現代キリスト教倫理の基本問題

現代倫理学講座

はじめに
I.倫理学の概念的命題
_(1)倫理学の枠組み〜(2)日本的倫理構造 _(3)西洋的倫理構造(ギリシャ思想) _(4)西洋的倫理構造(キリスト教)
II.人間
_(1)人間学的集中 _(2)人間とは何かの考察その1その2その3その4
_(3)生物的存在 _(4)理性的存在 _(5)関係存在 _(6)聖書における人間観

I.倫理学の概念的命題

(3)西洋的倫理構造ーギリシャ思想

 西洋のものの考え方全体は、近代になって科学的合理主義が重要な意味をもつようになりましたが、歴史的には二つの源をもっています。

 一つはギリシャ思想であり、もう一つはキリスト教思想です。

 西洋言語の「倫理(英語ではEthics、ドイツ語ではEthik)」の語源であるラテン語のエティカ(Ethica)は、ギリシャ語のエティケーに由来し、このエティケーはさらに、人間の性格や生活の秩序としての習俗を意味するエートスに基づいています。

 そしてこのエートスは習慣や慣習を表わす単母音のエトスに由来しています。

 つまり、エートスは、習慣や伝統的慣習であるエトスによって形成される人間の性格、人格を意味し、「倫理(エティケー)」はその性格の形成による人間存在の確立を意味しているのです。

 ここには、人間の人格(エートス)を形成するものとして、その人間の生活環境や教育(パイディア)が重要な役割を果たしているという暗黙の了解があります。

 その意味で、ローマの知識人キケロがギリシャ語のエートスをラテン語に翻訳するときに、習俗や人間の行為を表わすモラリア(Moralia: moral 道徳)という言語を「倫理」に当たるものと考えたのは当然のことでした。

 キケロはまた、「人間は文化的生物である」と人間を定義づけました。

「文化(Culture)」とは、もともと「耕すこと」という意味を持つ言葉で、人間は自分自身とその周りの環境を文化的行為によって耕し、それによって自己を形成する生物という理解がありました。

 従って、倫理と道徳は、根源的には同じものを意味していますが、そこには教育や環境の改善による自己形成や自己実現という意味が含まれています。

 このように、「倫理」という言葉の語源的概念が、単なる善悪の判断基準ということ以上に、「自己の形成」を意味していることは、後の倫理学の学問的位置づけの上でたいへん重要な意味をもってきます。

 倫理学が哲学の中で取り扱われてきた理由も、そこにあるからです。

 しかし、古代ギリシャにおいては、この自己形成はあくまでポリス(国家)に役立つ有為な人間の形成(パイディア)を意味しており、この点においては、エティケーで表わされるようなギリシャ思想における「倫理」概念は、人間の自己形成という面が強調されたとはいえ、日本語の「道徳」概念とほとんど同義のものといえます。

 つまり、古代ギリシャにおいても、国家としての共同体が個人よりも優先し、個人は共同体の安定と発展のためのものとして位置づけられていました。

 善悪の基準としての倫理も自己形成も、その枠の中でのみ考えられたのです。

 そのために、「美」や「正義」や「善」は、ここでも「ある種の調和のとれた状態」を意味し、「悪」は、その調和の破壊を意味していたのです。

 理性による自己吟味と真の徳行への勧告をもって「よりよい自己」のための「愛知(philoーsophia)」を主張したソクラテスは、その哲学(philoーsophia)にもかかわらず、国家の法に従って、つまり、アテナイという都市国家の共同体内の調和のとれた状態を保持するために、それを悪法と知りつつも、毒杯を仰いで死に至りましたが、そこにエティケー概念の限界があったのです。

 こうした「倫理」概念は、先にも触れましたように、その属する共同体が異なれば異なった倫理観を生み出します。

 調和の基準が異なるのですから、それは当然のことで、たとえば、異なった調和観をもつ諸国からアテナイに流れてきたソフィストたちの多くが、それぞれに異なった倫理観を主張したのは当り前といえば当り前のことです。

 ソフィストを代表する一人であるプロタゴラスは、「人間はあらゆるものの尺度である」と語り、善悪の基準が個々の人間にあることを主張しましたが、それは、その時代の人々がそれぞれの個々の善悪の基準をもっていたことを背景としています。

 それぞれの人がそれぞれの善悪の基準を持ち、それぞれの価値判断を示すことから、全体的な意味では、倫理的混乱状態が生じたことは、必然的結果ともいえるのです。

 この状況は、それぞれの専門分野で、その学問の要請にしたがったそれぞれの倫理観が主張されて、全体的な倫理的混沌状況に陥っている今日の私たちの状況と類似しているといえるかもしれません。

 しかし、ソクラテスはこの倫理的混乱状態に「否」を告げ、「大切にしなければならないのは、ただ生きるということではなく、より良く生きるということだ」(4) と語って、より良い自己への超越を求め,それが究極的な超越(自己を超える最高善)との関連の中で位置づけられていくことによって、倫理は必然的に国家(ポリス)的枠を超えて普遍妥当性をもつものとなり、哲学の実践(practice)としての倫理学が誕生したのです。

