現代キリスト教倫理の基本問題

現代倫理学講座

はじめに
I.倫理学の概念的命題
_(1)倫理学の枠組み〜(2)日本的倫理構造 _(3)西洋的倫理構造(ギリシャ思想) _(4)西洋的倫理構造(キリスト教)
II.人間
_(1)人間学的集中 _(2)人間とは何かの考察その1その2その3その4
_(3)生物的存在 _(4)理性的存在 _(5)関係存在 _(6)聖書における人間観

II.人間

(2)人間とは何かの考察その3

 ともあれ、こうしたプラトンに代表されるような古代ギリシャ思想とキリスト教に継承されていったヘブライ思想とが合流し、西洋思想の源流となって中世を貫いていったことは、一般に指摘されるとうりです。

 中世の長い歴史的過程の中で、ある時はプラトンに、またある時は古代ギリシャ思想をまとめあげたアリストテレスに、そしてキリスト教の聖書のメッセージそのものに、繰り返し立ち返っていくような思想の運動が展開されていきました。

 その中世の入り口に巨大な裾野を広げてそびえ立っているのが紀元5世紀のアウグスティヌス(A. Augustinus)です。

 アウグステッィヌスの思想は、プラトンの哲学、特にネオプラトン主義の影響を強く受けたと言われ、ネオプラトニストのプロティヌスと同様に、人間を最も聖なる至高の存在と最も下位の存在の中間的存在として位置づけ、人間はその精神(魂)の有り様によって、最も聖なる存在へと上昇することもできるし、最も下位の存在へと堕落することもある、そのような生命の連続性の中の中間に置かれた存在として理解していました。

 この中間存在としての人間理解は、その後の中世を貫いて西欧の人間理解の太い線として流れていきますし、「聖化」や「堕落」といったキリスト教の教会教義を基礎づける根本概念となっていきました。

 つまり「聖化」は、生命の連続性における上位存在への上昇であり、「堕落」はその下降というわけです。

 アウグスティヌスは、彼の主要著作の一つでもある『三位一体論(De Trinitate)』の中で、「人間とは、古き人々が定義したように理性的かつ死ぬべき動物である」(7) と述べ、古代ギリシャの思想家たちがおこなったように、人間を「魂と身体の統一体」として理解し、理性的であることによって動物と区別され、死ぬべき存在であることによって神的なものから区別されると考えていました。

 それは、人間の存在が、死という存在の究極的限界の中におかれつつも、なお、神的な超越に向かって開かれた存在であることを意味し、その理性において神的超越に向かいうる存在として人間を位置づけていたことを示しています。

 その意味においては、彼はギリシャ哲学の人間理解を継承し、これをキリスト教的神理解において深めていったと言えると思われます。

 しかし、ギリシャ哲学がその全体的な傾向において人間をコスモス的秩序の一部として考えていたのに比して、かってソクラテスが「理性」概念において人間学的集中を示したように、アウグスティヌスは個々の存在としての人間の現実的実存の在り方を問題にし、人間の内面へと集中しました。

「あなた(神)のうちに憩うまでは、安らぎをえません」(8)と記して、自己の本質的不安から安息にいたるまでの苦闘の精神的遍歴をつづった、全13巻にも及ぶ著名な『告白(Confessionum Libri)』を表したのはそのためでした。

『告白』は、彼が43歳の時のA.D. 397年に書き始められています。

 歴史家たちは、彼が自己の内面、魂に集中したのは、彼が生きた時代がローマ帝国の崩壊期であり、「ギリシャ的コスモス概念」そのものが崩壊していたからだと指摘するかも知れませんし、心理学者たちは、彼の青年時代の苦渋に満ちた精神遍歴を指摘するかも知れません。

 しかし、いずれにしても、彼が自己の内面、魂のあり方、心(cor)と苦闘し、ことに「罪」と「罪の自覚」の問題を深く掘り下げたことは、その後の西欧精神史に多大な影響を与えました。

 彼は、人間の本質的欠如の宗教的概念である「原罪」をアダムからの遺伝として理解しましたが、それは人間の生物学的問題としてではなく、すべての人間が自らの力ではどうあがいても「まぬがれることができない罪」の中に置かれているということの強調に他なりませんでした。

 彼は神の前で自分の罪が自覚されることを経験します。「あなたは、わたしがいかに醜く、いかにひねくれ、不潔で、汚らわしく、傷ついているかを悟らせるために、わたしをわたしの面前に立たせました。」と告白します(9) 。

 そして、彼の思想のすべては、この罪の問題とそこからの救済の問題に注がれたのです。

 彼はこの救済の問題に時間的・歴史的視座を取り入れ、人間の現存在が歴史的にも中間的過程に置かれていることを認識し、罪を背負う人間の救済のためになされる神の「恩寵」の歴史を開示したのです。

 それによって、彼は、人間が、罪ある存在ではあるが、同時に神の恵みの歴史の中にもあり得る存在でもあることを明瞭にし、神の恵みの歴史を認識し、その神の救済の歴史を歩む人間を「神に選ばれた人間」という概念で指し示したのです。

 このアウグスティヌスの人間の現存在への理解は、その後の中世の人間理解を貫いていきました。

 人間は罪ある存在であり、また、信仰によって神の恵みの中に置かれ得る存在であるという極めて平易な人間理解は、中世の人々にあまねく行き渡りました。

 その後、中世ヨーロッパの思想的営みは、キリスト教会の勢力の増大によって、もっぱら教会の神学的営みの中で行われるようになり、人間論は、9世紀のヨハネス・スコットゥス(Johannes Scottus またはEriugenaとも呼ばれている)などのように、アウグスティヌスが前提にしたイデア的人間へと関心を移行させていきました。

 全体的に見れば、人間は「霊と肉」の二元論的構造の中で理解され、イデアとしての人間は、神の精神において、神の似姿(Imago Dei)として、創造された知性的イデアであると定義づけられて、人間のスピリチュアルな部分、つまり、「霊」、「魂」、「精神」が強調されたのです。

 それによって、いわば人間の概念的抽象化が進展したと言えるかも知れませんが、これは、プラトン哲学、あるいはネオプラトニズムの「イデア論」の影響を受けて発展してきた中世初期の人間論の必然的結果とも言えるように思われます。