豊かに生き抜く心
熊本中高年齢労働者福祉センター サンライフ熊本 「生き生きふれあいセミナー」講演 1998.11.17
1.はじめに
今回はこの連続講座の最終回に当たりますが、「豊かに生き抜く心」と題しまして、いろいろな問題を抱えている私たちが、いったいどういうことを考え、また何を大切にしたら良いのか、私たちは豊かさを求めて生活していますが、豊かさとはいったい何なのかという豊かさの本質について、日頃、私なりに考えていますことを少しお話できればと思います。
私が自分の大学で専門にしていますのは、主に、今日の世界全体を形成している西洋のものの考え方、「デカンショ」として歌われたデカルトとかカントとかショーペンハウエルとかの名前が出てきます西洋思想と倫理学ですが、今日、私がお話しようと思っていますことは、そういうかなりややこしい哲学論議ではなく、それらの考え方を踏まえた上での、豊かさの本質についてです。
今、私たちの社会は不況の嵐が吹きまくっています。しかしそれは、御存じのように日本だけのことではなく、実はこの20〜30年間に世界的規模で起こっていることです。つまり、世界的規模で、「豊かさ」が行き詰まった状態に私たちは置かれているのです。
この行き詰まりの状態は、さまざまな社会的問題を起こしていますが、そういう状況だからこそ、私たちは「豊かさ」というものが何なのかということについて、きちんと考えておく必要があるように思われます。
演題を「豊かに生き抜く心」といたしましたのは、「豊かさ」というものが、真実には、物質的な問題である以上に、精神的な、心のあり方、ものの考え方の問題でもあるからです。
今回は、その観点から、御一緒に考えていきたいと思っています。
2.現代の状況−豊かさを求めて豊かになったか−
そこで、初めに、私たちは今のこの日本という社会の中で生きていますから、20世紀末の現代の日本社会について少し考えてみましょう。
現代社会は歴史が急激に変化している社会ですが、私たちのこの社会は、一応、第二次世界大戦が終了しました時から新しい出発をしたと考えられます。
従って、社会の成り立ちを考えるためには、そこまで遡って考える必要があると思いますが、先の第二次世界大戦が「敗戦」という形で終了しました時、私たち日本人は、貧困と飢えと未曾有の混乱の焼け野原に無一物で立たされました。
それは、思想的には、精神主義の見事なまでの敗北を意味していたと思います。「神カゼ」に代表されるような日本の精神主義は、アメリカ合衆国の豊かで膨大な物量の前で見事に砕け散ったのです。
私は、テレビのニュース映画でアメリカ軍が保存しています「神カゼ特攻隊の飛行機がアメリカの軍艦に激突していくシーン」を何度か見たことがあります。
特攻を敢行した青年たちの遺書が『聞け、わだつみの声』という書物に納められていますが、そこに示された精神的にははるかに崇高な青年の魂は、雨のように降り注ぐ圧倒的多数の米軍の艦砲射撃の銃弾の前で砕け、悲しみを抱いたまま、海の藻くずと消えていきました。それはまことに悲惨な光景です。
あるいは、一発の原子爆弾の驚異的な力は、一瞬にして30万人もの人間の魂を消滅させてしまいました。特攻シーンを初めとするこれらの出来事は、その後の日本の姿を決定づけたように思えてなりません。
つまり、私たち日本人は、物質の量と圧倒的な力の前で、為す術もなくみじめに敗北し、その敗北感を人間の無意識の層にまで根づかせ、この決定的な敗北の経験から立ち直るために、戦後、とにかく物質の量と力を求めて歩み出したのです。
買い出しと闇市から始まって、1950年代の朝鮮戦争特需、池田内閣時代の所得倍増計画、イザナギ景気、田中内閣の日本列島改造論、バブル経済、等々の一連の日本社会の根底にあったのは、焼け野原で無一物になった私たち日本人が、その敗北から立ち直るために、何とかして物質的、経済的な豊かさを求めて、苦労に苦労を重ねてきた姿に他なりません。
その目標は、戦勝国のアメリカ合衆国の社会と家庭でした。今は当たり前になってしまいましたテレビ、冷蔵庫、洗濯機などの電化製品を買い揃え、車を買い、生活を豊かにすることに懸命になってきました。
敗戦のあの悲惨な貧困と悲しみをなんとか克服し、豊かな生活を夢見て、公害を初めとする多くの犠牲を生んでも、みんなが我慢をし、忍耐をし、物質的、経済的発展を求めてきたのです。
生活が物質的に豊かになれば、幸せもたくさんあるような気がしたのです。
それは、何も私たちの社会だけではなく、実は、20世紀の世界的な傾向でした。世界のすべての国で物質的豊かさが求めれれ続けたのです。
なによりも先ず、私たちの誰でもが生きていく上での必要な衣食住に困らず、必要な物が手に入る社会を形成する。それが人間の理想でもありました。そして、私たちの社会は、この世界でも稀に見る成功をおさめ、物質に溢れた、ものの豊かな社会となったのです。
私は、20代の終わりにアメリカに留学して、日本に帰って来た時のことを今でも覚えていますが、私はアメリカで生活していたままの格好で羽田空港に降り立ちました。
その時の私は、もちろん学生の身分でしたが、当時のアメリカ人の平均的な生活をし、平均的な格好をしていたと思いますが、羽田空港のロビーと東京の街は、まるで竜宮城のように見えました。商店には品物が溢れ、行き交う人々はピカピカに輝いていました。それは、世界中の人々が憧れてきた「繁栄」そのものでした。
そして、私は、思わず、自分のみすぼらしい格好に気がつき、自分を恥じると同時に、この国は本当に豊かなのだ、と実感したのです。