 何よりも先ず、ソクラテス自身が、善悪の倫理的基準が歴史や社会や個人の状況によって変化することを主張したソフィストたちに対して、普遍的な規範が存在することを主張しました。

 彼は、善悪の問題についての根本原理が存在し、あらゆる個人の信念を超えて適応する基準が存在することを信じていました。そして彼は、それを「理性」に求めたのです。

 プラトンは、このソクラテスの「理性」をさらに「イデア」という概念にまで高めました。

「イデア」は、今日では「観念」や「理想」を意味する英語のideaやidealという言葉の語源となった言葉ですが、ものごとの本来の本質、形、を意味しています。

 彼にとっては、私たちが現実に感じ、知覚しているものは、そのイデアの影のようなもので、イデアこそが真実の普遍のものであり、理性がそのものごとの本質であるイデアを知ることこそが最も大切なことであると主張したのです。

 こうして彼は、現象界とイデア界を明瞭に区別し、「イデア」という超越認識をその思想の中核に置き、イデアの中の最高のイデアとして、「善のイデア」を考えたのです。

 彼は人間の徳目として、「知恵、勇気、節度」の三つを掲げましたが、それらは理性が真の善のイデアを知ることによってもたらされると考えていたのです。

 もともと古代ギリシャ人は人間の四元徳として、知恵、節度、勇気、正義を考えていたといわれます。

 それらの人間の善性は、人間が神的なものから創造された際に、その神的なものの一部として、人間に本来的に備わっているもの(エートス)であり、この神的本性を開発し、形成していくことをもって「倫理」を位置づけてきました。

 そこでは神的なものからの人間の創造という神話的な表象が前提となっていました。

 しかし、やがて、紀元前7世紀頃に、それまで神話的な表象で語られていた神々としての超越存在に対しての反省が、存在するものの起源や根本原因を問う形で起こり、万物の根源を問う問いと同時に、経験世界を離れた抽象的な超越者としての神、善にして最強、不動にして永遠の神、という理念が語られてきていました。

 たとえばパルメニデスは、「神」という言葉を使うかわりに、それを単に「存在」と呼んだりしています。

 しかし、プラトンは、そこに「イデア」という新しい概念を持ちだし、現象界におけるそれらの人間の善性が、あらゆる現象を超越したところに存在する最高善である「善のイデア」の反映であり、理性によってのみ知ることができる「善のイデア」に根拠づけられていると考えたのです。

 そこでは当然、この「善のイデア」に基づく「倫理的規範」は、そのイデアが普遍的であるが故に、普遍的なものとなります。

 超越概念に基づく倫理の原理的な姿が、ここで明瞭に示されたと言っても過言ではないでしょう。

 プラトンは、あらゆる存在の究極的根拠を、「存在するものの彼岸」、つまり「向こう側」に置き、「善のイデア」を存在の究極的原理として位置づけることによって、単に現象界のすべてを説明しただけではなく、存在、生成、認識の根拠として、形而上学的超越概念の性格を明瞭にし、その超越理解に基づく倫理学への道を開いたのです。

 こうして、本来、人間に生まれつき備わっている法則として考えられた自然法をも含めたすべての倫理的実践行為が、形而上学的超越としてのイデア、あるいは「神的存在」に基礎づけられ、そこから体系化されたものが「倫理学」の構造概念になっていきました。

 そして、後でも触れますが、やがてこの神的な超越的善とキリスト教が伝える「神」とが同一視されていくに従って、こうした倫理観は宗教的にもますます強固なものとなっていったのです。

 現実がイデアの影かどうかの問題は別にしても、プラトンが主張した「理性がイデアを知ること」は、あらゆる学問に基礎づけを与えました。

 たとえば今日でも、私たちは学問を「真理の追求」として位置づけますが、それはあらゆる学問を真理のイデアへの道筋として位置づけるからで、その位置づけはプラトンによって備えられたといっても過言ではないのです。

 事実、私たちが「学問的な」という意味で使うアカデミックという言葉や学校という意味のアカデミーという言葉の語源になったプラトンが開設した「アカデメイア」とよばれた学校が、今日の学校教育の制度的な始まりとも言えるのです。

 このアカデメイアでは、イデアの認識が教えられました。

 そのプラトンのアカデメイアの優れた弟子であり、プラトンのイデア論を批判的に継承して、あらゆる学問の体系的基礎を築いたアリストテレスは、そのものの本質を意味する「形相」と、そのものを作っている素材としての「質料」という概念を用いて、現実世界はイデアの影のようなものではなく、「質料」が「形相」によって現実性に変化していく過程であると語りました。

