世俗化社会におけるキリスト教教育の課題(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9)日本カトリック教育学会 1999.9.11
(2)ミッション・スクール(プロテスタント)の変貌プロテスタントのミッション・スクールの設立の目的は、多くの場合、その「ミッション」という呼称が示すように、教会のキリスト教伝道と不可分のものをもっていた。 たとえば、広島にある広島女学院(メソジスト)の場合は、「広島におけるキリスト教の伝道と女子教育のために、教会と未分化の広島女学会という私塾という形」で始まり、アメリカ人の婦人宣教師が指導した。 熊本における九州学院(旧男子校ールーテル)は、アメリカ人宣教師と共に伝道の働きをする日本人の育成のためであり、九州女学院(女子校ールーテル)の場合は、アメリカ人婦人宣教師と共に幼児教育を担う女性の育成が具体的目標として掲げられたが、その根本的目的はキリスト教の福音の伝道に他ならなかった。 しかし、それらのいずれの場合においても、「学校」という形態を形成するに及んで、伝道、もしくは「キリスト教の教育」以上に、例えば、「専門知識と技術の修得による女性の自立(九州女学院)」や「社会に役に立つ善人の育成(九州学院)」といった「実学的目的」が謳われている。 実際に、九州女学院の初期のカリキュラムを見てみると、国語、英語、数学、地理歴史、理科、家政、芸術、体育と、修身作法として聖書が教えられ、毎朝の礼拝によって全体が整えられているとはいえ、一般の他の高等教育と変わりなく、あるいはそれ以上の教養と知識の修得に努力が払われていることが伺われる(9)。 英語の修得や、当時としては珍しいピアノの練習などが学校の謳い文句であり、西洋の先進性が謳歌されているのはそのためである。 そして、礼拝や聖書の授業は、「修身・作法」として位置づけられている。おそらくそれが当時の一般的なキリスト教の理解であり、また最も受け入れやすい形式だったからと思われる。 これらのことから、ミッション・スクールが、その設立の当初、当時の日本の社会的・教育的状況を反映して、「西洋文明の実学的修得」と「キリスト教の伝道」という2つの顔をもち、第一に最先端の実学の修得、次にキリスト教信仰に基づく人間の育成、そして最後に、キリスト教の伝道、といった流れを持つ3本柱を立てていたことがわかる。 しかし、日本のミッション・スクールにおいて、その社会の実学的要請の故に、この流れは決して逆になることはなく、キリスト教の伝道が学校教育において優先されることはなかったのである。 そのため、この3本柱の中心であったはずの「キリスト教教育」は、やがて、戦時下における国家統制、敗戦、世俗化されたアメリカ文化の導入、あらゆることがらからの宗教の分離、70年代の学園紛争における「学問の自主性の主張」を経て、教育の中核的位置を譲らざるを得なくなってきた。 そして、キリスト教の「教え」そのものが人間の育成や形成の概念に吸収されるに及んで、学校のミッション性を支えてきた「キリスト教教育」は、容易に教会の伝道から切り離され、完全に学校教育における人間形成論へ移行してきたのである。 |
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