死の受容(2)
熊本県立大学公開講座 1995.8.29
2.日本的死の受容
これまで、私たち日本人はどのように死を受け止めていたのか、はじめにそのことから見てみたいと思います。
古代日本人が死を「ケガレ」としてタブー視し、死者との関わりを避けてきたことは間違いないことでしょう。『古事記』に登場する「イザナギとイザナミの陰府訪問」の物語は、死の世界が恐ろしいもの、汚いもの、ケガレたものとして描かれていますが、陰府訪問の後、「みそぎとケガレ落とし」の儀式をすることによって死を生から遠ざけようとしたことが述べられています。
死はケガレたものであり、不浄のものでした。それは、放置された死体にウジがわき、やがて朽ち果てていく姿を見た人々の視覚的な感覚からきたものであろうことは想像に難くないことです。
こうした死の不浄感は、「きれいに死ぬこと」へとつながり、やがて、死の問題は「死に方の問題」として探求されていきました。ことに仏教と儒教の影響を受けた後は、「きれいに死ぬこと」が生の完成と見なされるようにもなっていきました。
これは特に日本社会特有のことではなく、たとえば、『ギルガメッシュ叙事詩』に表されていますように、紀元前二千年期の古代オリエント社会にも見いだされますし、それがやがては霊肉二元論を生み出し、死者崇拝や安楽死の思想へとつながっていきました。
ともあれ、こうした「きれいに死ぬこと」の探求は、いくつかの死の受容の形を生み出していきましたが、その代表的な例として、ここでは、死を平然と甘受する「英雄的死」と自然の静寂のうちに安らかに死を迎える「往生死」の二つを取り上げてみたいと思います。
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