現代キリスト教倫理の基本問題

現代倫理学講座

はじめに
I.倫理学の概念的命題
_(1)倫理学の枠組み〜(2)日本的倫理構造 _(3)西洋的倫理構造(ギリシャ思想) _(4)西洋的倫理構造(キリスト教)
II.人間
_(1)人間学的集中 _(2)人間とは何かの考察その1その2その3その4
_(3)生物的存在 _(4)理性的存在 _(5)関係存在 _(6)聖書における人間観

II.人間

(2)人間とは何かの考察その4

 こうした抽象化された人間論を現実の実体へと引き戻したのは、ちょうどプラトンのイデア論に対してその弟子のアリストテレスが「現実態」を主張したように、アリストテレスの哲学を基盤にして神学思想を展開したトマス・アクィナス(Thomas Aquinas)でした。

 12世紀から13世紀にかけて、十字軍の遠征によってもたらされたアラビア文化で、それまでイスラム文化圏の中で埋もれていて一部しか知られていなかったアリストテレスの哲学のほぼ全容が知られるようになり、トマスは、それまでのプラトン主義的な人間論を引き継ぎつつも、アリストテレスの現実的で合理的な哲学体系を用いて、常に人間の「実体」を射程に入れる人間論を確立したのです。(10)

 彼はアリストテレスの「形相」と「質料」という「実体」の分析概念を用いて、それまで二元論的に分離されて思考されてきた人間の「魂」と「体」の関係を説明し、それによって、人間が「霊的実体(spiritualis substantia)と物体的実体(corporalis substantia)とから複合されている」(11) 存在であることを説き、「魂」という形相が「体」という質料と結合して、人間の「実体」を形成すると主張したのです。

 つまり、人間においては、「魂」と「体」は結合しており、「魂」がその質料である「体」から離れると、人間という「実体」も消滅するし、「魂」の実体的形相は「知性」であり、人間の知性は体の形相としてのみ人間の知性であり得るのであり、それによってのみ感覚的な事柄を把握し、それを認識し、思惟することができると考えたのです。

 人間の精神と肉体の問題は、その関係づけが古来から大きな問題としてありましたが、トマスは、その関係を一方なしには他方が存在しえないような統一的な「実体」として把握しようとしたのです。

 そして、アリストテレスが考えたように、形相そのものはイデアとして普遍的であるが、その形相が個々の「体」と結合することによって人間という「実体」を形成するので、実体として存在している個々の人間こそが問題となることを指摘しました。

 また、形相にそれ固有のはたらきを行わせるのは、「存在(esse)」としての神であり、その意味で、人間は「神の似像(Imago Dei)」であるが、それが「体」という質料によって限界づけられているが故に、「不完全な神の似像」に過ぎないと考えました。

 そして、その不完全さが個別であることを認識したのです。

  トマスは、こうした人間論を実に緻密に論じていますが、彼の人間論の最大の功績は、先述したように、彼が個々に実体として存在している「個人」という存在に十分な神学的・哲学的基礎づけを与えたことにあるように思われます。

 彼のこの人間の具体的な個人性の尊重は、やがて、ルネッサンスのヒューマニズムの隠れた源流の一つになっていったように思われるからです。

 個人性の尊重は、やがて因襲的な義務や束縛からの個人の自由をもたらし、トマスの影響下で進展した後期スコラ哲学が古典語の研究を促進することによって、教会の制約を受ける以前の古代の「純粋に人間的なもの」を求める方向がとられ、人文主義の運動とそれによるルネッサンスが引き起こされていきました。