか。
そして、こう考えていけば、たとえば現代日本でも、有り余るほどの物をもっていても、ずいぶんと貧しい人がいるということに気づかさせられるのです。衣も食も住も、十分に足りていながらも、なお貧しい。これが、たとえば、あのマザー・テレサが批判した日本の状態ではないでしょうか。
言い換えれば、パンが1個しかない状態を貧しいというのではなく、その1個のパンを奪い合って食べている状態、これを「貧しい」というのではないかと思うのです。
ですから、反対に、「豊かである」というのは、パンがたくさんあることではなくて、たとえパンが1個しかなくても、その1個のパンをみんなで分け合って食べている状態、これを「豊か」というのではないかと思います。分かち合うことができること、これが豊かさの象徴ではないかと思うのです。
そして、世界には、何も持たないけれども豊かに生きている人々が、確かにおられるのです。その例をひとつだけあげることにしましょう。
|