Via Dolorosaへの旅

Via Dolorosa への旅

 ヨーロッパへの旅というものは、いつでも、歴史と伝統の重みを実感させる。

 かつて、ほんの1世紀程前までは、西欧社会は多くの意識的な日本人にとって、単純に見習うべき最先端の文明そのものを意味していた。西欧は、憧れの地であり、遥か彼方の存在であり、目標であった。

 しかし、今日では、そのような西欧の社会文明が世界の最先端をいっているというような皮相的な世界観が意味をなさないほど世界状況が変化している。

 2つの世界大戦によって、西欧社会自身が疲労し、没落の過程をたどったのは周知の事実であり、西欧はその世界の中心の座を分家したアメリカ合衆国へ譲らなければならなくなったのである。

 同時に、世界が、いわゆる西欧的に均一化し、どこの諸都市も高層建築が並び、空港からは都心までのハイウェイがのび、ヨーロッパであろうとアジアであろうと、同じような景観が広がり、同じような都市機能の下で、同じような生活が営まれるようになった。

 また、あらゆる科学技術や文化も、メディアを通して瞬時に伝えられ、どんな田舎に住もうと、まるで隣りの出来事のようにお茶の間にいて知ることができるようになった。実際にその地にいかなくても、人は諸外国のようすを知ることができる。

 だから、文明の最先端を学ぶために、あえて高い飛行機代を払ってまで西欧に行かなくても済むようになっているし、西欧社会は、もはや遥かな憧れではなく、観光やショッピングの対象に過ぎなくなっているのである。

 ことに西欧の社会形態を見習いつつ模倣し、今や最先端の科学技術では西欧を追い抜いた感さえある日本人にとって、西欧は、もはや「文明開化の香り」がする社会ではなく、観光とショッピング、新婚旅行の旅先であり、あるいは、同じ長屋に住むお隣といった親近感で気軽に訪れることができる社会になっている。

 多くの日本人が西欧の諸都市を濶歩し、日本円で買い物ができ、たとえば、バチカンのシスティーナ礼拝堂の壁画の修復を日本のテレビ局が行うといった状況が西欧社会の中で日常的に展開されている。西欧の日常は、今日の日本の日常でもありえているのである。

システィーナ礼拝堂壁画

 しかし、書物やメディアを通しての認識は、それがいかに同時的で瞬時の認識であれ、実感として感じるものとは異なっている。空気が根本的に異なるのであり、匂いが異なるのであり、実感は、その空気や匂いの中で湧き起こる。

 西欧を旅することの魅力は、その空気の中に歴史の重みと遺産をかぐことであり、実感を湧き起こさせることにある。西欧社会はそれをひしひしと感じさせるものをもっている。それは西欧社会全体が、日常の生活様式を含めて、単に表面の姿ではなく歴史の深みを保有したまま、その歴史的遺産とともに今日を生きようとしているからだろう。

 実際にどの街のどの道に立っても、私たちはその巨大な歴史を感じさせられる。歴史は、言うまでもなく、現実認識の深みを提供してくれる。そしてその深みから、現実を再認識させてくれる。西欧は、やはり、今なお深い学びを提供する地なのである。

 私たちの旅は、その歴史を訪ねる旅である。だから、私たちは、歴史を遡る形で、近代西欧の始まりとなったルネッサンスの地イタリアから初め、良くも悪しくもその根幹となったエルサレムへと進んだ。旅程に従い、現代から過去へと移動し、そして過去から現代へと再び意識を遡らせた。これはその短い記録である。