 現実認識に関して、抽象的なイデアの世界の存在を否定したアリストテレスは、その師のプラトンよりもリアリストであったとも言えます。

 そして、「質料」が「形相」によって現実性に変化していく際に、何らかの目的としての目的因が存在すると指摘し、この目的にかなって宇宙のすべてのものが自己を実現させること、つまり自己実現こそが善である、と彼は言うのです。

 人間に関して言えば、人間があらゆる能力や才能、技術の可能性を十分に開花させることこそが、善であり、幸福であるに違いないと言うのです。

 教育観に応用して言うならば、「真理の追求」よりも「能力の引き出だし(education)」に主眼を移したと言えるかもしれません。

 そして、アリストテレスは、人間の持つ能力で最高のものはその理性であり、理性の完全な実現こそが最高善であると述べ、その理性が自己を実現した姿として「中庸の徳」を語りました。

 たとえば勇気は、それがなさすぎる状態の臆病とありすぎる状態の蛮勇の中庸であり、そのような「中庸の徳」をもって「調和のとれた人間」であることを善としたのです。

 このような理性的な中庸の徳による「調和のとれた姿」を善とする考えは、古今東西の最も一般的で、しかも優れた倫理観を代表するものといえます。

 たとえば儒教は、仁、義、礼、知などをその徳として数え上げますが、孔子が目指したものもその「中庸の徳」に他なりませんでした。

 今日でも、一般的に、私たちは「バランスのとれた人間」を「道徳的人間」として考えますし、能力や才能を開花させて、自己実現を計ることをもってその人生を考えます。

 人間にとって自己実現は、生物学的にも、精神的にも、宿命的な課題であるに違いありません。

 しかし、問題は、こうした善の現実的姿にあるのではなく、その基礎づけにあります。アリストテレスの卓越したところは、その基礎づけを現実に即して宇宙を含む全体系の中で行ったところにあるのです。

 彼は自分の思想、学問全体を、大きくは、テオリア(理論学ー自然学、数学、形而上学)とプラクシス(実践学ー倫理学、政治学)とポイエーシス(制作学ー弁証論、修辞学)の3つに分類しました。

 そして、それらの普遍性を支える根幹、あるいは頂点として、プラトンの「普遍の善のイデア」の代わりに、科学的リアリストらしく「不動の第一動因(宇宙の根源であり、あらゆる存在するものの生成の根源、運動の起因)」という概念を用いました。

 あらゆる事物の存在にいたる生成運動の根源を探って行くと、最初の運動を起こしたものに行きつかざるを得ません。

 それ自身は不動で、その最初の運動を起こしたものを、アリストテレスはそう呼んで、人間の理性の最高の段階がそのことの認識であると主張したのです。

 つまり、宇宙の最初の根源的な運動を起こしたものとしての「第一動因」は、理性による現実の認識が行きつく究極の最終的なものであり、「哲学とあらゆる諸学の神」とでも言えるものですが、明らかに、それは形而上学的超越の認識を意味しています。

 言い換えればそれは、彼の思想全体も構造的に何らかの超越理解に基づいているということです。

 彼はプラトンのイデア論を批判しましたが、思想の体系全体においては、アカデメイアの生徒であり、老プラトンの弟子に他なりませんでした。

 プラトンにしろアリストテレスにしろ、いずれにしてもそれらの思想全体が、体系的に何らかの超越概念というものに基礎づけられた構造をもつことに変わりはありません。

 そして、この学問体系の思想的構造の伝統は、近代のカント(I.Kant)に至るまで継承され、カントが、アリストテレスの「テオリア」、「プラクシス」、「ポイエーシス」に対応するかのように、哲学の対象を真偽の認識を行う「純粋理性」と善悪の識別をする「実践理性」と美醜の判断をする「判断力」の三つの精神的価値に置き、それをとらえる人間の理性による批判哲学を形成し、それらの根幹に形而上学を置こうとしたことはよく知られていることです。

 そして、カントが、その実践理性の要請として絶対的超越としての「神」を置いたことも良く知られています。

 要するに、プラトンとアリストテレス以後、キリスト教思想の影響もあって、西洋思想には、たとえそれがあからさまに否定されたとしても、常に、「超越」の影がつきまとっているのです。

「超越」あるいは「神」という概念は、西洋思想を理解する上では不可欠のものなのです。

 ともあれ、アリストテレスは、この超越に基づく思想体系の中で、実践学としての倫理学を哲学の枠組みの中に位置づけました。

 倫理学のこうした哲学的位置づけは、西洋精神史における「倫理」概念が、常に本質的に哲学的超越概念(あるいは神)と密接に関連し、その超越理解から自動的に導き出されてくる理性の実践的行為として位置づけられてきたことを意味しています。

 倫理に普遍性を求め、すべてに妥当するような善の規範を求めるならば、すべてを超えたところに基準を置くような何らかの超越理解が不可欠ですし、人間の行為の倫理的動機には、理論的にも実践的にも形而上学的なものがあることが、意識的であれ、無意識的であれ、認識されてきたのです。

 そして、倫理思想史上、このことに明瞭な形を与えたのがキリスト教思想でした。