今から約20年程前の1979年に、インドのカルカッタで貧しい人々への奉仕活動をされていたマザー・テレサがノーベル平和賞を受賞されて来日された時の第一声を今でも覚えていますが、彼女は、私たち日本人に、まず、こう語られたのです。"You
are rich. It is true. But you have great poverty." (あなたがたはお金持ちです。本当に豊かです。でも、あなた方は、大変貧しい。)
彼女はインドのカルカッタで生涯を閉じられましたが、少女時代まではイギリスで過ごされました。その彼女の目にとって、私たちは、本当にお金持ちに映ったのです。今でも、アフリカの子どもたちには紙と鉛筆さえ自由にありません。学校に行くどころか医療機関にさえかかることができず、飢饉や干ばつで飢えることもしばしばです。
私たち日本人は、敗戦後の50年間で、物質の豊かさに打ちのめされた敗北感から立ち直り、世界でも稀に見る本当に物の豊かな社会を形成してきたのです。その点では、日本は、今でも、世界中の人々の「憧れの国」の一つになっています。
しかし、だからといって私たちが本当に豊かになったのかということに対しては、マザー・テレサが指摘したように、「ノー」と答えるしかないように思われてなりません。私たちは、豊かさを求めて懸命に努力し、そのことによって、かえって貧しくなったのかもしれません。
昨今も新聞紙上をにぎわしている「保険金を得るための殺人事件」、「毒物混入事件」、「中学生の幼児虐殺事件」、「オウム事件」、政治家や金融機関の責任者たち、果ては大学教授に至るまでの収賄事件、身近なところでも中学生による暴行事件や女子高校生の売春・援助交際など、これらはいったいなんなのでしょうか。
今、子どもたちの心は、本当に荒れていますし、大人たちは、ほとんどの人が「生きることの空しさ」を感じざるを得なくなっていますが、それは何故でしょうか。
3年前に起こったオウム真理教の地下鉄サリン事件や中学生による神戸の幼児殺人事件も時代を象徴する事件ですが、20年ほど前に、「金属バット殺人事件」という時代を象徴する事件が起こりました。
いわゆる今日の「キレた青少年の反乱」を最初に象徴する事件ですが、受験のために浪人をしていた青年が、「勉強をしなさい」と注意したお父さんを金属バットで殴り殺すという事件でした。
殺されたお父さんは、有名大学といわれる大学を出て、一流の会社に勤めるエリートサラリーマンでしたし、家庭に何か大きな問題があったわけではありません。普通以上の、いわば多くの人たちが羨ましく思うような家庭だったのです。
殺されたお父さんは、それこそ普通以上の努力をして有名大学に入り、日本の高度経済成長を促進してきた会社で涙ぐましい努力をし、子どもを育て、そして、その子どもに殴り殺されたのです。バットで殴られた時、「自分の人生は、いったい何だったのだ」と思わずにはいられなかったのではないでしょうか。
この殺された父親が抱いた「自分の人生はいったい何だったのだ」と思わずにはいられない、という人生の空虚感、それが、実は、戦後を生き抜いてきた多くの中高年といわれる大人が抱いている空気に他なりません。
豊かな暮らしを求めて、家族のためにと思って一所懸命働いてきた。少し「ゆとり」も生まれてきたと思ったら、その家族から、粗大ゴミ扱いをされ、罵倒され、果ては殴り殺される。会社のため、社会のためと思ったら、その会社が簡単にリストラで首を切る。社会や国は、いざ実際に自分が困ったら何も助けてくれない。「いったい何だったのだ」。ふと気づいたら、何もない。何のために苦労しているのか分からなくなっている。今、この物質に溢れた国に生きている私たちは、そんな気分に支配されています。
子どもたちも、今、自分たちの未来、将来に対する希望をどこにも見いだせなくなっています。出口のない状態で追い詰められますので、暴れます。極端な場合、それが外に向かう時は暴力行為となり、内に向かう時は自殺となります。
子どもたちの自殺はますます増加していますが、その遺書とか書き残したものを見ますと、そこにあるのは、生きることに対する深い絶望です。かって、デンマークの哲学者S・キルケゴールは「絶望は死に至る病である」と語りましたが、出口がなくなって、誰からも理解されず、ひとりぽっちで、絶望し、そして、本当に死に至っているのです。
私たちは豊かさを求めてきたにも関わらず、今、社会のあちこちでこうした救いのないような事件が起こり、またその頻度も激しさもますますひどくなってきています。
そして、私たち自身の中にも、徒労感や空しさ、いつも満たされない思いというのが巣くっています。
豊かでありたいと願っているのに、そして世界の他の国々から比べれば比較的に物質的には恵まれているのに、やはり「とても貧しい」のです。
そして、ようやくにして今頃、私たちは、自分がこれまで求めてきた豊かさと真実の意味での豊かさは、どうも違うようだ、どこかにずれがあるということに気づき始めました。
しかし、いったいなぜこのような事態になったのでしょうか。おそらく、私たちが「豊かさ」ということを勘違いしていた、あるいは、真実の意味での豊かさということがどういうことなのかを具体的には知らない、そこに大きな原因があるのではないか、そんな気がするのです。
では、真実な意味での豊かな状態というのは、いったい何なのでしょうか。今日はそのことを少し考えてみたいのです。
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