学校の将来と教師の役割

新任教師のための学校の将来と教師の役割

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キリスト教学校教育同盟西南地区夏期学校・新任教師オリエンテーション
南阿蘇グリーンピアホテル 1998.8.3-5

I.はじめに

 今年は、この新任教師オリエンテーションが8月の夏期学校の中で行われることになり、4月に新しく就任された先生方も、すでに学校の教師としての経験を4ヵ月間積まれているわけであるし、新しい職場での戸惑いやら不安などはもちろんのこと、私自身の経験から申しますならば、期待が裏切られた失望感もすでに経験されていることと思います。

「教師」の毎日は、試行錯誤の連続ですが、その試行錯誤のひとつひとつは、こうした研修会でのお話よりも遥かに貴重なことであろうと存じています。また、私がここでお話しようと思っています『教育期間としての学校の将来とその教師の役割』というテーマは、キリスト教学校教育同盟の研修会でも過去数回にわたって何度も繰り返して取り上げられてきたテーマであり、もうすでに何度も、あらゆる機会を通して、繰り返して語られてきたテーマにすぎません。

今日では、私のような一教師が新たに取り上げるよりも、むしろ学校の管理職と呼ばれる地位にあられる方々がしっかりと揺るぎなく考えて下さっておればそれでよいと思えるテーマでもあります。

そして、個人的な趣味を優先させれば、一教師であり研究者ですことに徹したいと願っている者に、学校の組織体全体の基盤と方向を考えることは、できれば遠慮したいと思っているのです。

 しかし、このテーマは、一人の教師としても、状況に押し流されて自分自身を見失ったり、誤った方向に進まないためにも、自分の日常の教育と研究活動の基盤と将来を問う問いとしてしっかりと考えておかなければならない問いであり、また繰り返し確認されなければならない問いであると思います。

人はだれでもその時代と社会の状況に押しながされて生きていますが、その中でも、自己を失った人間に教育は不可能ですし、学問研究と教育における誤った方向ほど恐ろしい結果を導くものがないことは歴史が証明するとおりです。

ですから、学校の将来を問うこのテーマは、私たちの学校教育の現実の中で高く掲げられるべきテーマであると同時に、その将来を切り開いていこうとする個々の教職員のひとり一人によって、しっかりと担われるべきテーマであろうと思います。

そして、担われるべきものは、常に繰り返し確認される必要があるのです。その意味で、今日は、私が個人として担わなければならないと思っていることをお話ししたいと思っています。