世俗化社会におけるキリスト教教育の課題(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9)日本カトリック教育学会 1999.9.11
(2)宗教行事教職員の宗教委員会と学生のチャペル委員会が共同して、毎日の礼拝とは別に、特別にいくつかの宗教行事が全学生を対象に行われる。 現在行われている宗教行事は、新入生宗教オリエンテーション、春と秋の特別礼拝(90分のロングチャペル)、学外で行われる全学生の年次別リトリート(一泊、もしくは一日研修)、クリスマスコンサート、クリスマス礼拝などである。 その他にも学生自治会が主催する学校行事(学園祭など)の開会礼拝がチャペル委員の責任となっている。 これらの宗教行事は、年間を通して、その季節ごとに、「時の意味」の告知を込めて計画されている。現状では、宗教行事は全学的に受容され、その参加率は98%をこえている。 しかし近年、カリキュラムの過密化や大学運営上の予算の削減によって、これらの行事のための経費の捻出や時間数の確保など物理的な問題を抱え、特別礼拝を廃止し、一泊のリトリートを一日に短縮するなど、いわば全学的宗教行事の縮小を強いられている。 しかし、大学は自らの教育方針を明確にするためにも、この点では、力を惜しんではならないと考えている。学校教育における宗教行事の意味は、教会がもつ宗教的な意味に加えて、極めて明瞭な形で教育的であり、学校の教育のわざ全体を整え、学時を、「世俗の時」としてではなく、「神の時」として位置づけ、学校生活の全体が向かうべき方向を教えるものに他ならない。 (3)キリスト教関連科目大学の教育カリキュラムの一つとして、九州ルーテル学院大学では、人文学科のその他の科目と同様にキリスト教関連科目が開講され、そのキリスト教関連科目の内、「キリスト教概説」と「キリスト教思想史」は基幹科目(必修科目)として位置づけられている。 新入学生へのアンケート調査によれば、これらの科目が開講され、しかも必修科目として設置されていることに対して、多数が(93%以上)「キリスト教の学校であるから当然のこと(学生解答の表現)」として受け止めていることが分かる。 この内、ミッション・スクールの出身者ではない学生(約2/3)は、「何を学ぶのか分からない」、「堅苦しそう」という印象を持っていたが、不思議なことに、高等学校で聖書の授業を経験してきたミッション・スクールの学生よりも「学んでみたい」という学習意欲は、はるかに高い。 学生の多くは、これらの関連科目を「キリスト教の勉強」ではなく、「人間としての生き方の勉強」として受け止めている。 この理解は講議内容と密接な関連をもち、講議目標そのものが、単にキリスト教に関する知識の修得以上に、「自己と社会への問題意識の喚起」、「福音理解に基づく自己変革」、「歴史認識と自己・社会の形成」など、要するに「人間形成」に置かれているからである。 しかし、こうした講議目標は、その時間数の不足から、必然的にキリスト教の全体的理解のための知識の欠落を生んでしまう。それをどこで補うことができるのかが今後の課題としてある。また、こうした講議目標を掲げる以上、そこでの聖書のメッセージは実存論的に解釈される必要がある。それは大きな神学的課題である。 |
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